中嶋くんが入部して早2ヶ月が過ぎようとしていた。彼は同じクラスでしかも同じ県外受験だということもあって私は気がつけば部で一番仲良くなっていた。
「中嶋くんって何で急に野球部に入ったの?」
私たちはお互い住んでいる家も駅一つ分ということで帰りも一緒に帰っていた。ご飯も食べる人はお互い誰もいなかったので、たまに一緒に食べたりもしていた。そして私はある日聞いてみた。一緒に帰っている電車の中で。
「え?まぁちょっとあってさ」 「そうなんだ。私もちょっとあってマネージャーやってるんだ」 「そうなんだ?何か聞いてもいい?」 「幼なじみの子がね中一のときに引っ越しちゃったんだけど、海星高校で会おうって約束したんだよね。でもその子はいなくて。でももしかしたら野球部にいたらいつか会えるかもしれないなって思ったんだ。その子、すっごく野球が好きだったからさ」 「そう・・・なんだ」
私は中嶋くんにそう言った。中嶋くんはただそう言ったっきり何も言わなかった。私の降りる駅が先なので私は降りようとした。
「じゃあね、中嶋くん」 「あ、ああ」
不自然な態度が気になったが私は電車を降り、改札を抜けて家路へ向かった。それから中嶋くんの態度はとてもよそよそしくなってきた。話しかけても相槌だけ。最初のうちは一緒に帰っていたがそれもなくなっていき、いつしか会話することもなくなった。そしてそのまま私は2年生になった。
私たちの学校は3年間クラス替えがなかった。だから3年間中嶋くんと顔を合わせなくてはいけなかった。部活でもクラスでも口を利かない中嶋くんと一緒なのはとても辛かった。私は今年の新入生にも卓ちゃんがいないことに肩を落とした。少し望みを持っていた。去年が無理だったから今年は、でもその願いはかなわなかった。もう諦めるべきなのだろうか。私はそんなことまで頭をよぎるようになった。
「最近弘緒、何かしんどそうやね」 「ん?そんなことないよ」
私はもう精神的にも肉体的にもボロボロだった。卓ちゃんには会えない。中嶋くんには避けられる。あげく毎日の練習で休む暇もない。もう野球部をやめたい。そう思う日々が続いた。でも後1年まだチャンスがあるかもしれない。そんなほんのわずかな期待を抱いていた。
「え?でもほんま顔色も悪いで大丈夫?って弘緒―」
私はどうやら倒れてしまったらしい。あおいの声も聞こえない。あー私このままどうなるんだろう。しかし、ただの貧血だったらしく30分もしない間に目が覚めた。
「あー弘緒!!気ついたん?もううちめっちゃ心配やってんで!!ここに中嶋が運んでくれたんやで!!後からお礼いうときや!!」
目の前にはあおいがいてあおいが私に抱きついてきた。自分をここまでも心配してくれる友達がいて嬉しかった。でもここまで中嶋くんが・・・運んでくれたなんて・・・。信じられなかった。私は保健の先生にもう大丈夫だと言い、あおいと一緒に教室に戻った。
「あー神崎、大丈夫なん?」 「もうひろちゃん急に倒れるからかなり心配やってんで!!」
教室に戻るとみんなが私のそばに来てくれた。中嶋くんは私のほうをちらっと見たけど私が中嶋くんのほうを見ると視線を逸らした。でもあおいは中嶋くんにお礼を言いに行けと私の背中を押すので私は中嶋くんに近づいた。
「中嶋くん、ありがとう」 「あ、ああ」 「それでねちょっと話したいことあるの」
私はもう夢中だった。彼の手を掴んで走った。人のいないところにひたすら。
「おい、ちょ、ちょっと、神崎」 「・・・・」 「神崎」
誰もいない教室を探し当てて私は中嶋くんと一緒に中に入った。
「な、何だよ急に走り出して」 「あのね、中嶋くん、卓ちゃんのこと何か知ってるでしょ?」 「し、知らねえよ」 「嘘!お願い!!教えて。卓ちゃんは今どこにいるの?」 「・・・あいつは、今、病院だよ」 「病院?」 「俺はあいつに頼まれてここに来たんだ。あいつはもう長くない」 「ど、どういうこと?」
中嶋くんの突然の激白に私はただ言葉を失うだけだった。
「会う?」 「うん!!会いたい」 「でも、すごく辛くなるかもしれないよ」 「え?」 「あいつは肺機能が弱ってるんだ。無理して野球やってたのがあだになった。俺はあいつとエースとキャッチャーの仲でさ。卒業間近にあいつは入院した。そして、最後の頼みだって海星を受けて神崎を頼むって言われたんだ。もう時間の問題らしい。肺に穴が開いたら・・・」 「会いたい。会わせてください!!」
私は中嶋くんに頼みこんだ。中嶋くんはしばらく黙っていたが、わかったと軽く頷いた。
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