均実は蒲祁という土地に亮も周瑜と共にいくときき、ついて行くことになった。 再び周瑜の屋敷で小喬と暮らすことも提案された。しかしその生活には何の不便もなかったが、逆に居心地が悪かった。だから均実も行軍した。 客人という立場のため、亮もほとんどやることはない。他国の軍事について口をだすのはおかしいだろう。 二人はずっと顔を合わせていることになった。 「亮さん、凄い森ですね」 岸辺に広がる広大な森を指差し、均実が言った。 一応大きな船であるが、船べりにいると皆の目につく。均実はその容貌もあり、そして変わらずに男装をしているということもあり、よく目立った。 亮はそれに苦笑しつつ、周瑜が最近均実が噂になっていることを言っていたのを思い出した。どうやら周瑜の客である亮がいつも側にいるので、亮との関係はわからないが、滅多なことでは話しかけようと思われないらしい。 「この近辺はまだ拓かれていない土地らしいよ。」 そういって亮もその森を見ていた。 今までこんな他愛も無い会話をあまりしなかったかもしれない。 まるで今までのことを補うかのように、道中よく話をした。 時折、亮とは琵琶と笛を合わせる。それも会話のようなものだった。 蒲祁についてからもそれは変わらなかった。 「ここは赤壁というらしい。」 「赤壁?」 「夕日が岩盤を照らせば、赤い壁のように見えるというね。」 そういわれれば、確かにそんな岩盤はある。 だがそれは一部であり、基本的には平原だ。 見渡しがいい。 頬をなでる風に身をゆだねていると、亮が周瑜に呼ばれた。 均実にここにいるように言い置いて、亮が行ってしまうとあたりの景色が寂しく感じられた。 すぐ横に亮がいないことだけで、そんなふうに感じられるのか。 「邦泉、今日の夜は大丈夫かい?」 「え?」 雄大な長江の流れに、見とれていた均実は慌てて振り返った。 そこには苦笑している亮がいる。 彼は自分のことを邦泉と呼ぶようになっていた。 「公瑾殿が曹操の陣営の側まで舟で様子を見に行くというんだ。」 「亮さんも行くんですか?」 「ああ、招かれているのでね。」 「じゃあ行きます。」 特に考えずに言ったが、それは考えようとしなかったのではなく考えられなかったのだ。 「そうか。」 嬉しそうに微笑んで亮はそう言った。 そして均実の手を引いて、陣営に戻っていく。 その手は暖かくて、でも均実には熱く感じられた。火傷をしそうなほど。均実は振り払うこともできず、顔は真っ赤になっているように感じた。 告白まがいなことを言った。 あのニブニブな亮があれをどう考えているのかわからない。そのあと彼は何も言わなかった。 あれはその…… かなり撤回したいところだった。他にも言いようはあったかもしれないのに…… 前を行く亮の後姿を見ながら均実は思っていた。 側にいたいと思った。選び続けてきた日本への絆を捨ててでも。 それが均実の選んだ道だったのだ。
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