■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

あなたのために・・・ 作者:一之瀬 芽衣

第5回   春の訪れを待たずに・・・
 私があの人を忘れると心に決め、本当に慧くんが好きになったあの日から慧くんに会う回数が増えた。受験生だから、時間はそんなに長くは会えないけれど塾が終わる時間に慧くんが来てくれる。はるきさんにはほどほどになんて少し注意も受けたけれど、慧くんに会えるって思うだけで嫌な受験勉強も頑張れる。慧くんの笑顔に触れたらそれだけで一日の疲れが吹っ飛ぶ。

「おつかれ」
「慧くんも」

塾の前で会うとその言葉を交わすのが日課。そして手をつないで歩く。私の塾の終わる時間が遅いときは慧くんが家まで送ってくれてそれで終わりだけど、今日は少し早く終わったのであのコーヒーショップで寄り道。窓から見える風景はもう夏の面影もなく、赤や黄色の葉が色づいていた。

「はい」
「え?」
「お守り」
「お守り?」
「受験生だろ俺ら!これはお互いが合格するように」

向かい合わせに座った席で慧くんがこそっとかばんから出して私の手の上に置いた。チェックの細長い袋。目で開けてごらんと合図されたのでそっと開いた。

「ストラップ!!」
「そ、俺のとお揃い」

私の手には≪Dream come true ≫と書かれているシルバーのロゴのストラップ。慧くんの手には同じストラップがついた携帯が握られていた。私は袋を開けて、自分の携帯につけようと携帯を出した。その携帯には一度もはずしたことのないあの人からの贈り物。私はそれをそっと外し、慧くんのストラップをつけた。

「お揃い」
「ん」

2人が笑顔になる。高校3年生の秋、私は今でもずっと大切に持っている二つ目の宝物を手に入れた。今でもずっと。

 冬になると、行事がたくさんある。でも私達にはそんな暇はない。会う時間もめっぽう減り、メールも少なくなった。それでも私にはあのストラップがある。だからこそ、会えない時間も辛くなかった。

「大丈夫」

毎日ストラップを眺めて、自分に言い聞かせた。勉強にも熱心に取り組んだ。今まで見て見ぬふりをしていたおにいちゃんもさすがにほっとくわけにはいかないと、毎日勉強を見てくれた。一日に教科書を見る時間が何をするにも多くなり、爆発しそうになったけれど負けないように必死になった。今思えばあれほど勉強にいそしんだのはあの時が初めてだったかもしれない。そして私は無事志望校に合格した。その報告をするために今日慧くんに3ヶ月ぶりに会う。初めてのデートのときのように何を着ていこうかにらめっこは変わらない。それにすごく会いたかったからドキドキしていた。待ち合わせ場所に行くと慧くんはまた相変わらずおしゃれな格好をしていた。

「ごめんね」
「合格おめでとう」
「慧くんだって」

そう慧くんもはるきさんのおかげで大学に合格した。春からはまた別々だけれど今までもそうだったからそんなに不安はない。慧くんがかっこよすぎるからそれにはちょっと不安はあるけれど。またいつものように手を握り合って歩く、はずだった。

「ちょっと今日は話があるんだ」
「え?」

いつもとは違う慧くんの態度。どこか伏せ目がちで私の好きな笑顔はない。黙って歩き出す慧くん。私はそれについていくしかなかった。ついた場所は海が見える公園。冬の寒さが身にしみる。人気はあまりない。目についたベンチに腰かけた。

「・・・琉希」
「ん?」
「俺が大学に入学したい理由覚えてる?」

ベンチに座って少しすると慧くんがうつむきながら言った。私は慧くんの顔を覗きこむ。彼はゆっくりと顔を上げた。

「俺が大学に入学したい理由、夢があるって言ったよな?」
「うん」
「俺の夢はさ・・・・」
「え?」
「俺、本当に琉希が大好きだった。琉希といるとずっと幸せで本当に満たされた」
「慧くん?」
「・・・ごめん。俺の夢ははるきを幸せにすることなんだ」


頭が真っ白になった。慧くんが何を言っているのかも全然わからないくらい。聞こえない、見えない、何もかもすべて。そう灰色になった。でも慧くんは言葉を続けた。

「俺、はるきを愛してる。あいつしかいらないってそう思ってた。でもあいつに彼氏ができて、やけになって琉希に声をかけた。どうせすぐに別れるなら誰でもいいって。でも琉希と会うたびに本当に琉希が好きになって、琉希を愛する自信もあった。でも・・・ごめん。もう決めたんだ。俺はるきを幸せにしたい」

バチが当たったんだと思った。私も慧くんの言っていることがすごく分かるから。私たちは同じ気持ちだったんだ。お互いに。私は何もいえない。私だって同じことをしたんだから。

「うん」
「ごめんな琉希」
「ううん。謝らないで。私も同じ。私もね、叶わない恋をしてたの。そんなときに慧くんに会ってこの人ならって思った。実際私も本当に慧くんを好きになったし、愛することもできると思った」
「琉希」
「私たち、こんなんじゃダメだよね。別れよう」

高校3年生の夏に出会った一つの恋は春の訪れを待たずに散った。私は大学生になり、それなりに人と付き合ったりもした。でも、あの人を超えることも慧くんを越えることもできなかった。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections