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均しきさだめ 作者:奇伊都

第47回   「……バイバイ、ヒト。」

 江夏はすこし歩けば長江という場所に位置していた。
 ほぼ目の前にその雄大な流れはあるといっていい。
 均実は笛をとってそこにきていた。
 あの日、亮はここで一緒に呉にきてくれといってくれた。
 あの誘いがなければ、自分は今も声がでていなかったのだろうか。
 この気持ちにも、気付いていなかったのだろうか。
 均実は赤くなり、慌てて思考を振り払った。
 そしてまた川の流れを見る。
 笛を構え、音を出すと変わらない響きが耳に残る。
 近くに今いない、それでも琵琶の音が重なって聞こえる。
 はやく……亮さん帰ってこないかな。
 答えを、返したかった。
 自分が望んだ『邦泉』としての道。
 それはきっと、亮が望んでくれているものと同じなのだから。
「ヒト。」
 笛を止めたとき、後ろからそう声をかけられた。
「純ちゃん?」
 珍しい。
 純はあまり屋敷の外にでない。それが当たり前だったし、常識だった。
 なのに……
「供は連れてきてないの?」
 周りを見渡したが、誰もいない。
 叱られたように感じたのか、純は首をすくめた。
 すこし呆れながらも、均実は笑った。
 特に気まずいことは彼女との間にはない。
 ないから、こんなことを純が言ってくるとは予想していなかった。
「ヒト、亮のこと好き?」
「っ」
 もろ反応してしまったのはそのためだった。
「なっ……」
 なんで、と言おうとした。
 でも動揺しすぎていえなかった。
 好きかどうかなんて考えたことなかった……
「やっぱり……」
 純が悲しげな顔をしたから、均実は慌てた。
「ちょ、ちょっと勘違い」
「してないよね?」
 断言されて、均実は言葉につまる。
 今日の純は押しが強い。
 どうして……
「陽凛がヒトの様子が変わったって。」
 純はそう言った。
「私が亮の奥さんなのに」
「私は、何もっ!」
 否定しようとした。均実は何かひどく思いつめている純が、より追い詰められていくのをとめようと思った。
「亮さんが好きだなんていってないし、たとえそうだとしても何も望まないっ!」
 だがその返答は間違っていたらしい。
 思いつめた純の瞳はより追い詰められたものになった。
 純は首を振った。
「ヒト。まだわかってないよ。
 人を好きになるって、もっと厄介なことだよ。」
 ゆっくりと近づいてくる彼女を均実は恐ろしく感じた。
 一歩、純が進むごとに、均実は彼女から逃げるように後ろにさがった。
「自分の制御が利かなくて、間違ってると思うようなこともやってしまうような」
 その瞳は……どこか狂気を含んでいるように思えた。
「そのうちきっとヒトは私を裏切る。」
「純ちゃん……っ」
「私の居場所をとらないで」
 後ろにはもう足場がない。
「ヒトの居場所はここじゃないでしょ? お願い、とらないで……」
 カラカラカラと小石が落ちていく音がした。
 後ろは長江。後一歩下がれば、落ちてしまう。
 均実は背後に空気がかたまりで抜けていくのがわかった。
「江夏をヒトが出て行く前にこうすればよかった。」
 しかし純の歩みは止まらない。
 純は均実の腕を両手で掴み、均実を逃がさないかのようにゆっくりと手に力がこもった。
「『生きる』か『死ぬ』かの『選択』をするまでもなく、ヒトはこの世界で『生きる』ことになった。私がヒトを『門』にむりやりいれたんだもん。」
 あまりにも悲しそうな、辛そうな顔をする純にはもうかける言葉がなかった。
「もともと均実はこの世界にくる必要はなかったんだよ。」
 しかしその瞳の炎は消えていない。
「だからヒトを日本に返してあげる。」
 純の手が離されると同時に、強く胸を押された。
 ゆっくりと純の姿が遠くなる。
「……バイバイ、ヒト。」
 そう純が言ったように聞こえる。
 自分の周囲をすごい勢いで風が吹きぬけていく。
 落ちていることに対する恐怖が生まれる前に、均実は辺りが真っ白になったのを感じた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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