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均しきさだめ 作者:奇伊都

第15回   流れる川のごとくに

 危うかったな。
 襄陽が見えなくなってから、劉備はそう思った。
 民達は本当に自分を慕ってくれている。
 襄陽でのあの小合戦の混乱のすきをついて、襄陽からもいくらかの民が加わった。これは新野での劉備の好意的な噂が、襄陽にまでしっかり届いていたためだった。
 民の数が増え、新野を出発した時以上に足が遅くなっている。
 簡雍や孫乾といった部下たちは、この進行速度ではまずい。行軍から民を切り離し、少しでも急ぐべきだと進言してきていた。
「民は国の基。わしのもとに集まってきている者をどうして見捨てて行ける?」
 だが劉備はそう言っては、その進言を退けていた。そしてその言葉は従っている民達にも伝わり、より一層劉備への支持は高まる。
 彼についていけば間違いない。彼ほど民のことを考えてくれる者はいない。
 ――……。
 劉備は暗くなろうとした思考を振り払う。顔をどうにか無表情に保ち、目の前にいる頼りの男をみすえた。
 彼の計算上、このままで行けば長坂では関羽の迎えと合流できるだろう。そして要害である江陵に行けば、とりあえず兵を建て直し……
 そんな計画は立っている。
 だがそこまでいけない。
 このままでは――
「当陽だな。」
 劉備はつぶやいた。
「速度も評判も、計画通りですね。」
 亮はそう応えた。
 この進行速度でいくと、長坂よりも手前にあるその地で曹操に追いつかれる。
 何も言わずに思案し始めた劉備から、亮はそっと離れた。
 自分を英雄視する評判を劉備が重く感じていることを、亮には知っていたのだ。
 確かに見当はずれな賛美だ。
 このままでは曹操に追いつかれるのは、劉備が最もよくわかっている。そしてこのままならば……
 だが最悪なのは、ここで劉備が曹操に殺されること。それを防ぐためにはこの状況を、どんな策をめぐらしてでも切り抜けなくてはいけなかった。
 そして季邦との策により強化されたこの計画は、九割がた成功するに違いない。
 動き出した歯車は、もう止まらない。
 巧妙に組みたてた計算ずくめの歯車を、組んだのも、回したのも劉備の許可あってのことだが、その責を自分も負う覚悟はすでにできた。
 だから亮はその選択が間違っていないと信じることにした。
 一度だけ後ろを振り返る。
 多くの民が自分達についてきてくれているのが、誰に聞かずともわかる。
 握り締めていた手を開いてそれに目を落としてから、もう一度握りなおした。
 自分のやるべきことは……
 顔をあげ、南を見、進むべき道を示す。
 迷う暇はもうない。
 全ては……計画通りに進んでいる。
 まるで流れる川のごとくに。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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