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薄情な君。 作者:KINE

最終回   薄情な君。





この世界には、王と王妃がいる。
少なくとも僕のいる世界では。



配役が決まった。
僕はしがない見習いだから、役なんて有って無いようなものだ。舞台に少しでも立てるだけでも、感謝しなくてはならない。
そして君は、美しい王妃。
その役に相応しい、凛々しい横顔。
たとえ君が村娘の役だったとしても、僕にとって君は、王妃だ。
誰よりも美しい、僕の王妃。
僕は、君が好きだ。



分かっては、いるんだ。
この想いは、伝わることもない。
伝える資格もない。受け入れられる筈もない。
彼女には才能がある。
僕には、…なにも。
君に誇れるものなど、何もない。
けれど本当は、君の横に立ちたい。
いつかこの舞台で、君に伝えたいことがあるんだ。
それまで君は、ここで待っていてくれるだろうか。



僕の気持ちを置いていくように時間は過ぎ、公演の初日が明日に迫っていた。
片付けも準備もすべて済み、帰ろうと思った。
彼女の姿を舞台で見つけなければ。



話を聞いてみると彼女は、明日に備えて帰るように言われたけれど、どうしても確認しておきたいシーンがあって、全員が帰るまで隠れていたという。
彼女からしたら僕に見つかったのは予定外だったらしく、僕が舞台照明をつけると一瞬だけ目を大きく見開いて、苦笑しながらも事情を話してくれた。
「ごめんなさいね。勝手なことをして。」
「いえ。」
困った、何を話していいかわからない。
「無理のしすぎが良くないのは分かってるのよ。でも、どうしても。」
必死で話す彼女を見て、僕は自分との違いを見せつけられた気がした。
彼女はいつだって真剣なんだと、そう感じた。
そして、そんな彼女だからこそ、僕は…。
「じゃあ、続けて下さい。僕は外で待ってますから。」
「いいえ。」
突然、腕をつかまれ、思考が一瞬止まる。
「協力して欲しいの。花形は帰ってしまうし。イメージだけでも深めたくてここに残ったけれど、ひとりじゃ上手く踊れる自信がないわ。」
彼女は僕の手をとって、困ったように笑った。



信じられなかった。
この時間、この舞台、すべてが。
君と手を取り踊る日が来るなんて。
夢なんじゃないかと、本気で思った。
けれど、このステップを踏む音も、君の手の温もりも確かなもので、君が微笑むたびに、これは現実なんだと実感していた。
今だけは、君は僕の王妃。
「私ね、あなたを尊敬してるのよ。」
ふいに彼女の口から飛び出した言葉に、僕は動きを止めてしまった。
「驚いた?あなたは自分を過小評価しすぎだものね。でもね、私にとってあなたの存在は、何にも変えがたい活力なのよ。応援してるわ。そして、」
握ったままの手に、力が込められる。
「いつか、この舞台で待ってるわ。」
何も言わずにいた僕に、君は微笑んだ。



舞台を降りていく彼女を、僕は呆然と見送るだけだった。
けれどこの胸に、あたたかいものが流れていくのを感じた。
突然のことで驚いたけれど、確か彼女の言っていたことは、劇中の台詞だった筈だ。
まいったな、そんなことにも気付けないほど、動揺してしまったのだろうか。
そうだ、彼女の言ったことは、芝居の中の台詞の筈だ。
…最後の、言葉以外は。
僕は、自分を決め付けすぎていたのだろうか。
結局、僕から彼女に何も伝えることはできなかったけれど、それでも…。
信じても…いいのか?
あの瞬間君にとって、僕は王だったと。
明日君は僕に会って、僕をなんて呼ぶだろう。
僕は、君をなんて呼ぶのだろう。
信じてもいいのか?
君が、待っていてくれると。



次の日、真っ先に劇場にはいり最後の準備を整えた。
もういつだって、どんな人にでも美しい王妃を見せられる。
慌ただしく動く舞台俳優の中に君がいた。
彼女は僕の姿を見つけると、楽しそうに手を振った。
それはもう、今まで見たこともないほどの満面の笑みで。
「お早うございます。通行人Aさん。」



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Novel Editor by BS CGI Rental
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