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均しきさだめ 作者:奇伊都

第40回   土地の違い

 夜半過ぎになって、数艘の船が用意されていた。
「邦泉、足元に気をつけなさい。」
 自然にエスコートされることを気恥ずかしく思いつつ、均実は素直に頷いた。
 川岸にいるのは周瑜と数人の腹心だけらしい。控えめに焚かれたたいまつで全員の表情は見えない。
「邦泉殿も来られると聞いて楽しみにしていたのだ。」
「笛は吹けませんけれど」
 均実がそう言ったので周瑜は驚いたような顔をした。
「声が出るようになったのか?」
 そういえば話せるようになってからは、基本的に亮としか話していない。周瑜は知らなかったのだろう。
「ええ、ご心配おかけしました。」
 そうこうしているうちに準備がととのったらしく、舟に乗り込む。
 舟の中央から箱のような四角い物がついていて、その中は小さな部屋になっている。
 船遊びをしているように見せかけながら近づくのだという。
「確かにここで笛を聴けないのは残念だな。」
 周瑜はそういいながら、笑った。
 結構風流といえば風流な光景だった。外をのぞむ入り口から見える景色は神秘的な雰囲気がある。川面に映る月影。波により消えては現れる星の写りは、強すぎず弱すぎず。すこしずつ近づいてくる曹操の陣営のたいまつの光も、陸の星に見える。
 しかし敵陣の近くで、この戦の総責任者である周瑜が見つかればどえらいことになる。目立ってはいけないのだから当然だろう。
 周瑜は本気で残念そうだったが、酒肴の用意をさせ、その光景を楽しんでいる。
 ……緊張感がない。
 すこし呆れつつそう均実が思っていると、どうやら亮も相伴にあずかるつもりらしく、周瑜の目の前に腰を下ろした。
 似たもの同士。
 そんな言葉が頭をよぎる。
 本当に戦場かと疑うほど、彼らの話も戦に関してまったく触れようとしない。
「それにしても何故突然声がでるようになったんだ?」
 代わりに先ほどからこの質問ばかりである。
 均実は答えようがない。
 亮も答えるつもりがないようだ。
「さすが呉の水軍。突然の偵察だというのに、つつがなく舟を用意できるとは」
「……まあいい。そろそろ決めていた場所につくころだろう。」
 あからさまに話題をそらした亮に苦笑しつつ、周瑜は少しだけ小部屋から体をだした。
 均実もその隙間から外を見て、息をすいこんだ。
 凄い兵力だ。この対岸は烏林という場所らしいが、そこにはたいまつの火が埋め尽くされている。
「舟が何艘も浮かんでるね。」
 亮も顔をだし、均実にそう言った。
 確かに陸にあるたいまつも多いが、船を照らしているたいまつもそれなりの数がある。
「突貫工事で湖を改修して水軍を馴らしたと聞くが、そんなもの戦では役にはたたないだろう。」
「荊州の水軍を使うのでは?」
「荊州の兵は使うだろうが、それに頼り切るわけにはいかないだろう。まだ落としてから一月も経っていない。」
 周瑜は冷静に戦況を伝える。
「あれは――」
 そんな中で、均実が声を発したことに周瑜も亮も彼女を見た。
 均実は一瞬変だなと思ったことを、それが確信に変わってから発言した。
「――繋がってませんか?」
「繋がって?」
「ほら、舟と舟との頭とお尻を、鎖で。」
 腕を真っ直ぐ伸ばしてそれを示す。鎖のようなものが、舟と舟との間に繋がっているのが夜目にも何とか見えた。
 呉軍の水軍はそんなことしない。
 それぞれが自由に動ける。
 大体にして戦場でそんな自由の聞かない舟は厄介極まりないだろう。
「どうしてあんなことを?」
 亮と周瑜は首をひねった。
「……兵が舟になれていないから、安定させてるとか?」
 均実はそう言った。
 確か舟の大きさと船酔いの酷さは反比例すると聞いたことがある。
 舟が大きければ大きいほど、船酔いは少なくてすむのならば、舟をつなげてしまえばより船酔いをせずともすむ。
「なるほど……確かに。」
「土地柄の違いですね。」
 均実がそういうと亮が思いついたように言った。
「なら他にも違いはある。」
 北方はいわば陸、つまりは乾いた大地だ。
 一方ここでは川の近くでもあり、湿地帯である。
 そして湿気の高いところではよく流行り病が起こるのだ。特に北から強行軍をしてきた兵は体力が弱っている。もしかすると凄い勢いで流行るかもしれない。
 亮がそう説明したのを受けて、
「細菌が繁殖しやすいんですね。」
 均実が納得したように言うと、二人は変な顔をした。
 あ……そっか。まだ細菌の観念はないのか。
「私の国では、病気は細菌とかウイルスとかっていう……つまり凄く小さなものが体の中に入り込むからなるって証明されてるんです。」
 一部例外もあるが、それまで説明してはややこしくなるから割愛した。
 だが十分ややこしかったらしい。
「邦泉殿は……違う国からきたのか?」
 ああ、そこから知らなかったっけ。
 均実は亮のほうをみると、彼は困ったような顔をしたが、助け舟を出してくれた。
「遠い親戚で。」
「そ、そうなんです。」
 ちょっと不自然だったかもしれないが、とりあえず周瑜は納得してくれたらしい。
「では一旦戻るとするか。」
 悠々と舟を戻させた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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