江夏に戻ってからは曹操の追撃の指示をだしたりと、亮は忙しかった。 また顔を合わせない日々が続く。 代わりに帰ってきた均実の声がでるようになっていたころを、皆喜んでくれた。 ただしもうすっかり女だとばれてしまっているわけで、男装をするわけにはいかない。仕事はほぼ悠円にとられたような形になって、均実はそのことを言うと悠円は 「均実様は無理をしすぎるから」 といって笑った。 もう仕事をする必要などない。 それは寂しくもあったが、逆に自分が邦泉であるために必要なことなのかもしれないと思えていた。 もう出世を望む必要は、歴史を変えようとする必要はないのだから。
劉備は曹操に攻め落とされた荊州を、公子である劉 を保護しているという名目のもと、とりかえそうと兵を進めていた。しばらくは亮は忙しいのだろう。 そう考えながら外をみると、綺麗に空は晴れ、星が満天に輝いていた。 きっと笛を吹いたら気持ちいいんじゃないかなぁ? 均実はそう思い立ち、庭に出た。 高い音が高い天に登っていく。 やっぱり気持ちいい…… 昔、隆中で亮の琵琶に合わせたときのような高揚感が心のうちにわきあがった。 すると、琵琶の音が笛の音に重なった。驚き、後ろをみると亮が琵琶を鳴らしていた。 「いつ帰られたんですか?」 「ついさっきね。」 笑みを浮かべ、亮は笑った。 見上げる空は星々が煌いている。 「なんだかいつも、二人では星空の下にいるのはなんででしょうね。」 「さぁ……でも」 亮はすこし笑った。 「よく合っていると思う。」 「え?」 「私たちは、星にさだめを読む。 つむがれる未来を、予想できない明日を。 その下で話すことは、どこか厳粛な気がしないかい?」 そういわれればそうかもしれない。 均実がそう思ったとき、亮は息をすこしはいた。 「私は君のことをずっと考えていなかった。」 しかし均実と話さなくてはいけないと思っている間ほど、彼女のことを考えていたときは今までなかっただろう。 そう言ってから亮は懇願するように均実を見つめた。 「これからもずっと側にいてほしい」 本心だった。 それでも驚いたような均実が、面白くて笑ってしまった。 側にいて欲しいと思う。けれど、それでも…… 「だが側にいてほしくない」 戸惑う均実は言葉をだせない。 自分の本心……だけれど。 亮はその答えをいらないと思った。 均実は日本に家族がいる。 だから彼女をとどめる鎖にだけはなりたくない。 「私は一人でも生きていける。ただ君がここにいてくれれば、嬉しい、と思う。」 彼女はこの世界の人間ではないのだから。
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