樊城までやってきた。 新野から南に、劉 のいる襄陽のすこし手前。 以前の縁もあり、劉封は先に樊城に入って劉備を待ち受けていた。県令劉泌との再会を喜びつつ、劉備はしばしの休息をとることになったのだが…… これからどうなるのだろうか。 皆がそんな不安を持っていることは均実にはよくわかった。新野で顔見知りになった民達は、均実の姿をみつけては率直にその不安をぶつけてくるのだ。均実は一介の小役人としての仕事しかしていなかったので、そんなことを知るわけがないのをわかっていても。 それほどまでに劉備についてきた民の疲労は激しく、不安も大きい。 だがいつまでもここにいるわけにはいかなかった。 劉そうは曹操についたのだから、荊州で劉備が息をつけるところは限られている。一日も早く、劉備は江陵で体勢を立て直さなければいけないのだ。 その劉備はこの樊城で関羽を呼んでいた。 「兄者、何かあったのか?」 劉泌に迎えの礼をした後、ついてきていた民を見回っていた劉備は亮と共に彼をむかえた。 「頼みたいことがあってな。」 「関将軍」 亮がそう言って関羽を近寄らせ、自分の考えを伝える。 それまで劉備と亮と含めて数人しか知らない計画。 驚き関羽が黙り込んでいると、亮は「お願いします」と付け加えた。 合理的な考えだ。関羽にもそれは理解できるし、それがおそらく一番いいこともわかる。 「しかし……」 それと納得できるかは別物であるが、異論を唱えることは無理だった。劉備が自分と同じことを考えなかったわけがない。それでもあの義兄はこの考えを実行に移したのだ。 ならば自分が反論しても覆るものではないだろう。 「判り申した」 その返答にほっとしたような笑みを亮はみせた。 断られても仕方がないと思っていたのだろう。 たとえばこれば張飛なら、間違いなく亮につめよって計画の変更を要求するに違いない。 ここでわしにこの役目を頼むことも、この「水」の考えのうちか。 関羽は全てを飲み込み、一礼をしてその場を去ろうとしたとき、ふと振り返った。 「この計画、邦泉殿はご存知か?」 亮にそう問いかけたが、答えは明確なものは帰ってこなかった。 「……教えるわけにはいきません。」 均実に、か。それとも関羽に、か。 どちらにせよ、一刻も早くここから出立しなければならないことは変わらない関羽は、小さく息を吐いてからその場を辞した。 そんな会話を均実は知らない。 半数に兵が分けられ、関羽が劉 へつかわされたという。出迎えと応援に兵を送ってくれと要請するためである。 樊城を出るとき、今までばらばらだった隊列の構成が整えられた。樊城でも劉備についてくることを望んだ民がいたために、行軍はかなり膨らんだので規律を正すためだろう。 曹操も襄陽では民にひどい扱いはしないに違いない。襄陽には土地に根付いた力を持つ蔡家などの高官がいる。彼らは曹操へ恭順しようとしているのだろうが、もし曹操が民の扱いを誤れば民と官が団結し、反逆の恐れが強まるのだから。 だから襄陽に行けば、この新野と樊城の民はとりあえず軍から離し、行軍のスピードをあげることができるだろう。そしてそれから今以上に急ぎ、江陵の地にいくことになる。 そう均実は考えていた。
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