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ジェム・シリカの指先 作者:フラボノ

第4回   黒板のある風景
 翌日、清が教室に入ってくると、生徒が一斉に清へと目を向けた。
「うっ………」
 思わずたじろぐ清。皆の視線は包帯をぐるぐる巻きにした右手に注がれている。
「シモ、一体どうしたんだよ、その手」
 クラスの悪乗り仲間が清へと近づいてくる。下総中山という苗字は長いので、男子うちにはシモと呼ばれているのだ。
「あ、ああ、ちょっと火傷してな」
「お前が休むなんて初めてじゃないか? 心配したんだぜ」
 ヘラヘラと笑う仲間へ、へらへらと笑い返す清。
 恐らく彼は昨日も何事もなく日々を過ごしていたのだろうが、社交辞令には社交辞令で返すべきだ。
 清はそう考えていた。
 軽く挨拶をかわし、窓際にある自分の席へとカバンを下ろす清。
「あの………」
 そこへおずおずと一人の女子が話しかけてきた。後ろにはクラスでもかしましいと評判の女子二人組がおり、肘や膝で女子をせっついている。
「ん、清見台か。おはよう」
「お、おはよう!」
 清が挨拶をすると、慌てて頭を下げながら答える清見台と呼ばれた女子。
 ゆっくりと首を上げ、清へ尋ねる。
「その、今、火傷って聞いたけど、大丈夫?」
「ああ、こうやって物を掴んだりは出来る程度には大丈夫だ。しばらくは包帯つけたままだけどな。火傷跡見るか?」
 ぶんぶんと首を横に振る清見台。清はカバンを掴みながら、そのリアクションに心のうちで安堵していた。彼女の性格を読んだ上での賭けだったのだ。
「火傷って何したのよ、ケンカかなんかぁ?」
 後ろの女子がしゃしゃり出てくる。清は適当に流す。
「お前らは俺をなんだと思ってるんだ。もうケンカは卒業したよ」
「もうって事は、やっぱり以前はワルだったんだね!」
「あー、へいへい、なんでもいーですよー」
 机にうつ伏せになる清。彼は女子からは、ダーティーなイメージを持たれているようだった。
 元球児という事で体格は良いし、口も悪い。目つきは悪くは無いが、決して良くもない。
 だが実際の所、清は今まで数度しかケンカをした事がない。
(「やったケンカも全部、人助けのつもりなんだがなぁ」)
 一番最近、ケンカをした記憶を思い起こす。一学期、まだ野球部所属だった時に、本物の不良に絡まれていた生徒を助けたくらいだった。
「ええっと、あの、お大事にね?」
 まだそこに立っていた清見台が心配そうに声をかける。
「おう、ありがとな」
 清が笑うと、清見台もぎこちなく笑い返す。清見台は地味な少女だったが、笑うと可愛い事を清は知っていた。
「下総中山〜、そんな浮気してたら、隣のクラスから紺野さんが飛んでくるよ?」
 からかってくる後ろの女子。その目は笑っていない、鎌をかけているのは明白だった。
「……本当に飛んできそうだから、やめてくれ」
 気にせず、清は自分から鎌にかかる。清にとってめぐみと噂になる事は、まんざらでもなかった。

 ホームルーム。教室に響く出席確認の声。
「下総中山 清。早く治せよ」
 担任は清を呼んだ時、それだけ告げて次の生徒に移っていった。
 つつがなくホームルームも終了し、授業が始まる。
 黒板に白い文字が躍るように書かれていく。
 清は時には真面目にノートを取り、時には窓の外、グラウンドを眺める。
 赤茶色のグラウンド、緑の屋根の体育館、まだ水が綺麗なプール、校舎の外に広がる住宅街。更にその向こうに広がるなだらかな山々……。
 都会でもなく、田舎でもないちょうどいい光景。
 清はこの街を気に入っていたし、学校という空間が好きだった。
 のんびりと勉強をして、クラスメートと他愛もない話をして、飯食って、帰って。
 特に親しい友達がいる訳でもないし、部活動に打ち込んでいる訳でもない。
 ただそれだけ、このサイクルがたまらなく好きだった。
 平均寿命82年の人生で、学校に通える時間というのは何分の1だろうか。
 清はこの時間を、大事にしたかったのだ。
(「俺はノスタルジーに浸っているのかな」)
 化学の時間、化学式を写しながら清はふと夢想する。
(「それでもいいさ。Cu2Hなんたらとかいう化学式なんかに、俺の生活を壊されてたまるか」)

 放課後、教室の外でめぐみが待ち構えていた。
「よーし、帰るわよ」
 バッグを肩に担ぎ、清は素通りする。
「ちょっ、なんでスルーするかなっ?!」
 慌てて清の前に回りこむめぐみ、自分より背の高い清を怒ったように見上げる。
「めぐみさん、すいませんがわたくしは今日から一緒に帰れませんよ」
「えー、なんでよ」
 更に下校しようとする清の制服を引っ張りながら、めぐみが問いただす。
「病院。毎日通院するんだ、これから」
「毎日通院って……そんなに悪いの?」
 めぐみは目を見開き、包帯の巻かれた清の右手を見る。
「いや、そこまで悪くないが……薬をもらわないとな」
 下手な言い訳だなと自虐的な事を思いながら、清はそう口にする。
「そ、そうなんだ……いつまでかかるの?」
「火傷が治るまでだな」
「火傷はいつ治るの?」
「わからん」
「それじゃ、わからないじゃないの!」
 怒り出すめぐみへ、思いついた軽口を叩く。
「怒るなよ、傷が開く」
「えっ、あっ、ごめ……って何それ! 火傷が開くワケ無いじゃない!」
 心配したと思ったら、からかわれたと知り烈火の如く怒り出す。
 清はそんな表情豊かなめぐみが好きだった。
「わはははは、心配すんなよ」
 制服を引っ張っていた手を解かせ、頭を撫で繰り回す。こうやってめぐみの頭を撫でるのが、清は好きだった。
「………私も毎日一緒に病院に行く」
「無茶言うな、電車賃あんのか? 綿総合病院だから、新横山まで行かなきゃいけないんだぞ」
「体売って稼ぐ」
「冗談でもやめろ」
 頭を撫でていた清は、ここで周囲の視線に気付く。
 痴話ゲンカかと、生徒達が清とめぐみを注視していたのだ。
「やれやれ……周り見ろ」
「なに? ………あっ」
 自分を取り巻く環境を気付かされ、めぐみは紅葉のように赤くなった。
「駅までな。ほれ、とっとと行くぞ」
 照れ隠しに頭を掻き、清は歩き出す。
「あ、うん」
 めぐみは小走りで、清の斜め後ろを歩き出すのだった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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