「………!」 めぐみの姿に体を強張らせる圭。めぐみはめぐみで、事態を必死で理解しようと何度も自分の額を撫でていた。 「えっと、小安井さんは男で、でも声は出せなくて、ぬいぐるみが……喋って?」 漏らしためぐみの一言に、今度は圭が驚愕する。 「な、なんで私が男だって……」 震える圭の声は、低い。それはハスキーボイスともいえない、変声期を越えた男の声。 その声に、めぐみは圭が本当に男だという事を再認識した。訳がわからない、頭の中で理解不能な現象への説明を求めていためぐみへひとつの事実が提示されたのだ。 それで、めぐみの心の中に若干の余裕が出来る。 「次からは個人情報を秘守するお医者さんを選ぶのね」 「綿恭介……あいつが……!」 めぐみの言葉に臍を噛む圭。次の瞬間、圭の脳裏に浮かび上がる不安。 「この事、清君は……!」 「さあ、知ってるのかしらねえ……」 狼狽する圭を見下ろし、しらばっくれるめぐみ。めぐみにしてみれば、敵である圭に塩を送る必要はない。 「ホント、声を聴くまで信じられなかったわよ。髪は長いし、線細いし、筆談も利き腕じゃない方で書くから汚くて当然だし……そういわれてみると、喉仏がちょっと出てるわよね」 恥ずかしそうに俯き、喉仏を隠す圭。そんな圭をよそに、めぐみは枕元の熊のぬいぐるみ、アレクを手に取る。 「で、さっきまでこの部屋で複数の話し声がしてたんだけど……腹話術かなんか?」 「違うよ、僕はただのぬいぐるみじゃないんだ」 アレクが喋る。確かに熊のぬいぐるみから聴こえてくるので、めぐみは腹をぽんぽんと叩く。 「なんかスピーカーとか内蔵されてるのかしら」 「い、いたいっ、止めてよう。僕はアレク、こことは違う世界からやってきた戦士なんだ」 荒唐無稽すぎるアレクの言に、めぐみは目を白黒させた。 「……はあ?」 「君達がジェム・シリカ病って呼んでるのは、僕たちの世界の呪いなんだよ」 「い、いきなり何言ってんのよアンタ。そんな滅茶苦茶なお話を信じろっていうの?」 アレクは、ことなげもなく言い切った。 「じゃあ、ジェム・シリカ病が滅茶苦茶な病気だとは思わないの? こっちの世界ではよくある病気なのかい?」 「……………」 黙り込むめぐみ。そもそもジェム・シリカ病自体がありえない奇病なのだ。そう言われたら黙るしかない。 「違うよね? でも、もしこれが『体が石になる呪い』だったら、君達の世界でいうファンタジーモノの小説やマンガではよくある呪いなんじゃないかな?」 確かにペルセウスに倒されたメデューサの視線など、石化させる呪いは神話や小説に溢れている。アレクの言葉には説得力が伴っている、そうめぐみには思えた。 「まあ、僕達の世界でいう『ファンタジーモノ』ってのは、ここみたいな世界を舞台にしたモノを指すんだけどね。昔、僕達の世界と君達の世界の間にはつながりがあったのかもしれないね……」 「そんな事は今はどうでもいいわ」 めぐみはアレクの言葉を遮り、尋ねる。 「この際、非常事態だからアレク、貴方の言ってる事は全面的に信じるわ。それを踏まえて聴くけど、なんで貴方達の世界の呪いが私達の世界に広まりはじめてるの?」 押し黙るアレク。ぬいぐるみであるアレクの表情は変わらないが、どうやらためらっているようだ。 しばらくして、圭の顔色を伺った後に口を開いた。 「……圭、全部喋るよ。良いよね?」 アレクの確認に、圭も観念したようにひとつ溜息をついた。 「………うん、良いよ。誰かに聞いて止めてもらいたかったのかも、知れないから」
