春の夕暮れ、峠の小さな宿場町。切り立った岩壁が両側にそそり立つ、宿場町の入り口に二人はいた。 「つ、疲れたぁ〜……」 がっくりと両膝を地につけるポタン。その上着は首筋辺りが汗で白くなっている。 南のジャングルに抜けるには、ガメリア山という山の中腹を越える必要がある。そして、この宿場町はちょうどガメリア山の中腹に位置するところにあった。 「お疲れ様。冒険者でも1日かかる道のりをよく歩いたもんです」 クレストはポタンへ笑いかける。 野営道具を失った二人に野宿は危険すぎた。その為強行軍で歩き詰め、日が沈む前に無理やり宿場町までたどり着いたのだ。 「はぁ、夜明け前に出発した、はぁ、うえに……荷が軽いからね……」 ポタンは肩で息をしつつ、今まで自分達が歩いてきた道を振り返る。木々の緑が一面に広がっていた。 山の下方には緑が広がっているのに対して、中腹より上にはほとんど木が生えていない。高山故に木が育ち難いのだろうか。 「さて、今日は宿を取って休みましょうか。明日は野営道具を買い足さなければいけませんが……お金、あります?」 ポタンの懐に括り付けられた皮袋、そこには投げ捨てずに置いた残りわずかな軍資金が収められている。 「うーん……宿代もきっと高めだろうし、ちょっと厳しいなぁ。値切り交渉しないと」 流石に食堂の息子だけある、ポタンは脳内で勘定をすませ、そう結論付けた。 「じゃあ、値切りはポタンにお任せしますよ……私はそういう交渉が苦手なもんで」 「交渉が苦手って……よく冒険者やってられたね」 ジト目で見やるポタンへ、クレストは薄く笑い返した。 「だから貧乏やってるんですよ」
「ここしか宿は無いようですね」 年期の入った木造2階建ての宿屋。立てかけられた板看板には掠れた文字で『朝焼けの風見鶏亭』と書いてある。 「もともと、あんまりここらへんに来る旅人もいなそうだしなぁ……ぼろっちくても仕方無いか」 「ぼろっちくて悪かったわね」 宿屋の前で建物を見上げていた二人の背後、投げかけられる刺々しい言葉。ギクリと振り返るポタン。 「嫌なら泊まって貰わなくても良いんだけど?」 年の頃、17歳ほどの少女が腕組みをして立っていた。きつい眼差し、フンと口をへの字に曲げると、頭に巻かれたオレンジのバンダナから飛び出た紫色の前髪が、ふわりと揺れる。 「あ、ああ、わりぃわりぃ」 ポリポリと頭を掻きながら少女を観察するポタン。 少女の腕からぶらさげられた袋にはトウモロコシやジャガイモの姿が覗いていた。買出しから帰ってきた、というところだろうか。ふと、ポタンの翡翠色の目と少女の紫の目が合う。少女もクレストとポタンを値踏みしていたようだ。 「……んで、泊まるの? 泊まんないの?」 目線をはずし、二人へと近づいてくる少女。クレストとポタンの間を割って宿の扉を開ける。 「と、泊まらせてください」 慌てて答えるクレストに、少女はそれまでと打って変わってにんまりと笑った。 「ようこそ『朝焼けの風見鶏亭』へ♪」 「……女って怖え」 完璧なまでの営業スマイルに、ポタンは率直な感想を漏らすのだった。
カチャカチャとスプーンとフォークの擦れる音が宿に響く。 「どうよ、私の手料理の味は?」 バンダナにエプロン姿の少女はにやりと口角を吊り上げる。 彼女は自らをエマと名乗り、この『朝焼けの風見鶏亭』を切り盛りしている若女将だと自己紹介していた。 「ええ、非常に、独創的な味ですね。私も色々な地へ冒険に赴きましたが、このような味に出会ったのは初めてで――」 脂汗をかきながらのクレストの遠まわしなコメントを次のポタンが台無しにする。 「べちゃべちゃしてまずいな、このチャーハン。火力が足らないんじゃないか?」 「なっ………! 町の人はみんな美味いって言ってくれたわよ! アンタの舌おかしいんじゃないの?!」 ビシッとポタンの鼻先に人差し指を突きつけるエマ。その指には絆創膏が何枚も巻かれていた。 (「世辞で言っているんだろうな……料理初心者のようだし」) クレストは一人納得しコーンポタージュを啜る。なにかどろりとした物体が喉につっかかえて、なかなか喉を通らなかった。 「まあ、食えない事はないんだけどさ……ごちそーさん」 文句を言いながらもしっかり完食するポタン。 「はいどーも、代金は金貨3000枚ね」 しらっと手を差し出すエマへ、ポタンは金貨3枚を握らせる。 「はい、3000ま――あたっ」 言い終わる前に額にお盆の一撃を受ける。 「お客様、2997枚足りませんが♪」 「………もしかして、本気で言ってんの?」 「勿論ですわ、お客様」 ポタンの問いに顎で窓を指し示すエマ。その外には鍬や鎌を持った村人達の姿があった。 村人達はすまなそうな顔をして、ポタンとクレストを睨んでいる。 「なるほど、そういう事ですか。旅人からは毟り取る、と」 冷静なクレストの呟きに、軽くうなづくエマ。 「悪いわね、こうでもしないと厳しくてねえ。王様も補助金とか出してくれないしね」 「セルシュ……しっかりしてくれよ」 王という言葉に密やかに舌打ちをするクレスト。 「金貨3000枚なんて大金、俺らが持ってるように見えるのか?」 開き直るポタンだが、エマも負けてはいない。 「見えるわね、そのデブっ腹は金貨5000枚は入ってそうよ」 「なんだと、俺はデブじゃないぞ、ぽっちゃり系だ!」 「そうやって自分に甘いからブクブク太んのよ!!」 顔と顔を突き合わせ、今にも火花が散りそうな二人。そんな二人の後頭部へクレストの手が伸びる。 「はいはい、喧嘩は止めましょうね」 クレストは両手を内側に押す。二人の額と額とをぶつけて喧嘩両成敗、としたかったのだが――クレストの手がついた部分は、後頭部のぼんのくぼ辺りだった。 「んむっ……!?」 必然的にエマとポタンの唇が触れ合う。瞬間的に赤面する二人。慌てて首を左右にずらす。 「な、ななな、なにすんだよクレスト!」 「おおお、乙女の純潔が……はじめてだったのに。ペッ、ペッ!!」 「す、すいません……」 涙目で唾を吐くエマと、真っ赤になって怒るポタンへ、素直に謝るクレスト。 「………で、金持ってないのね?」 顔が赤いまま、そっぽを向いて続けるエマ。クレストとポタンは頷いて見せた。 「じゃああるだけは貰うとして……あんた達、冒険者よね、聞いてる限り」 「ああ。俺は由緒正しき平民だがな」 えっへんと腹を張るポタンを無視し、エマはクレストへ向き直った。 「借金の分、働いてもらうわ。このガメリア山の山頂にいる、怪鳥グレンダルを退治して来て頂戴」
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