昼寝を終え、教室に戻ると栄がこっちを見ていた。その視線に気づき伊咲は栄を見た。しかし、ふいと目を逸らした。伊咲は不思議に思ったが自分の席に着いた。授業が再開される。しかし、斜め後ろから痛いくらいの視線を感じる。もちろんまた授業には集中できない。ノートの事務作業はいつもよりも倍の時間に思えた。
「栄!帰ろう!!」
授業が終わると彼女がまたやってきた。伊咲はこの時間がたまらなくいたたまれなくなる。彼女と帰る栄を見なくてはならないから。掃除のないときはこの声を聞く前に教室を出る。部活に入っていない伊咲はまっすぐ家に帰る。栄は部活がない水曜日は彼女と帰る。伊咲にとって水曜日は魔の水曜日だった。
「・・・おう」
「週末すごい楽しみ!!」
「そうだな」
「映画久しぶりだからさ」
聞きたくもない栄の週末の予定。ホウキを片手にした伊咲の前を栄は彼女と素通りした。何も見ていない。聞いていない。伊咲は自分にそう言い聞かせるしかなかった。そして夢と朝だけは彼女がいない栄と話すことができる。と自分を心の中で励ました。その夢が今日シャボン玉にはならないことをまだ知らずにいるのだから。
「お風呂はいっちゃいなさーい」
一階から呼ぶ母の声もうつらに伊咲はベッドに横たわり、半分眠りに誘われようとしていた。
「・・・好き」
いつもは分からない風景。いやその時間だけは分かる風景がなぜか鮮明に目に映る。学校、2人の人影。一人は伊咲。もう一人は栄。そうあの日鮮明に覚えているあのときの夢とリンクしている。そう思っていた。しかし、次の言葉にハッとした。
「芯悟、あたしあなたが好きだよ」
芯悟・・・その名前を聞き、伊咲は驚きで目が覚めた。
「うそ・・・・」
栄だとずっと思ってみていた甘い夢は栄ではなかった。その場に呆然と座り込み、悲しみがこみ上げてきた。今までずっとずっと夢の中で思っていた相手は・・・しんご?両頬を冷たい雫が伝う。夢の中でも伊咲は栄と付き合うことはできなかった。伊咲の瞳は冷たい洪水があふれていた。いっそ今日もシャボン玉のように割れて消えればいいのにと願いながら。気づけば朝になっていた。泣いたままの目。昨日と同じ自分の姿。幸い早起きをしたので伊咲はお風呂に入った。なにもかも流れてしまえばいい。そう思いながらシャワーに手を掛けた。
「おはよう」
「・・・おはよ」
「あんた昨日そのまま寝てたでしょ」
「うん。だから今お風呂入った」
「風邪引かないようにしなさいね」
母親の優しい言葉が胸に染み渡る。おいしそうなパンの焼けるにおい。今日も日課だけは続けよう。そう伊咲は思った。
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