めぐみが清に呼ばれ部屋を後にしてから、圭は一つ息を吐いた。 「……本当に、呪っちゃったんだね」 枕元から聴こえる声に、振り返る圭。 そこにあるのはぼろぼろな熊のぬいぐるみ。 「ねえ、圭……やめようよ、こんなこと」 その声は、ぬいぐるみから発せられていた。 「………もう、遅いよ。止まらないし、止められない」 搾り出すような、か細い圭の声。 「そもそも、この呪いを持ち込んだのはアレク、貴方じゃないの。私だってなんともならないわ」 圭は窓に視線を向け、今までと変わった景色を眺める。その横顔に見えるのは、悟りと諦め。 「……………」 アレクと呼ばれたぬいぐるみは、一言も発さない。微かに唸り、何を言うべきか考えているようだった。 「確かに、そうだよ」 逡巡の後にアレクが口を開いた。その化学繊維で作られた体が、微かに動く。 「でも、だからってこれ以上世界の法則を捻じ曲げて皆に迷惑をかけちゃいけない。正直に真実を話そうよ」 アレクの呼びかけにも、圭は首を振って拒否した。 「嫌。それはいや。そうしたら、私は本当に一人じゃない! 一人で誰にも助けて貰えずに死ぬなんていやよ!」 激しく首を振る圭。両手で頭を抱える。パジャマの袖から生える青緑の右手。肌色が黒髪で隠れ、ホラー英語の死者のように見えた。 「死ぬ……死にたくない、やっぱり死にたくない、しにたくない……」 圭が発作を起こし始めたと気付いたアレクは、話の矛先を変わったのに気付き、それにのっかる。 「そ、そうだよ。君が死んだら呪いが解けるんだよ。みんなを呪い殺したいんなら、しっかり生きて見届けなきゃ」 心にもない事を、とアレクは心のうちで思い、泣いた。 「生きる、生きて見届ける……」 ぶつぶつと呟き始める圭。頭を抱えたまま、何回ももごもごと口を動かした。 「そうよ、私は生きなきゃ。生き延びたら私を助けてくれた清君に告白してやるって誓ったじゃないの。しっかりしなきゃ、私はもっと頑張れる、がんばれるから――」 「圭……」 圭は歪みつつある自分の精神を、必死に正常に保とうとしていた。もがき苦しむ圭を眺めることしかできないアレク。 日の光が瞬き、黒いボタンで出来たぬいぐるみの瞳が潤んだように見えた。 「う、うぅぅ……」 唸る圭へ声が飛ぶ。 「だ、大丈夫?」 「大丈夫だよ、アレク。私はまだ、死ぬわけにはいかないから……」 顔を上げ、気丈に笑おうとする圭。だが、アレクの声色は彼女の予想に反していた。 「圭……違うよ」 危機感を伴った、掠れた声。 「え?」 「今喋ったの、僕じゃない」 圭は、自分のベッドに落ちる影に気付く。自分の影のほかにもうひとつ、人影。 ゆっくりと、病室の入り口へと向き直る圭。 「小安井さん、声? ……いや、ぬいぐるみが喋って……え?」 そこには、連続した理解不能な事態に直面し、ただただ立ち尽くしているめぐみの姿があった。
|
|