「ああ、ホラホラ。いつまで食べているの。学校、遅刻しちゃうわよ」
「あっ、いっけなーい!」
「わっ! もうこんな時間!?」
姉と弟は慌てて朝食を口に詰め込み、ランドセルを背負った。
「それじゃあお母さん。行ってくるね! 今日の目玉焼き、スッゴク美味しかったよ」
「ボクはウインナーが美味しかった! また明日の朝も作ってね!」
「はいはい。それじゃあ、2人とも、行ってらっしゃい」
「「行ってきまーす!」」
2人の子供を見送った後、母親は再びリビングに戻り、目を吊り上げた。
「アナタ! いつまでいるんですか? 会社に遅れるわよ?」
「ん? ああ。まだ食べているんだよ」
「お皿にはもう何も残っていません! お皿まで食べる気ですか!」
テーブルをはさんで、夫婦は皿を取り合う。
「母さん、お代わり」
「遅刻します! 家計が苦しいんですから、減給だけはカンベンしてください!」
「…せめてハム一枚」
「……一枚、ですね? なら今のうちに出掛ける準備してくださいな」
「分かったよ。母さんには敵わないなぁ」
ボリボリと頭をかきながら、夫は出掛ける準備をする。
そして玄関に立った時、
「はい、アナタ。あ〜ん」
妻が笑顔で一枚のハムをつまんで、口元へ持ってきたので、素直に口を開ける。
「あ〜ん。…んぐんぐ。やっぱり母さんの料理は最高だな」
「褒めていただいても、今日の晩御飯は子供の好きなハンバーグですからね」
「がっくり…」
「…子供と張り合わないでくださいな」
「…行って来る」
「明日はアナタの好きな焼肉にしますから、我慢してくださいな」
「っ!? 愛しているぞ! 母さん!」
「はいはい」
いきなり抱き着いてきた夫の頬にキスをし、笑顔で見送った。
「…ふぅ。まったく。ウチの家族は肉食が多くて困るわ。今、どのお肉も高いのに」
ブツブツ言いながらも、皿を片付け始める。
冷蔵庫を見ると、お肉だけが残り少なくなっていた。
妻は料理が得意だった。だから料理の腕を褒められることは、素直に嬉しい。
…だが。
「得意料理は魚の方なんだけどね…。または野菜」
吐くため息は重かった。
しかし愛する家族の為、夕方、商店街へ買い物に出た。
精肉店で働いている中年夫婦とは、親しき仲になっていた。
「こんにちわ〜。今日の特売は何かしら?」
「いらっしゃい。奥さん。今日はホルモンが安いよ! 若くて活きの良い肉が、しこたま入ったんだ!」
「ホルモンは旦那さんが好きなんでしょう? いっぱい買ってあげたら喜ぶわよぉ」
「他にもレバーにカルビ、ロース、皮、軟骨にタンもどうだい?」
「お安くしてくわよぉ。奥さん、上得意さまだから」
2人でニコニコと勧めてくるものだから、妻は引きつった笑みを浮かべるしかない。
「じゃあ…全部貰おうかしら? でも安くしてね!」
「あいよっ! さすが太っ腹だねぇ!」
「ちゃんとオマケもするよ。食べ盛りのお子さんが2人もいるんだしね」
「でも随分と仕入れたのね? 急にどうしたの?」
「いやね、良い仕入先を見つけたんだ! これからはもっとお安くできると思うぜ!」
「それは嬉しいこと! …って、あっ! いけない! 赤身のブロックください! 焼肉は明日で、今日はハンバーグだった!」
「奥さん、ハンバーグを赤身で作るのかい? 本格的だねぇ」
「奥さんの作り料理、評判良いものね。今度アタシにも教えてちょーだい」
「いえいえ! 趣味程度ですから。それよりここで買った目玉、ウチの子に評判良くて♪ 今日もお願いします」
「はいよ!」
店主が嬉々として返事をした時だった。
店の前に一台のトラックが止まり、1人の若い青年が出てきた。
「こんにちわ、旦那、奥さん! 活きの良いの、調達してきたよ!」
