少年、下総中山(しもうさなかやま)清は初め、それを絵の具だと思った。 今袖を通したばかりのYシャツを見る。 Yシャツは学校指定のもので、アイロンもしっかりかけられている。 そんな純白のYシャツの、左肘の部分が薄い青緑色に染まっていたのだ。 「……?」 清の両親は健在だ。高校1年生である清の洗濯物は、母親が毎日洗っている。 純白のYシャツが着る前から汚れているという事は、まずないのだ。 「この前の美術の時間でつけちまったのか?」 気にせずボタンを留めようとした清は、自らの指先を見る格好になる。 そして、気付いた。 「なんだ、これ?」 右手の指先が、青緑色に染まっていた。青緑色は第一関節から始まっていて、指先になるほどその色が濃くなっていく。 親指も、人差し指も、中指も……五指全てが青緑色になり、艶々とした光沢を放っている。 「俺は……もしかして、寝ぼけてるのか?」 次に左手を見る。指先はどうみても血の通った肌色だった。右手の指先だけが青紫色に変色しているのだ。 「それとも、これは夢か?」 呟いたところ、階下から朝餉を告げる母親の声が聞こえてくる。 「今行くー!! ったく、一体なんだってんだ」 とりあえずボタンを留める清。青緑色の指先がボタンに触れると、ポロポロとした粉末と共に青緑色がボタンにつく。 清はそこでようやく、最初に気付いた奇妙な現象の原因に思い当たる。Yシャツの左肘部分が青緑色に染まっているのは、右手でYシャツの皺を伸ばしたからではないか? 目覚まし時計を見る。金属製のストップボタンには、指紋の代わりに青緑色が付着していた。 ベッドの上に脱ぎ捨てたままのパジャマを見る。皺くちゃなパジャマには、やはり青緑色が付着していた。 「……………」 右手をチョキの形にして、まじまじと見る清。 左手で指先を擦ると、粉末が左手につく。この粉末が物体につく事で青緑色を着色しているのだろう。 試しに目覚まし時計のボタンを左手で払うと、鈍い銀色が顔を覗かせた。代わりに左手に青緑色の粉末が付着する。 清は、敢えて先程と同じ言葉を口にする。今度は無意識ではなく、意識的に。現実を直視する為に。 「なんだ、これ?」 右手の指先から青緑色の粉末が出ている。この粉末は無限に湧き出てくるのか? そんな疑問が清の脳に広がる。そんな訳は無い、無から有を発生させるなど、普通ありえない。 普通ありえない状況ならば『今既に起こっている』のだが、今の清にそこまで考えることはできなかった。 導き出された回答はひとつ。清はその回答が気に食わないので、回答を口にするのに随分と逡巡する。 だが、どんなに馬鹿げた答えでも、それしか答えがないのならばそれは正解なのだ。 どこかのミステリーで読んだ、そんな言葉が清の脳裏に浮かんで消えた。 「……右手が、削れているのか」 搾り出すように呟く清。 その顔は、右手よりもよっぽど青ざめていた。 少年、下総中山清はその次、夢なら良いと思った。
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