一面の緑の中に伸びた茶色の道。 ポタンとクレストはレェンダを手に入れる為、街道をゆっくりと南下していた。 「ん〜、良い天気だなぁ。日向ぼっこしたくなっちゃうな」 目を細め、空を見上げるポタン。鼻には若草の香りが舞い込んでくる。 ぽかぽか陽気で、辺りはクレストの膝ほどの丈の草原が広がっている。幅3メートル程の土道には轍がついていた。 「やれやれ、ノー天気ですねぇ、ポタン君は……はぁ」 その左横で重い荷物を背負ったクレストは、皮肉を言いながら肩を落とす。 「なんだよ、元気無いなぁ」 「レェンダを手に入れるのは、ほん………っとーに大変なんですよ!?」 『ほん……』のところで背を丸め、溜めてから両手を広げて一気に感情を爆発させるクレスト。オーバーアクション気味だ、ブレストプレートが摩擦音を上げる。 「ランドトータスってのは、本当に、一流の冒険者でも下手したら殺されてしまう大亀なんですよ。私が勝てると思いますか?」 胸を張るクレスト。彼は戦士としては線が細い。薄い胸板を叩くが、あまり強そうには見えない。 「……そんなら、なんで俺の依頼を受けたのさ」 ポタンは至極真っ当な意見を口にしたのでクレストは言葉に詰まってしまう。 「そ、それは………お腹が減ってましたから」 手袋をつけた両手の人差し指をくっつけ、こねくり回すクレスト。 「……ま、お前しか居なかったわけだし。しょうがないか、なんとかなるって!」 脇の草を千切りながら、ポタンはニィと笑った。丸っこい、人好きの良い笑顔だ。 「………そう、ですね」 お前『しか』ですか、そう思いながらも笑顔に騙されたようにガリガリと頭を掻くクレスト。だが、次の瞬間、その動作は一変する。 「ポタン、危ないっ!」 「え?」 クレストの方を向いていたポタン。ポタンの後ろには、一匹の自らの体長ほどもある長い刃のような牙を持った肉食兎―――長牙兎が飛び掛っているところだった。 剣を抜くか―――? いや、遅い! クレストは刹那の判断で手刀を繰り出す。ポタンの頭上を通る水平の軌跡。 血飛沫が、飛んだ。 「く、クレストっ!?」 身を引いたポタンの顔に数滴の血が付着する。 クレストは手刀で長牙兎を叩き落していた。右手にはめていた手袋はまっすぐに切り裂かれ。むき出しになった手の甲からは血が滴る。 「大丈夫、傷は浅い! ポタンは荷物を!」 肩のストッパーをはずし、荷物を地に落とすクレスト。素早く剣を抜き辺りを見回す。丈の長い草に隠れていた為に気づかなかったが、先のを入れて占めて三羽の長牙兎が二人を襲撃していた。 「わ、わかった! でも、大丈夫なの!?」 荷物を拾い、クレストの後ろに下がるポタン。その問いかけは傷に対してか、剣の腕前に対してか。 どちらにせよ、クレストの答えはポタンの満足の行くものだった。 「私は、冒険者だ!!」 飛び掛ってくるニ羽の長牙兎。一羽の攻撃を半歩下がってかわし、もう一羽にブロードソードによる横薙ぎの一撃。 鈍い骨の砕ける音、剣の腹の打撃を受けた長牙兎は首を曲げて墜落した。 「はっ!」 時間差で飛び掛ってくるもう一羽の長牙兎。牙の一撃をブロードソードで受け、そのまま牙に沿ってブロードソードの刃を滑らせる。 「す、凄ぇ………」 頭部を輪切りにされる長牙兎と街道に仁王立ちするクレスト、その光景を見てポタンは舌を巻いた。 これが冒険者の力なのか。残りの一羽も危なげなく退治され、クレストは振り返ってポタンへ笑いかけてみせた。 「どうだい? 少しは私は信用してくれたかな?」 端正な顔と蒸気した頬。 「あ、ああ!」 驚きながらも、ポタンは力強く何度も、頷いた。
