■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

悪魔のクッキング 作者:saika

最終回   異様な食卓光景
「ああ、ホラホラ。いつまで食べているの。学校、遅刻しちゃうわよ」

「あっ、いっけなーい!」

「わっ! もうこんな時間!?」

姉と弟は慌てて朝食を口に詰め込み、ランドセルを背負った。

「それじゃあお母さん。行ってくるね! 今日の目玉焼き、スッゴク美味しかったよ」

「ボクはウインナーが美味しかった! また明日の朝も作ってね!」

「はいはい。それじゃあ、2人とも、行ってらっしゃい」

「「行ってきまーす!」」

2人の子供を見送った後、母親は再びリビングに戻り、目を吊り上げた。

「アナタ! いつまでいるんですか? 会社に遅れるわよ?」

「ん? ああ。まだ食べているんだよ」

「お皿にはもう何も残っていません! お皿まで食べる気ですか!」

テーブルをはさんで、夫婦は皿を取り合う。

「母さん、お代わり」

「遅刻します! 家計が苦しいんですから、減給だけはカンベンしてください!」

「…せめてハム一枚」

「……一枚、ですね? なら今のうちに出掛ける準備してくださいな」

「分かったよ。母さんには敵わないなぁ」

ボリボリと頭をかきながら、夫は出掛ける準備をする。

そして玄関に立った時、

「はい、アナタ。あ〜ん」

妻が笑顔で一枚のハムをつまんで、口元へ持ってきたので、素直に口を開ける。

「あ〜ん。…んぐんぐ。やっぱり母さんの料理は最高だな」

「褒めていただいても、今日の晩御飯は子供の好きなハンバーグですからね」

「がっくり…」

「…子供と張り合わないでくださいな」

「…行って来る」

「明日はアナタの好きな焼肉にしますから、我慢してくださいな」

「っ!? 愛しているぞ! 母さん!」

「はいはい」

いきなり抱き着いてきた夫の頬にキスをし、笑顔で見送った。

「…ふぅ。まったく。ウチの家族は肉食が多くて困るわ。今、どのお肉も高いのに」

ブツブツ言いながらも、皿を片付け始める。

冷蔵庫を見ると、お肉だけが残り少なくなっていた。

妻は料理が得意だった。だから料理の腕を褒められることは、素直に嬉しい。

…だが。

「得意料理は魚の方なんだけどね…。または野菜」

吐くため息は重かった。


しかし愛する家族の為、夕方、商店街へ買い物に出た。

精肉店で働いている中年夫婦とは、親しき仲になっていた。

「こんにちわ〜。今日の特売は何かしら?」

「いらっしゃい。奥さん。今日はホルモンが安いよ!
若くて活きの良い肉が、しこたま入ったんだ!」

「ホルモンは旦那さんが好きなんでしょう? いっぱい買ってあげたら喜ぶわよぉ」

「他にもレバーにカルビ、ロース、皮、軟骨にタンもどうだい?」

「お安くしてくわよぉ。奥さん、上得意さまだから」

2人でニコニコと勧めてくるものだから、妻は引きつった笑みを浮かべるしかない。

「じゃあ…全部貰おうかしら? でも安くしてね!」

「あいよっ! さすが太っ腹だねぇ!」

「ちゃんとオマケもするよ。食べ盛りのお子さんが2人もいるんだしね」

「でも随分と仕入れたのね? 急にどうしたの?」


「いやね、良い仕入先を見つけたんだ! これからはもっとお安くできると思うぜ!」

「それは嬉しいこと! …って、あっ! いけない!
赤身のブロックください! 焼肉は明日で、今日はハンバーグだった!」

「奥さん、ハンバーグを赤身で作るのかい? 本格的だねぇ」

「奥さんの作り料理、評判良いものね。今度アタシにも教えてちょーだい」

「いえいえ! 趣味程度ですから。それよりここで買った目玉、ウチの子に評判良くて♪ 今日もお願いします」

「はいよ!」

店主が嬉々として返事をした時だった。

店の前に一台のトラックが止まり、1人の若い青年が出てきた。

