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ジェム・シリカの指先 作者:フラボノ

第7回   出会い
「ここか……」
 灰色の病院内で、清の目に映るのはドアの上、105号室の表示。
『105号室 小安井』と書いてある。
 このドアの先に待ち受ける人物の姿となりを想像し、息を飲む清。
(「同い年の女の子だとしかわからないからな……」)
 異性である事を意識し、清は二、三度繰り返し咳をする。そして、手櫛で髪型を簡単に整えた。
 深呼吸し、意を決してドアをノックする。
 返事がない。
「………?」
 病室にもノックの音は届いているはずなのに、清は首を傾げる。
(「あ、そういえば声を失ったって―――」)
 清は自分の愚かな行為に気付いた時、目の前のドアが引き開かれた。
「あっ」
 半分開いたドアの向こうに、圭が立っていた。
 清よりも頭ひとつ身長が小さい。ドアの向こうから見える二の腕は細かった。入院生活で痩せ細ったいうよりも、元から繊細な体躯をしているのだろう。
 ピンクのパジャマには可愛らしいアイロンプリントがついている。
 清は圭に全体的に幼い印象を受けた。恭介から自分と同い年だと聞いていなければ、彼は圭を中学生と思っただろう。
「……………」
 圭は開いたドアの隙間から顔を出し、清を眺める。
 それこそ爪先から頭頂部まで、嘗め回すように。
 清は品定めをされているようで良い気分にはなれなかったが、圭は構わずに清を観察する。
 そして、最後に清の目を直視して、にっこりと笑ったのだった。
 一点の曇りもない、屈託のない、破顔とでも形容すべき笑み。
 だが、清はその笑みが非常に儚いものに思えた。
 圭はドアを完全に開き、左手でチョイチョイと手招きする。圭の城である病室へ招き入れてくれるらしい。
 日も暮れかけたというのに、病室には電気が灯っていなかった。枕元に熊のぬいぐるみがあるのと、棚に本が入っている以外に私物は無い。
 質素というか、生活感の無い部屋だと清は思った。
「それじゃ、失礼します……暗いから、明かりつけるよ」
 清はドアの傍をまさぐり、スイッチを見つけるとおもむろに押下する。
 すぐに電球はつき、圭と病室がスポットライトのように照らされた。
「………!」
 清はたじろく。圭の右手を見たからだ。
 右手首まで、青緑色に染まっている。その姿は、まるで異星人か化け物のようだった。
 表情で清の思考を察し、圭はベッドに腰掛けると右手をシーツの中に突っ込んでしまった。
 その顔には、先程までの弾けるような笑顔はない。ただ弱々しい子供のそれだった。
「ご、ごめん……俺もそのうち、そうなるんだよな」
 圭は頷く。そして、シーツの中から右手を引き抜く。
 他の指より、人差し指が明らかに短かったいた。清が尋ねると、圭は棚からスケッチブックを引き出してくる。
 スケッチブックをめくる。青リンゴの静物画、森林の風景画、自画像……全てが青緑色のクレヨンのようなもので描かれていた。
「もしかして……指で描いたのか?」
 またも頷く圭。
「身を削って絵を描くなんて……」
 清は魅入られたようにスケッチブックをめくっていく。
 圭の絵は上手かった。素人の清が見てもわかるほどの腕前だった。
(「けれど………」)
 海や森だけでなく太陽や街のポストまで、全てが単一の青緑色のみで描かれた絵は、とても寂しい絵に清は思えた。
 そこで、清は袖を引っ張られる。
 視線を移すと、圭はホワイトボードを清へと見せていた。
『小安井 圭です』
 とそこには書かれている。字は汚いく、崩れている。まさに右利きの人間が、左手で書いたような文字だった。
「あ、下総中山 清です。よろしく」
 照れくさそうに頭を掻きながら、挨拶をする清。
 圭はホワイトボードの文字を消し、新たな文字を書き連ねる。
『珍しい苗字ですね』
「はは、よくいわれる。マークシートとかさ、名前入りきらないんだよな」
 軽口をたたきながら、清は次の話題を模索する。
 視界に、枕元の熊のぬいぐるみが入ってきた。若干大きめで、抱えられるサイズだ。
 熊の頭に手を置く。
「この熊とかも、名前あるの?」
 答えはすぐに返ってきた。
 ホワイトボードに描かれた3つの文字、『アレク』。
「男の子なんだな、ふーん。それじゃ頭を撫でるのはやめとくか」
『うん、怒るから、やめた方が良いです』
 話題はジェム・シリカ病についての事に移る。圭は夏休みに入った直後、7月後半にジェム・シリカ病が発病したのだと言う。
「それからずっと入院中なの?」
 圭は頷く。夏休みから、学校へ行っていないのだ。
「へぇ……それじゃ友達も心配してるだろうにね」
 今度は圭は首を振った。
『友達、アレクしかいないから』
 そんなものかも知れない、清はそう思った。
 見る限り圭は物静かな少女に見える。実際、喋ってみると意外とおしゃべり――もちろん筆談なので実際には喋っていないのだが――な所もある。
 けれど、それを知る為には圭に話しかけないといけないのだ。圭はどこか、話しかけにくいオーラを纏っていた。
「そっか……なに、今日からは俺も友達だよ」
 白い歯を見せる清。圭の瞳が、揺れた。
「同じ病気って共通点もあるしね。むしろ友達よりも仲間、先輩って方がいいかな?」
 首を強く振る圭。慌てて『友達で良い』とボードに書いてみせた。
「おっし、それじゃ、よろしくな!」
 勢い良く左手を差し出す清。圭もパジャマで左手を拭いて、差し出した。
 固い握手。ジェム・シリカ病を共に乗り切ろう、そんな思いを込めて清は敢えて強く手を握った。
 圭の手のひらは、とても冷たいと思った。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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