電車に乗れたのは面会時間終了から2時間も後だった。私はずっとずっと泣いていた。止めようと止めようとしてもあふれ出てくる涙。看護師さんもそんな私をずっと受けつけのソファで泣かせてくれた。隣には中嶋くんがいてくれた。何も言わず優しく、優しく私の頭をなでてくれていた。
「ごめんなさい」 「いや、泣きたいだけ泣けよ」 「ありがとう」
そして、やっと私が落ち着いたので帰宅の途に着くことになった。電車はがら空きだった。私と中嶋くんは向かい合わせに座った。
「・・・今日はありがとうね」 「いや、別に気にしなくていいよ」 「ねぇ中嶋くん、聞いてもいい?」 「今までなんで俺が神崎を避けていたか?」 「・・・うん」
中嶋くんは私の言いたいことを先に言った。わかっていたんだ。私がずっと気にかけてたこと。そして、故意でやってたんだ。
「・・・俺さ、もしかしたら自分が卓大じゃないのかなって思えてきたんだよ。お前と約束の場所で出会って、一緒に野球やって甲子園を目指して・・・。そんなことやってるうちに自分がもしかしたら卓大じゃないのかなって。でもさ、あのときお前は卓大の話しただろ?」 「うん」 「そのときにああやっぱり俺は卓大じゃないんだって思ったんだ。どんなに頑張っても卓大にはなれないんだって」 「どういうこと?」 「俺さ、きっと卓大なんだから、もしかしたら神崎に好きになってもらえるかもしれないって思ってたんだ。勝手に変な思い込みで。でもさ所詮俺はどう考えてもただのあいつの代わりなんだって思ったらなんか急に腹たってきてさ。ごめんな。俺不器用だからどう謝っていいかわかんなくて。そしたらもう2年だろ?このままだったらもう一生口利けないかなとか思ってたらお前倒れたから」 「・・・そう、だったんだ」
私はいつも常に中嶋くんに守られていたんだ。彼が私に近づかなくなったとき、確かにすごく辛かった。いつもいつも思ってくれていたことも知らずにただ卓ちゃんのことしか考えていなかった。中嶋くんの気持ち無視していたんだ。そう思えてきてまた堪えていた涙が出てきた。
「お、おい神崎」 「ご、ごめんね。私、ずっと中嶋くんの気持ち・・・無視していて」 「何言ってんだよ!俺が悪いんだよ!!わけわかんない嫉妬で嫌な思いさせちまったんだからさ」 「ううん。違う。私が悪いの。私が・・・」 「いや、俺が悪いんだよ!ごめんな。でもさ、もうこんなことしないからさ!一緒に同士として野球頑張ろうな!!!」
中嶋くんは私がひざの上においていた手をぎゅっと握ってくれた。卓ちゃんとは違う大きな掌。彼は卓ちゃんじゃない。中嶋くん。私もきっとどこかで中嶋くんは卓ちゃんだと思っていたのかもしれない。卓ちゃんももしかしたら・・・そう思っていたのかもしれない。だからあの時・・・こう言ったんだ
「こんな姿でもまだ卓ちゃんって呼んでくれるんだな」
卓ちゃん、私頑張るよ!!いっぱい頑張る。だからあなたも頑張ってね。辛いときは一緒だよ。私ずっと卓ちゃんのそばにいるから。中嶋くんと一緒にいつも卓ちゃんのそばにいるからね。そう私が心で唱えると窓から見えた星がきらりと輝いた。まるでそのメッセージを卓ちゃんに届けてくれるように・・・。
私と中嶋くんはそれからもうひたすら部活に励んだ。夏も秋も冬も・・・。そして私たちは3年生になりました。中嶋くんとはもうお互いを名前で呼び合う間柄になっていた。私はもう中嶋くんと卓ちゃんを重ねてはいない。そして、もうすぐ私たちの最後の夏がやってくる。
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