それから数日間栄は学校を休んだ。少し早いインフルエンザにかかっていた。伊咲はいるはずのない栄の机を何度も見る。今の日課はそれに変わっていた。あれから夢もまたシャボン玉に戻り、心地よいとも感じられなくなっていた。伊咲は思った。栄のことはもう諦めようと。夢の中でも彼を思えないことが伊咲の心を強く締め付けていたのだった。そしてそう決心して初めて彼に会った。あの日課の下駄箱で。いや彼を待っていたのかもしれない。この言葉を告げるために。
「あ、もう大丈夫なの?」
「おう」
「そっか。よかったね」
まるであの保健室が何もなかったかのように伊咲は笑顔で話す。栄は不思議だと感じたがそのまま会話を続けた。伊咲の次の言葉も知らずに。
「あ、あのさ、こないだ言いかけたことって何?」
「え?」
「いや、保健室で・・・」
「・・・何もないよ。あたしもう栄にこうやって話しかけるのやめるね」
「は?」
「なんかさぁ〜栄と話してると気まずいんだよね。沈黙とかも続いちゃうし。自分でも無理してると思うしさ。だから栄ももうあたしに話しかけないでね」
それだけ言うと伊咲は走り去る。教室ではなく、中庭のほうに靴も履き替えずに。それを言われた栄は呆然と立ちすくんだ。しかし、何かにおかしいと気づき、夢中で伊咲を追いかけた。中庭に着くと伊咲は声を出して泣いた。これでよかったんだと言い聞かせようとしても心が持たない。栄が後ろから追いかけてきていることにも気が付かなかった。
「お、お前、マジでいい加減にしろよ」
「な、なんでいるの?」
泣き顔のまま栄を見ると全力疾走で走ってきたことがわかるくらい息が絶え絶えになっていた。栄もまた伊咲の涙に気づいた。そしてさっきの言葉が本音ではないことにも気が付いた。
「なんでじゃねえだろう!!お前何勝手なことばっか言ってんだよ!!」
「だ、だって・・・」
「だって?ふざけんなよ!!ちゃんとわかるように言えよ。だいたいそんなこと言われてはいそうですか。なんて納得できるわけがねぇだろうが!!」
栄の怒りは収まる様子もない。伊咲は泣きながらじっと栄の顔を見る。怒りがこみあげてくるのが分かる。黙っていても彼の怒りは収まらないと思い、そっと口を開いた。
「・・・だ、だって、あたしいやだもん。あたしだったらいやだもん」
「は?何が?」
「・・・彼氏がほかの女の子と話してるの見たくないもん」
「え?い、意味がわかんないんだけど」
「だからぁ〜あたしが栄の彼女ならね、栄がほかの女の子を見てるのも話してるのもいやだもん」
「・・・・」
「栄、女の子とあんまり話してないけどあたしとは話してくれるでしょ?でもそんなの彼女が見たら嫌だと思うから、だから朝の少しだけなら彼女も見てないと思ったからそのときだけは話しても大丈夫だって思ったの。教室も一緒に行かないようにしてた」
「・・・だから待ち伏せしてたってことか」
「し、知ってたの??」
「あったりまえだろうが。いつも会うとかおかしいだろ」
「ごめん。でも・・・でもねそれだけでもよかったんだ。朝、少しだけでも話できたらそれであたし、嬉しかった。それに・・・」
「それに?」
伊咲の話を黙って聞く栄。伊咲の涙も少しずつだが乾いてきた。2人は授業が始まっているにもかかわらずそれにも気づかない。風が冷たい。それでもそこから離れようとはしなかった
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