今日は日曜日。部活を無理やり休んで私は中嶋くんに病院につれていってもらうことになった。駅のホームで待ち合わせ。10時になると中嶋くんの乗った電車が着いた。私は外から彼の姿を確認すると電車に乗り込んだ。中嶋くんは黙っていた。私もおはようとしか言葉を発さなかった。電車に乗り換えて揺られること1時間半。小さな駅にたどりついた。 そこからバスで30分。そして、中嶋くんはここだよと言った。
「ここに卓ちゃんがいるの?」 「うん」
僅かな会話を交わして私たちは病院の中に入った。白い建物がまぶしい。私はただ先導する中嶋くんの後をついていくことしか出来なかった。そして中嶋くんはぱっと立ち止まった。そこには“朝倉卓大”と書かれた名前が張られていた。そして中嶋くんは扉を開けた。私は恐る恐る中に入った。
「弘緒?」
そこにはもうほとんどやつれた姿の卓ちゃんがいた。私は卓ちゃんの問いかけにただ頷いた。
「じゃ、俺、行くわ」
中嶋くんはそう言って出て行ってしまった。私は少しずつ少しずつ卓ちゃんに近づいた。卓ちゃんが目の前に、私の目の前にいる。卓ちゃんはいつもの無邪気な笑顔を私に向けてきた。
「あーあ見つかったか」 「卓ちゃん・・・」 「ごめんな。約束守れなくて。俺、こんななっちまってさ」 「ううん。私こそ何も知らなくてごめんなさい」 「でもよく海星高校だけでわかったんだな」
卓ちゃんが無理して笑ってる。私はもう涙で前が見えないくらいになっていた。
「泣くなよ。お前は笑ってるほうがいいよ」 「っだって、だって、卓ちゃん・・・」 「弘緒・・・こんな姿でもまだ卓ちゃんって呼んでくれるんだな」 「当たり前じゃない!!卓ちゃんはどんな姿でも卓ちゃんだよ!!」 「ありがと」
卓ちゃんに会えた。会えたんだ。私は目の前にいる卓ちゃんにやっと会えたことですごくいっぱいいっぱいになって号泣してしまった。卓ちゃんは泣き喚く私の肩をそっと撫でてくれた。その手の細さが痛々しかった。でも2人を裂く時間は刻一刻と迫ってきた。そして・・・
「あ、もうこんな時間・・・そろそろ面会時間も終わりだな」 「・・・そっか。ね、卓ちゃん、また来てもいい?」 「ごめん。俺これ以上自分がどんどん変わってく姿お前に見られたくないんだ」 「卓ちゃん・・・」
私は卓ちゃんの意志を尊重することにした。本当は辛いけど、すごくすごく辛いけど、もっと辛いのはきっと卓ちゃんだから。
「うん。わかった。じゃ私、そろそろ行くね」 「弘緒・・・」 「どうしたの?」 「・・・抱きしめてもいいかな?」 「え?」
私が立ち上がるり戸惑っていると卓ちゃんも立ち上がってそっと私を抱きしめた。細い体に抱きしめられて、また涙が溢れてきた。私は卓ちゃんの細い胸に抱きしめられながら、そのぬくもりを感じた。そして自分の腕を回すことはしなかった。
「弘緒、腕、回して、俺を抱きしめて・・・」 「でも・・・卓ちゃん壊れそうに細いよ」 「弘緒に抱きしめてもらって壊れたら本望だよ」
私はためらいながらそっと卓ちゃんの背中に腕を回した。そっとそっと。触れるように抱きしめた。卓ちゃんの涙が私の肩に感じられた。
「弘緒、ありがとう」 「卓ちゃん・・・ありがとう」
私は卓ちゃんと最初で最後の再会を果たした。もう二度と会うことができないとわかっていたから彼の細い腕を体から離して、涙をぬぐい言った。
「卓ちゃん大好きだよ」
彼からの返事はなかった。私に向けて彼は最後精一杯の笑顔を振り絞ってくれた。扉を閉めたらもう彼の姿は見えない。ただ細くても一生懸命抱きしめてくれた彼のぬくもりだけが私の体の中に残っているだけだった。私はただそこで泣きじゃくった。そんな私の肩に触れたのは大きな掌の持ち主だった。
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