冒険者ギルドからそう遠くないところにある年季の入った建物。それは王都でもB級グルメ通には知られている食堂だった。 昼時の食堂は喧騒の真っ只中だ。そんな中でも食堂の女将は来客を知らせるベルの音を聴き逃さない。 「はい、らっしゃ――なんだいポタン、もうホームシックかい?」 年の頃は四十代だろうか、茶色のカールした巻き髪が特徴的な、非常にふくよかな女将がからかうように来客へ話しかける。 「母ちゃん、あのねぇ……。ちがうよ、この冒険者の兄ちゃんに飯を食わせてやって欲しいんだ。腹ペコなんだってよ」 クレストの腕を担ぎ、頬を膨らませるポタン。その額には汗が玉のように滲んでいた。 「ここ……君の家なのかい? 無料で食べられるっていうけどさ」 焼けたチーズの匂いを両の鼻腔で吸い込んだクレストは、些か元気になったようだ。ポタンの肩を借りるのをやめ、女将を見やる。 「ああ、俺の住んでた家だよ」 ポタンは壁際、空いているテーブル席を見つけるとクレストを促す。そうして自分も席をつくと、丸椅子がポタンの体重に悲鳴を上げるかのように軋む。 「さあ、何でも食べてっておくれよ。この子の依頼を受けてくれたんだろ? 奢りにするさ」 メニューを差し出す女将。クレストは喉と、腹を鳴らした。
「ふぐ、なるほど……『レェンダ』を食べてみたい、むぐ、だけで………あれだけの、金を」 ピザを口いっぱいに詰め込みながら喋るクレスト。 海老と鮭の海鮮ピザは焼きたてのサクッとした生地と海老の柔らかい食感がマッチする一品だ。 「いや、とりあえず食べるのか喋るのかはっきりしてよ」 王都近くにある葡萄の名産地で採れた葡萄ジュースを飲みながら、ポタンはクレストをジト目で見やる。 「……………」 クレストは無言で食べ始めた。海鮮ピザにかけられた甘めのベシャメルソースが水分の補給を誘う。 アールグレイに手を伸ばすクレスト、柑橘系の香りがする。ベルガモットの精油の香りだ。 味わいながら三口ほど口をつけると、次にクレストは鶏肉のパスタへとフォークを伸ばす。 リングイネという種類のパスタが使われていて、このパスタはもちもちっとした食感が特徴のあるパスタだ。 歯で噛むと程よく弾け、丁寧に調理された鶏肉と混ざる。 「しっかしうまそうに食べるねえ、まるでポタンみたいだよ」 女将の言葉にナプキンで口を拭きながら答えるクレスト。 「いや、マナーが悪く失礼しました。その美味につい我を忘れてしまい……」 「なーに、ちょっとくらい礼儀が悪いくらいが、食いモンを美味く食うコツってもんだよ」 豪快に笑って自らの腹を叩く女将。 「俺が礼儀知らずみたいに言うなよなー」 ぶーたれるポタン、既に葡萄ジュースは跡形も無くなっている。 「……さて、話を戻しましょうか。ポタン君、つまり君は『レェンダ』を食べてみたいだけで何万枚も金貨を貯めてたんだね?」 クレストは驚嘆の思いでこの肥満気味の少年を眺めていた。 「おう! 俺は世界中の美味いもんを食べるのが夢なんだ!!」 口の端を吊り上げるポタン。翡翠の目は、どこまでも真っ直ぐだ。 「しかし『レェンダ』をねえ……君は『レェンダ』がどんな食べ物か知っているのかい?」 ポタンと、ついでに女将も首を振る。やはりか、と軽く溜息を吐きながらクレストは続けた。 「『レェンダ』とはここから南、国境近くにあるジャングルに生息するランドトータスの甲羅に生える赤苔さ」 「あ、あかごけ?! う、美味くなさそうだな……」 目を見開き、舌を出すポタン。 「バターと一緒に焼きたてのパンに塗りたくって食べるのが一般的な調理法だ。味と香りは確かに伝説的だけどね」 「伝説の味、か……すっげーな! やっぱり食ってみたいぜ!!」 伝説、と聞いてまたポタンの顔がほころびだす。 「そうか、それなら――」 「でも、よく知ってるなあクレストは。もしかして料理博士か?!」 ぐいっとクレストの顔に自らの顔を近づけるポタン。 クレストは首を後ろへと動かしながら、苦笑いを浮かべる。 「まあ、あの食材は滅多に市場に出回らないからね。ランドトータスは恐るべき大亀だし」 「おおー、そんじゃ、これからそのでっかい亀を退治してくれるわけだな!」 弾けるような笑顔のポタン、対照的にクレストは歯切れが悪そうに頷いた。 「なんだか考えたら緊張してきちゃった。ちょっとトイレ行ってくる!」
席を立つポタンへ、女将が怒鳴る。 「こらポタン! みんな食事中なんだよ、この馬鹿!!」 女将の声に構わず、手洗い場と走り去っていくポタン。女将は腰に手を当て、フッと笑う。 「やれやれ。うちの子がすいませんねえ、クレストさん、でしたっけ?」 「いえいえ、子供はあれぐらい元気な方が頼もしい……それに15歳ならばもう、子供という歳でもないでしょう」 アールグレーを口に含むクレスト。音を立てずに吸う。 「ははは、いつになっても子供は子供さ。ポタンは……私がお腹を痛めて産んだ子じゃないけどね」 一瞬、女将の眉が下がるのをクレストは見逃さなかった。 「養子……ですか? 失礼、体格や仕草が似ていたもので全く気づきませんでした」 「ああ、ポタンは十年前の戦災孤児なんだよ」 女将の言葉、一瞬クレストの脳裏に浮かび上がる光景。剣を持ち、がむしゃらに振るっている過去の自分。ちょうどポタンくらいの年の頃の自分は、人と傷つけ合っていた。 その記憶を振り払うようにクレストは首を振ると、言葉を返す。 「マリアージュが負けた、あの戦いですね」 十年前、マリアージュ王国は東の隣国、ディウティスク王国に攻められた。何ヶ月にも及ぶ激しい戦争の末、マリアージュは敗れたのだった。 「そうさ。ポタンの生まれ故郷は今はディウティスク領土……あの子は帰る場所もなくなって各地を放浪してたんだ。きっとその頃、あんまり美味しい物を食べられなかったからだろうね。次第に美味しい食べ物に惹き付けられるようになっていった……ブクブク太っちゃったワケだね」 笑おうとする女将だが、言葉の端々に感情が滲む。それは同情であり、同時に愛情であった。 「クレストさん、あの子を……ポタンをよろしくお願いします」 涙の混じった声に、顔を上げるクレスト。 女将は深々と頭を下げていた、クレストは慌てふためいて席を立つ。 「い、いけません、そんな簡単に目上の方が頭を下げては……!」 「あの子が、本気になれるのは食べ物の事だけなの……先程の話を伺うに本当に危険な旅になのでしょう。でも、どうか……どうか!」 母親にそこまで言われてしまっては、クレストは頷く事しか出来なかった。
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