「故郷にいた頃、僕は魔女と戦っていたんだ」 それから、アレクは自分の住む世界について喋りだす。彼の話を聴く限り、彼の住む世界はめぐみ達の住む世界で想像される剣と魔法の世界に酷似していた。 「宮廷お抱えの戦士だった僕は、王国に仇なす魔女を倒すために派遣された。でも、魔女の力は強大だった」 壮絶な戦争の後に、アレク率いる王国軍は魔女の軍勢に敗北した。 「そして魔女は、僕らにジェム・シリカの呪いをかけたんだ。体が石になっていく恐怖に耐えながら僕は城へ戻った……だけど、僕を待っていたのは罵声と怒号だった」 まず、王国はアレクの呪いが他者に広まらないように対処したという。 「呪いに打ち勝つには、それよりも強力な呪い……僕は、物言わぬぬいぐるみにさせられた」 ぬいぐるみにされたアレクは、更にぬいぐるみの呪いが解けても被害を受けないように異世界へと送られた。 「名目は敗戦の責任を取らせるというものだったけど、厄介払いが正直なところだったね。とにかく僕は、熊のぬいぐるみとしてこの世界にやってきた……どこについたと思う? この横山市のゴミ捨て場だよ、こっちの世界にちょっとは配慮してくれたみたいでね!」 このままいずれはゴミとして処分されるかと思われたアレクだが、そこで女の子に拾われた。 「僕はその子の家で10年ほど過ごした。その子も良い子だったし、穏やかで平和な時間が流れていった。でも、大きくなったその子は引っ越す際に僕を捨てていった」 今年の初夏、再度ゴミ捨て場に捨てられたアレクは、圭に出会う。 「お前、捨てられたの? 可愛いのに勿体無い……」 高校帰り、性同一性障害を隠していた圭はそう呟いてアレクを手に取った。 そしてアレクの顔についた埃を払うようにして、口に軽くキスをしたのだ。 すると、ぬいぐるみだったアレクが閃光を放った。キョトンとした様子の圭へ、アレクは呪いを解いてくれてありがとう、と言った。 「僕を熊のぬいぐるみにした呪いの解き方は『男でも女でもないものの口づけ』だったんだ。そんなものはこの世にない、と思っていたんだけどね……別の世界にはあったんだ」 最も、圭の中には女である自分を隠していた負い目があった。そのせいで、解けた呪いは中途半端だった。喋る事はできても、人の姿に戻る事はできなかった。 「私は、突然できた友達に舞い上がってたの。友達、いなかったから……」 寂しそうに微笑む圭。言葉を続ける。 「アレクを持って楽しげに家へと帰っている途中に、不良達に出会っちゃったの」 熊のぬいぐるみを持っている男子高校生は、嫌でも不良達の目に付いた。 「当然因縁をつけられて、殴られたり蹴られたり……暴行されたわ。アレクを取りあげようとしたのに抵抗したから、特に右手を痛めつけられて……」 右手は切れ、折れ、大量に出血していた。このままでは失血死する可能性がある。そこでアレクは、ジェム・シリカの呪いを圭へかけることを決心した。 「手を石化させれば、少なくとも失血死はなくなるから。僕に回復魔法が使えればよかったんだけどね……ジェム・シリカの呪いは、呪いを掛けられた者が掛ける相手を宣言する事で伝染していくんだ。僕が物言わぬ人形にされたのは、その呪いの伝染を防ぐ為で―――」 「ちょ、ちょっと待って!」 アレクの独白を遮るめぐみ。何かに気付き、顔から血の気が引いている。 「それはつまり、この病気は人災ってことよね!? いや、そーじゃなくて、こう、なんて言うんだっけ……」 言葉が出てこず、めぐみはもどかしげにガリガリと頭を掻く。だが、アレクはめぐみの言いたいことが伝わったようだ。言葉を引き継いでやる。 「この呪いは呪いたい相手を宣言すれば伝染する。つまり、君や清君がジェム・シリカの呪いに掛かったのは、僕がやったって事を聞きたいんだよね」 「う、うん」 こくこく頷くめぐみへ、アレクは肯定してみせた。 「結果的にいえば、僕だよ。実行犯は圭だけど」 唖然とした顔で圭を見やるめぐみ。圭は、ゆっくりと頷いてみせた。 「はい、私が呪いをみんなへ掛けました……」
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