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あなたのために・・・ 作者:一之瀬 芽衣

第1回   彼との出会い
   愛する人を幸せにすることができないなら私は愛する人の幸せを願う。

 私が彼に出会ったのは高校3年の夏の塾の特別夏期講習だった。志望校への判定はDランク。どうあがいてもあがくのが遅すぎたと後悔。でも最後まで諦めてはいけない。そう思って入ったのがきっかけだった。半ば、暑さでやる気も半減し、初日から遅刻し、人目を気にしながら教室に入った。

「お前!初日から遅刻するとはやる気がない証拠だ!!」

初対面の目の釣りあがった講師に怒鳴られ、私は頭だけ下げ、空いている席に座った。かばんの中から教科書を出し、筆箱からお気に入りのキャラクターのシャーペンを出して真っ白なノートに黒板の文字を写す。ふとあたりを見渡すとみんな目の色を変えていた。ここまでしなくてはいけないのかと正直帰りたくなった。それでも志望校に行きたいから私も机の事務作業を再開した。

“だるくね?”

机をコンコンとシャーペンでつつかれ、パッと視線を横に向けると男の子が下に視線を向けるように合図したので私も同じように視線を下に向けると彼のノートにそう書かれていた。私だけじゃなかったんだ。なんだかそれに妙に嬉しくなり、私も同じように自分のノートに返事を書いた。

“だるいね”
“だよな。早く終われってカンジ”
“そうだね”

机の上での会話が思わず楽しく、そのときの授業はまったく覚えていない。授業が終わり教室を出ると彼が話しかけてきた。それが私と彼が交わした初めての会話だった。

「あんたおもしろいな」
「え?だってほんとのことでしょ」
「ここにいるやつってみんな目がこうなってるだろ」

彼が目を吊り上げるまねをして見せる。そのしぐさがあまりにも面白くて私は噴きだしてしまった。

「そうそう。ほんとみんなすごいよね」

一緒の歩調で彼と歩く。彼は背がとても高くて160cmはある私の姿でも軽く見下げられているような気分になる。目がとても綺麗でまさにこの人こそ美少年だろう。それが私の中の彼の第一印象だった。

「名前は?」
「え?」
「あんた名前なんていうの?」

一緒に歩いて一つ目の交差点で彼が訊いてきた。自己紹介をしていなかったことに今、気付いた。私っていつもそうで、話したりしていると名前とかもう知っているような気がして彼の名前も何故か知っていた気でいた。

「私、琉希、神崎琉希」
「るき、変わった名前なんだな」
「よく言われる。あなたは?」
「俺は森下慧」

今でも慧くんがそう言ってはにかんで笑ってくれた顔を私は覚えている。私たちは道端で話しているのもなんだということでどちらともなくコーヒーショップへ向かった。

「ねぇ〜どこが志望校なの?」

注文したアイスコーヒーを片手に私は慧くんに尋ねた。慧くんは少し考えたように口を開く。

「俺さ、あんまり決めてないんだよな」
「え?」
「いや、大学あんまり行きたいとか思ってなくてさ。でもなんか行けって言われてさ。でもあの塾はもう行かないけどさ。あんな軍団と張り合う気ないしさ」
「そうなんだ」

慧くんがそう言うと私は少しだけ何なのこの人って思った。私はDランクでも一生懸命頑張ろうとしているのにいい加減な気持ちで塾に来てるなんてって。でも次の慧くんの言葉を聞いてその考えも薄れていった。

「でも、夢はあるんだ」
「え?」
「そのために大学行こうって」
「夢?」
「ま、そういうこと。あんたは何で大学に?その割にはまともに授業受けてるようには見えなかったけど」

そのときは話をはぐらかされてわからなかったけど、あとになってこういうことだったんだって分かったとき私は慧くんを本当に尊敬できた。

「そ、それはあなたが邪魔したからじゃない」

飲んだコーヒーを噴き出しそうになるのをこらえて私は反論した。慧くんは笑ってコーヒーを口にする。それにしてもこの暑いのにホットコーヒーを飲む彼の姿がやけに不自然で仕方なかった。

「やる気なさそうだったからさ。それにあなたってさっき名前教えただろ」
「あなた、慧くんだって私の名前知ってるじゃない」
「え?なんだっけ?ふきだっけ?」

慧くんがわざとらしく言うので私は口を膨らませて軽くにらんだ。それを見て慧くんがまた笑う。彼の笑った顔はすごく素敵で見とれてしまったことは決して言わなかったけれど、また話したいと思ったのは間違いじゃない。もしかしたら彼なら私を永遠の片思いから解放してくれるんじゃないかなって。

「携帯、教えてよ。俺もうあの塾行かないからさ」
「え?うん」

どうやらそう思ったのは私だけじゃなかった。慧くんから携帯の番号を聞いてくれた。塾でもう慧くんに会えないのは寂しいけれど、メールできるならそれで十分。私はお気に入りのストラップをつけた携帯をかばんから出した。

「あ、それ」
「え?あ、このストラップかわいいでしょ?もらい物だけどね」
「そうなんだ。あ、俺の番号これ」
「けいってどんな漢字?」
「あ、それそれ」

ストラップを見て少し慧くんがおかしな顔をしていた。でもそのときは何も考えずお互いの名前の漢字を聞きあいし、番号交換して終わった。あのときその慧くんの表情の意味に気付けてあげてたら何か変わっていたのかな。

「よし!じゃあメールしてな」
「OK」
「あ、俺ちょっと約束あるからじゃあ、またな琉希」

慧くんが私の名前を呼んでくれた。そしてそう言って席を立った。うれしくて顔を上げることができずに下を向いていた私にちゃんと顔見ろって言ってまた笑った。初めて会った人なのにこんなに心が動かされるのはなぜだろう。私は慧くんが出て行ったあともしばらくそこを動けなかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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