「清、どうしてあんな事言ったのよ」 病院の帰り道、立ち寄ったファミレスでハンバーグランチをつつきながら、清の母は尋ねる。 「どうしてって、勉強遅れちまうし……」 清はやたら冷えた水を少量口に含む。 夏も終わりに近づいた9月。残暑でくたびれた体を冷水が癒す。 一息ついて、次の言葉を捻り出した。 「母さんだって、俺が勉強置いていかれるのは嫌だろ?」 白々しい口調。弄ぶ指先には、偽装及び緩衝材として包帯が巻かれていた。 「もう既に、置いてかれてるじゃないの」 母親は、清がそんな理由で入院を拒否したとは鼻から信じていなかった。辛辣な母親の言葉に、思わず自虐的な笑みを浮かべる清。 「はっきり言うなよ……グレるぞ」 フォークで切り分けられたハンバーグを突き刺し、頬張る。熱い肉を舌の上で転がして味わう。 「お医者さんを信じて入院しましょうよ。毎日通院といったって、電車賃だって馬鹿にならないし……」 「何ヶ月続くかわからない入院費の方がよっぽど高いと思うけど」 付け合わせのアスパラガスを噛み砕きながら言う清。取り付くしまも無い。 しばらく押し黙った母親は、また口を開く。 「お母さん、心配なのよ」 声のトーンが低い。消え入るような声だった。 「……俺だって、心配だよ」 苛立つようにして、清は続ける。 「野球、またやりたいんだ」 清は中学まで野球をやっていた。ピッチャーだった。 優秀なピッチャーだったが、高校の野球部では丸坊主を要求された。 それを拒み、退部した。清は優秀なピッチャーである前に、今時の男子高校生だった。 「とっととこんな病気を治して、剛速球を放ってやるのさ。指が削れて短くなったら、フォークは投げられないだろうけど」 笑い飛ばす清だが、母親は笑わなかった。 「それも嘘ね」 清の表情が、固まる。 「………俺は嘘が下手なのかな」 「それぐらいはわかるわよ、私がお腹を痛めて産んだ子だもの」 自らの腹をさする母親。目を細めて清を見る。 「でも駄目ね。肝心な所がわからない。お父さんとおんなじで」 「ノロケ話はもうお腹一杯だよ」 ハンバーグランチを先に完食した清も腹を撫でる仕草を見せる。 「もう、好きになさい」 清の母親は、怒ったように笑ってみせた。 「病院に篭ってても治るかどうかわからないんだもの、外でしっかり学んで来なさいな」 「母さん……」 清は母親を見つめる。母もまた、清を見つめていた。 「ありがとう」 「良くなって、お金稼いで恩返ししてね」 代金を払い、二人は自宅への岐路についた。
自宅前で、一人の少女が家を見上げていた。 セーラー服姿で、茶髪をふたつのシニヨン―――おだんご―――にして纏めた少女のシルエットが、夕暮れの町並みに映る。 「あら、めぐみちゃんじゃない」 近づくにつれ、逆光に照らされたその少女の顔が明らかになる。 眉は下がり、目に力が無い。唇はきつく結ばれ、そこに居るのにどこか所在無げに立っていた。 顎を上げた視線の先には、2階の清の部屋だ。この少女が清の身を案じているのは、もはや疑いようがなかった。 「良い子ねぇ、清には勿体無いわ」 「一歩間違えたらストーカーだよ、ありゃ」 ぽりぽりと後頭部を掻く清。まんざらでもない様子だった。 「もしかして、清が学校に通いたい目的はめぐみちゃん?」 「ばーか、そんなんじゃねーよ」 母親に茶化され清は照れてみせる。夕日が清の顔に当たり、頬が紅潮しているのか母親には判らなかった。 清は大股で母親の前に出る。右手をポケットにつっこんで、少女へ向かって叫んだ。 「おーい! なにやってんだよー」 少女が振り向く。表情がパッと明るくなり、スカートが翻る。 「あっ、清! どうしたのよ、学校休んで」 口調は怒り気味だが、顔は甘いデザートでも食べているかのように緩んでいる。 「病院行ってたんだよ、むしろお前こそどうしたんだ、こんなところで」 「えっ……?」 どんぐり眼を更に丸くして、固まってしまった少女。 数秒後、パッと清の向かいの家を指差した。 「い、家に帰る途中だったのよ! なんか文句ある!?」 『紺野』と書かれた表札。彼女の名は紺野めぐみ。清とは幼馴染の間柄だ。 「あるなあ、お前何十分も俺の家見上げてたじゃないか」 虚を突かれたように、うろたえるめぐみ。 「み、見てたの!?」 「いや、見てないが……マジなのか」 げっそりした顔つきの清。肩を落とす。 「めぐみちゃん、私達は今帰ってきたところなのよ」 母親の言葉に、沸騰したように怒り出す。 「だ、騙したわね清! もう知んない!!」 「あ―――」 清が呼び止めるより早く、めぐみは自宅へと帰っていってしまった。乱暴に玄関のドアが閉まる音。 「あら、帰っちゃったわね。お茶でもご馳走して、ジェム・シリカ病の相談に乗ってもらおうと思ったのに」 のんびりとお向かいさんの家を見ながら呟く母親。 奇病ジェム・シリカのことは他の人間には話さないように、そう恭介から忠告された事を思い出す。 現代でも治療法がない病気が発見されたと公に知れたら、マスコミやら周囲の目に好奇の目で晒される事になる。 そうなれば、もう今までの日常を送る事はできないのだ。 「そうだな、あいつにだけは話したほうが……いや」 逡巡し、清は思い直す。 「母さん、めぐみにも黙っててくれないか。余計な心配はかけたくない」 「………あの子、勘が良いからすぐにばれるわよ?」 母親のなだめるような声。清もこの奇病がめぐみに露呈するのは、そう遠くない未来だという予感めいたものはあった。 「わかってる。わかってるけど、こっちにも心の準備ってものが必要なんだよ」 この奇病を知り、自分に好意を寄せてくれる、また同時に好意を寄せているめぐみがどのような反応をするか、清にはわからない。 それが、清はとてつもなく恐ろしかった。
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