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ジェム・シリカの指先 作者:フラボノ

第3回   幼馴染
「清、どうしてあんな事言ったのよ」
 病院の帰り道、立ち寄ったファミレスでハンバーグランチをつつきながら、清の母は尋ねる。
「どうしてって、勉強遅れちまうし……」
 清はやたら冷えた水を少量口に含む。
 夏も終わりに近づいた9月。残暑でくたびれた体を冷水が癒す。
 一息ついて、次の言葉を捻り出した。
「母さんだって、俺が勉強置いていかれるのは嫌だろ?」
 白々しい口調。弄ぶ指先には、偽装及び緩衝材として包帯が巻かれていた。
「もう既に、置いてかれてるじゃないの」
 母親は、清がそんな理由で入院を拒否したとは鼻から信じていなかった。辛辣な母親の言葉に、思わず自虐的な笑みを浮かべる清。
「はっきり言うなよ……グレるぞ」
 フォークで切り分けられたハンバーグを突き刺し、頬張る。熱い肉を舌の上で転がして味わう。
「お医者さんを信じて入院しましょうよ。毎日通院といったって、電車賃だって馬鹿にならないし……」
「何ヶ月続くかわからない入院費の方がよっぽど高いと思うけど」
 付け合わせのアスパラガスを噛み砕きながら言う清。取り付くしまも無い。
 しばらく押し黙った母親は、また口を開く。
「お母さん、心配なのよ」
 声のトーンが低い。消え入るような声だった。
「……俺だって、心配だよ」
 苛立つようにして、清は続ける。
「野球、またやりたいんだ」
 清は中学まで野球をやっていた。ピッチャーだった。
 優秀なピッチャーだったが、高校の野球部では丸坊主を要求された。
 それを拒み、退部した。清は優秀なピッチャーである前に、今時の男子高校生だった。
「とっととこんな病気を治して、剛速球を放ってやるのさ。指が削れて短くなったら、フォークは投げられないだろうけど」
 笑い飛ばす清だが、母親は笑わなかった。
「それも嘘ね」
 清の表情が、固まる。
「………俺は嘘が下手なのかな」
「それぐらいはわかるわよ、私がお腹を痛めて産んだ子だもの」
 自らの腹をさする母親。目を細めて清を見る。
「でも駄目ね。肝心な所がわからない。お父さんとおんなじで」
「ノロケ話はもうお腹一杯だよ」
 ハンバーグランチを先に完食した清も腹を撫でる仕草を見せる。
「もう、好きになさい」
 清の母親は、怒ったように笑ってみせた。
「病院に篭ってても治るかどうかわからないんだもの、外でしっかり学んで来なさいな」
「母さん……」
 清は母親を見つめる。母もまた、清を見つめていた。
「ありがとう」
「良くなって、お金稼いで恩返ししてね」
 代金を払い、二人は自宅への岐路についた。

 自宅前で、一人の少女が家を見上げていた。
 セーラー服姿で、茶髪をふたつのシニヨン―――おだんご―――にして纏めた少女のシルエットが、夕暮れの町並みに映る。
「あら、めぐみちゃんじゃない」
 近づくにつれ、逆光に照らされたその少女の顔が明らかになる。
 眉は下がり、目に力が無い。唇はきつく結ばれ、そこに居るのにどこか所在無げに立っていた。
 顎を上げた視線の先には、2階の清の部屋だ。この少女が清の身を案じているのは、もはや疑いようがなかった。
「良い子ねぇ、清には勿体無いわ」
「一歩間違えたらストーカーだよ、ありゃ」
 ぽりぽりと後頭部を掻く清。まんざらでもない様子だった。
「もしかして、清が学校に通いたい目的はめぐみちゃん?」
「ばーか、そんなんじゃねーよ」
 母親に茶化され清は照れてみせる。夕日が清の顔に当たり、頬が紅潮しているのか母親には判らなかった。
 清は大股で母親の前に出る。右手をポケットにつっこんで、少女へ向かって叫んだ。
「おーい! なにやってんだよー」
 少女が振り向く。表情がパッと明るくなり、スカートが翻る。
「あっ、清! どうしたのよ、学校休んで」
 口調は怒り気味だが、顔は甘いデザートでも食べているかのように緩んでいる。
「病院行ってたんだよ、むしろお前こそどうしたんだ、こんなところで」
「えっ……?」
 どんぐり眼を更に丸くして、固まってしまった少女。
 数秒後、パッと清の向かいの家を指差した。
「い、家に帰る途中だったのよ! なんか文句ある!?」
『紺野』と書かれた表札。彼女の名は紺野めぐみ。清とは幼馴染の間柄だ。
「あるなあ、お前何十分も俺の家見上げてたじゃないか」
 虚を突かれたように、うろたえるめぐみ。
「み、見てたの!?」
「いや、見てないが……マジなのか」
 げっそりした顔つきの清。肩を落とす。
「めぐみちゃん、私達は今帰ってきたところなのよ」
 母親の言葉に、沸騰したように怒り出す。
「だ、騙したわね清! もう知んない!!」
「あ―――」
 清が呼び止めるより早く、めぐみは自宅へと帰っていってしまった。乱暴に玄関のドアが閉まる音。
「あら、帰っちゃったわね。お茶でもご馳走して、ジェム・シリカ病の相談に乗ってもらおうと思ったのに」
 のんびりとお向かいさんの家を見ながら呟く母親。
 奇病ジェム・シリカのことは他の人間には話さないように、そう恭介から忠告された事を思い出す。
 現代でも治療法がない病気が発見されたと公に知れたら、マスコミやら周囲の目に好奇の目で晒される事になる。
 そうなれば、もう今までの日常を送る事はできないのだ。
「そうだな、あいつにだけは話したほうが……いや」
 逡巡し、清は思い直す。
「母さん、めぐみにも黙っててくれないか。余計な心配はかけたくない」
「………あの子、勘が良いからすぐにばれるわよ?」
 母親のなだめるような声。清もこの奇病がめぐみに露呈するのは、そう遠くない未来だという予感めいたものはあった。
「わかってる。わかってるけど、こっちにも心の準備ってものが必要なんだよ」
 この奇病を知り、自分に好意を寄せてくれる、また同時に好意を寄せているめぐみがどのような反応をするか、清にはわからない。
 それが、清はとてつもなく恐ろしかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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