翌日、清が教室に入ってくると、生徒が一斉に清へと目を向けた。 「うっ………」 思わずたじろぐ清。皆の視線は包帯をぐるぐる巻きにした右手に注がれている。 「シモ、一体どうしたんだよ、その手」 クラスの悪乗り仲間が清へと近づいてくる。下総中山という苗字は長いので、男子うちにはシモと呼ばれているのだ。 「あ、ああ、ちょっと火傷してな」 「お前が休むなんて初めてじゃないか? 心配したんだぜ」 ヘラヘラと笑う仲間へ、へらへらと笑い返す清。 恐らく彼は昨日も何事もなく日々を過ごしていたのだろうが、社交辞令には社交辞令で返すべきだ。 清はそう考えていた。 軽く挨拶をかわし、窓際にある自分の席へとカバンを下ろす清。 「あの………」 そこへおずおずと一人の女子が話しかけてきた。後ろにはクラスでもかしましいと評判の女子二人組がおり、肘や膝で女子をせっついている。 「ん、清見台か。おはよう」 「お、おはよう!」 清が挨拶をすると、慌てて頭を下げながら答える清見台と呼ばれた女子。 ゆっくりと首を上げ、清へ尋ねる。 「その、今、火傷って聞いたけど、大丈夫?」 「ああ、こうやって物を掴んだりは出来る程度には大丈夫だ。しばらくは包帯つけたままだけどな。火傷跡見るか?」 ぶんぶんと首を横に振る清見台。清はカバンを掴みながら、そのリアクションに心のうちで安堵していた。彼女の性格を読んだ上での賭けだったのだ。 「火傷って何したのよ、ケンカかなんかぁ?」 後ろの女子がしゃしゃり出てくる。清は適当に流す。 「お前らは俺をなんだと思ってるんだ。もうケンカは卒業したよ」 「もうって事は、やっぱり以前はワルだったんだね!」 「あー、へいへい、なんでもいーですよー」 机にうつ伏せになる清。彼は女子からは、ダーティーなイメージを持たれているようだった。 元球児という事で体格は良いし、口も悪い。目つきは悪くは無いが、決して良くもない。 だが実際の所、清は今まで数度しかケンカをした事がない。 (「やったケンカも全部、人助けのつもりなんだがなぁ」) 一番最近、ケンカをした記憶を思い起こす。一学期、まだ野球部所属だった時に、本物の不良に絡まれていた生徒を助けたくらいだった。 「ええっと、あの、お大事にね?」 まだそこに立っていた清見台が心配そうに声をかける。 「おう、ありがとな」 清が笑うと、清見台もぎこちなく笑い返す。清見台は地味な少女だったが、笑うと可愛い事を清は知っていた。 「下総中山〜、そんな浮気してたら、隣のクラスから紺野さんが飛んでくるよ?」 からかってくる後ろの女子。その目は笑っていない、鎌をかけているのは明白だった。 「……本当に飛んできそうだから、やめてくれ」 気にせず、清は自分から鎌にかかる。清にとってめぐみと噂になる事は、まんざらでもなかった。
ホームルーム。教室に響く出席確認の声。 「下総中山 清。早く治せよ」 担任は清を呼んだ時、それだけ告げて次の生徒に移っていった。 つつがなくホームルームも終了し、授業が始まる。 黒板に白い文字が躍るように書かれていく。 清は時には真面目にノートを取り、時には窓の外、グラウンドを眺める。 赤茶色のグラウンド、緑の屋根の体育館、まだ水が綺麗なプール、校舎の外に広がる住宅街。更にその向こうに広がるなだらかな山々……。 都会でもなく、田舎でもないちょうどいい光景。 清はこの街を気に入っていたし、学校という空間が好きだった。 のんびりと勉強をして、クラスメートと他愛もない話をして、飯食って、帰って。 特に親しい友達がいる訳でもないし、部活動に打ち込んでいる訳でもない。 ただそれだけ、このサイクルがたまらなく好きだった。 平均寿命82年の人生で、学校に通える時間というのは何分の1だろうか。 清はこの時間を、大事にしたかったのだ。 (「俺はノスタルジーに浸っているのかな」) 化学の時間、化学式を写しながら清はふと夢想する。 (「それでもいいさ。Cu2Hなんたらとかいう化学式なんかに、俺の生活を壊されてたまるか」)
放課後、教室の外でめぐみが待ち構えていた。 「よーし、帰るわよ」 バッグを肩に担ぎ、清は素通りする。 「ちょっ、なんでスルーするかなっ?!」 慌てて清の前に回りこむめぐみ、自分より背の高い清を怒ったように見上げる。 「めぐみさん、すいませんがわたくしは今日から一緒に帰れませんよ」 「えー、なんでよ」 更に下校しようとする清の制服を引っ張りながら、めぐみが問いただす。 「病院。毎日通院するんだ、これから」 「毎日通院って……そんなに悪いの?」 めぐみは目を見開き、包帯の巻かれた清の右手を見る。 「いや、そこまで悪くないが……薬をもらわないとな」 下手な言い訳だなと自虐的な事を思いながら、清はそう口にする。 「そ、そうなんだ……いつまでかかるの?」 「火傷が治るまでだな」 「火傷はいつ治るの?」 「わからん」 「それじゃ、わからないじゃないの!」 怒り出すめぐみへ、思いついた軽口を叩く。 「怒るなよ、傷が開く」 「えっ、あっ、ごめ……って何それ! 火傷が開くワケ無いじゃない!」 心配したと思ったら、からかわれたと知り烈火の如く怒り出す。 清はそんな表情豊かなめぐみが好きだった。 「わはははは、心配すんなよ」 制服を引っ張っていた手を解かせ、頭を撫で繰り回す。こうやってめぐみの頭を撫でるのが、清は好きだった。 「………私も毎日一緒に病院に行く」 「無茶言うな、電車賃あんのか? 綿総合病院だから、新横山まで行かなきゃいけないんだぞ」 「体売って稼ぐ」 「冗談でもやめろ」 頭を撫でていた清は、ここで周囲の視線に気付く。 痴話ゲンカかと、生徒達が清とめぐみを注視していたのだ。 「やれやれ……周り見ろ」 「なに? ………あっ」 自分を取り巻く環境を気付かされ、めぐみは紅葉のように赤くなった。 「駅までな。ほれ、とっとと行くぞ」 照れ隠しに頭を掻き、清は歩き出す。 「あ、うん」 めぐみは小走りで、清の斜め後ろを歩き出すのだった。
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