パチパチと焚き火が爆(は)ぜる音。草の丈が低い所を見つけ、二人は野営の準備をしていた。 「テントできたぜー!」 汗を拭い、テントの設置が完了したポタンがやってくる。 「お疲れ様。こちらも仕込みは終わったよ」 ナイフで器用に肉を切り分けているクレスト。今夜の食卓に上がるのは三匹の長牙兎だ。 食べやすい厚さに切り、塩タレにつけた兎肉をじゃばらのように鉄串に突き刺す。クレストはできたものを幾本かポタンへ手渡した。 「もう一品作るから、焚き火にかけといてくれない?」 「おう、任せとけ!」 じっと火を見つめるポタン。火の流れを読み、円状に焚き火の周りに鉄串を刺していく。 クレストは大きめの葉に兎肉と塩、そしてチーズを包む。この葉は香草で、香りつけに使用しているものだ。 寒い冬を越したばかり、春頃の兎の身は痩せ気味だ。そこでチーズでかさましをするとともに、兎肉の臭みを消すのだ。 「よっと、焦げないようにしないとね。そっちはどう……」 焚き火に包みを数個放り投げ、クレストはポタンの方を見る。 そこには、クレストの声など聞こえないかのように火を凝視するポタンの姿があった。 赤い火に照らされたその翡翠色の目はとても真剣で、火と鉄串しか映っていない。 (「……驚いたな、すごい集中力だ」) 「今だ!」 サッと鉄串を回収するポタン、そのまま兎肉を歯で食い千切る。はふはふ、と満足気な笑顔すら見せて肉を食べる姿にクレストは感心していた。ふと、思いついた事を口に出す。 「なあ、ポタン。回復魔法、使えるようにならないか?」 「へ? 回復魔法……てーと、僧侶が使うアレ? 使えればいいけどさ、あれは教会とかなんとかに入信しなけりゃいけないんじゃなかった?」 マリアージュ王国では回復魔法を扱うためにはマリア教を信奉するマリアージュ教会に入信し、特別な魔法媒体を手に入れなければならない。 そしてポタンは、特に神を敬おうとも思っていなかった。 「いや、使えるさ。これとお前の食事に対する集中力さえあればな」 クレストは懐から幾何学的な模様が施されたペンダントを取り出す。 「これ……マリアージュ教会の聖印じゃん! なんでクレストが持ってんの? 僧侶なの?」 ポタンの問いに首を振るクレスト。 「まあ、昔取ったなんとやらでね。私はポタンが回復魔法を使えるようになると非常にありがたいんだ」 一般人を護衛しながら戦うのは難しい。それならせめて、一般人が僧侶になれば……クレストは、自分の思い付きはそう悪くない気がしていた。 「そっか……でも俺、マリア神なんて信じてないぜ?」 「これから私が言う事を口に出すと、教会の手の者がやってくるんで秘密だよ。回復魔法を使うのに別に特定の神を信仰する必要はないんだ」 クレストの説明にキョトンとしたままのポタン。 「んー……難しいかな。ポタンは……火とか水とか、自然は好きかい?」 「うん、好きだぞ! 俺達は自然に食わせてもらってるんだからな!」 にっこりとうなづくポタン。クレストもうんうんと頷く。 「そうか、じゃあ自然信奉でいけるね……まずはこのペンダントを首からかけてごらん」 言われるがままにペンダントを首にかけるポタン。次にクレストは自らの右手を差し出す。そこには昼、長牙兎にやられた傷が残っていた。 「次は手を傷口にかざすんだ。さっき火を見ていたみたいに、傷口に意識を集中するんだ。この傷口を塞ぐようにイメージして」 「こ、こうかな……?」 じっと傷口を見つめるポタン。ペンダントから光が溢れ、ポタンのかざした手に集まる。 そして数秒後、クレストの手の甲の傷はすっかり癒えてしまっていた。 「初めてでいきなり成功か……ポタン、君は才能あるよ」 がっくりと両手を地に付け、脱力するポタン。 「あ、ありがと……回復魔法って、す、凄く疲れるんだね」 「ははは、こればっかりは経験だね。ランドトータスに出会うまで、暇を見つけたら勉強していこう」 「うんっ。ああ、集中したらお腹減った……あ」 クレストの言葉に同意しながら焚き火を見るポタン。 兎肉の塩包み焼が焦げてしまっていた。 「「あ゙ーーっ!!!」」 平原に悲鳴が木霊する。 二人の旅、初日はこうして終了した。
|
|