「あら、ちょうど良かった。目玉はある?」
「今日は大丈夫だよ。ほら、見て」
トラックの荷台から、大きなビニール袋を取り出した。
ビニールに入っていたのは、20代前半の若い男だった。
しかし白目をむき、首には絞められた痕があった。
「おっ、良いじゃねぇか! アンタんとこ、良い仕事するな!」
「まあ本当だねぇ。奥さん、これならお子さんも喜ぶんじゃないかい?」
「そうね! 今日はせっかくだから、コレを頂くわ! 今すぐ捌ける?」
「モチロン! 肉屋の意地にかけて、上手く捌くさ!」
「ちょいと待っててね! 今、コッチに代金を払うから」
精肉屋の妻が仕入れ業者の男に金を支払っているうちに、精肉屋の周囲には人盛りができてきた。
みな買い物カゴを持った、奥さま達だ。
制肉屋の夫が引きずっていくピニール袋を、興味津々に見つめている。
「アラ、活きの良いのが入ったわねぇ」
「これから捌くらしいわよ」
「じゃあ待ってようかしら?」
ワイワイ華やぐ奥さま方を見て、精肉店の妻はにこにこ笑顔になった。
「ホント、アンタんとこは良い仕事してくれるから、嬉しいわ」
「ありがとうございます! これからもどうぞごヒイキに!」
青年は代金を受け取ると、笑顔で車に乗って去って行った。
しばらくして、奥さま達は大量の肉を買って、満足げに家に帰った。
家に帰れば、子供達がすでに帰っていた。
「お帰り、お母さん。お腹空いたよぉ」
「オヤツのドーナッツ、置いてったでしょう?」
「もう食べちゃった。ハンバーグ、まだぁ?」
子供2人に抱き着かれ、足元をフラフラさせながらも台所へ歩く。
「いっ今作るからね! それまで宿題と復習を済ませときなさい」
「「は〜い!」」
素直に返事をして、2人の子供は二階の子供部屋に行った。
そして買ってきたばかりのものを、冷蔵庫と冷凍庫に次々入れていく。
「さて、とっとと準備しないと、今度は旦那にまで抱きつかれる」
深く息を吐くと、エプロンをして、気合を入れた。
「よし! 今日は活きの良い赤身を買えたことだし、料理も頑張りましょう!」
そして三十分後、美味しそうな匂いにつられて、2人の子供が下りてきた。
「お母さん、できたの?」
「できた?」
「もうすぐできるから、テーブル支度して」
「「はぁい!」」
子供達はテーブルの上を拭いたり、準備をしたりした。
そのうち、夫が帰ってきた。
「…そんなに強い匂いを放っているのかしら?」
ちょうど料理が出来た時に帰ってきたので、妻は思わず辺りの匂いを嗅いだ。
「おっ、すぐに夕飯か」
「えっええ、アナタは着替えてきてくださいな」
「分かった」
テーブルに次々と料理を並べる。
メインはハンバーグ。その他にもフルーツサラダやパンを並べる。
「わあ! 美味しそうね、お母さん」
「やっぱりお母さんは料理上手だね」
「褒めてくれるのは嬉しいケド、お手伝いの手は止めないでね?」
子供達がスープ皿を受け取ってくれるのを待つ間は、結構長かった。
「さあ! 食べましょう!」
食卓には全ての料理がそろった。
そして家族の人数もそろった。
「いただきます!」
四人の声がキレイにそろい、まずはハンバーグに手が伸びる。
「うん! 美味しい!」
「本当だ! 美味しいね!」
「美味いよ、母さん。味付け変わった?」
「うふふ。お肉屋さんが、良い仕入先を見つけてくれたのよ。これからお肉が美味しく食べられるわよ」
「「わあーい!」」
「明日は焼肉な」
「はいはい」
―平和な家庭の食卓の光景が、そこにはあった―
材料を抜かせば。
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