「こんにちわ、旦那、奥さん! 活きの良いの、調達してきたよ!」

「あら、ちょうど良かった。目玉はある?」

「今日は大丈夫だよ。ほら、見て」

トラックの荷台から、大きなビニール袋を取り出した。

ビニールに入っていたのは、20代前半の若い男だった。

しかし白目をむき、首には絞められた痕があった。

「おっ、良いじゃねぇか! アンタんとこ、良い仕事するな!」

「まあ本当だねぇ。奥さん、これならお子さんも喜ぶんじゃないかい?」

「そうね! 今日はせっかくだから、コレを頂くわ! 今すぐ捌ける?」

「モチロン! 肉屋の意地にかけて、上手く捌くさ!」

「ちょいと待っててね! 今、コッチに代金を払うから」

精肉屋の妻が仕入れ業者の男に金を支払っているうちに、精肉屋の周囲には人盛りができてきた。

みな買い物カゴを持った、奥さま達だ。

制肉屋の夫が引きずっていくピニール袋を、興味津々に見つめている。


「アラ、活きの良いのが入ったわねぇ」

「これから捌くらしいわよ」

「じゃあ待ってようかしら?」

ワイワイ華やぐ奥さま方を見て、精肉店の妻はにこにこ笑顔になった。

「ホント、アンタんとこは良い仕事してくれるから、嬉しいわ」

「ありがとうございます! これからもどうぞごヒイキに!」

青年は代金を受け取ると、笑顔で車に乗って去って行った。

しばらくして、奥さま達は大量の肉を買って、満足げに家に帰った。

家に帰れば、子供達がすでに帰っていた。

「お帰り、お母さん。お腹空いたよぉ」

「オヤツのドーナッツ、置いてったでしょう?」

「もう食べちゃった。ハンバーグ、まだぁ?」


子供2人に抱き着かれ、足元をフラフラさせながらも台所へ歩く。

「いっ今作るからね! それまで宿題と復習を済ませときなさい」

「「は〜い!」」

素直に返事をして、2人の子供は二階の子供部屋に行った。

そして買ってきたばかりのものを、冷蔵庫と冷凍庫に次々入れていく。

「さて、とっとと準備しないと、今度は旦那にまで抱きつかれる」

深く息を吐くと、エプロンをして、気合を入れた。

「よし! 今日は活きの良い赤身を買えたことだし、料理も頑張りましょう!」

そして三十分後、美味しそうな匂いにつられて、2人の子供が下りてきた。

「お母さん、できたの?」

「できた?」

「もうすぐできるから、テーブル支度して」

「「はぁい!」」

子供達はテーブルの上を拭いたり、準備をしたりした。

そのうち、夫が帰ってきた。

「…そんなに強い匂いを放っているのかしら?」

ちょうど料理が出来た時に帰ってきたので、妻は思わず辺りの匂いを嗅いだ。

「おっ、すぐに夕飯か」

「えっええ、アナタは着替えてきてくださいな」

「分かった」

テーブルに次々と料理を並べる。

メインはハンバーグ。その他にもフルーツサラダやパンを並べる。

「わあ! 美味しそうね、お母さん」

「やっぱりお母さんは料理上手だね」

「褒めてくれるのは嬉しいケド、お手伝いの手は止めないでね?」

子供達がスープ皿を受け取ってくれるのを待つ間は、結構長かった。

「さあ! 食べましょう!」

食卓には全ての料理がそろった。

そして家族の人数もそろった。

「いただきます!」

四人の声がキレイにそろい、まずはハンバーグに手が伸びる。

「うん! 美味しい!」

「本当だ! 美味しいね!」

「美味いよ、母さん。味付け変わった?」

「うふふ。お肉屋さんが、良い仕入先を見つけてくれたのよ。これからお肉が美味しく食べられるわよ」

「「わあーい!」」

「明日は焼肉な」

「はいはい」

―平和な家庭の食卓の光景が、そこにはあった―




材料を抜かせば。


■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections