翌日、二人はあのジャングルの沼にいた。 ランドタートルは、昨日と同じように我が物顔で沼の縁に寝そべっている。恐らくこの沼はあのランドタートルの縄張りなのだろう。 「昨日は見忘れたけど……あれがレェンダ、だよね」 ポタンは目を凝らす。ランドタートルの背にうっすらとかかる赤いモヤのようなコーティング。それがレェンダといわれる赤苔なのだ。 「ああ、質の良い水源に住むランドタートルの背中でのみ生育する幻の苔、だ」 剣と拳とを包帯で縛りつけながら、答えるクレスト。 「なるべく早く済ますから、クレスト、ちょっと我慢しててね」 「……任せとけ。やってみせるさ」 お互い、前を見据えたままの会話。ポタンは、ぽつりと漏らす。 「そういえばさ……いつからクレスト、敬語じゃなくなったんだっけ」 「………そうだな、依頼主には敬語で話すようにしていたハズなんだが」 ポリポリと、空いた手で自らの頭を掻くクレスト。二人はいつしか、雇い主と雇われの関係を超えた関係になっていた。 「レェンダ手に入れたらさ、クレストにも食べさせてあげるよ」 「そりゃありがたいことだ」 「エマの宿屋でさ、エマと一緒に食べるんだ」 「エマさんね……どんな顔をするかな、レェンダを食べたら」 「まあ、レェンダを手に入れないと始まらないわけど」 「ああ……」 ポタンの言葉が途切れ、クレストが喋りだす。 「ランドタートルと戦う前に、これだけは言っておかなきゃいけないことがあるんだ」 「ん? なに?」 「実は俺、レェンダ持ってるんだ」
「………へ?」 目を丸くするポタンを横目に、クレストは続ける。 「俺は貴族の生まれでな、実家に帰ればレェンダくらい山ほどある……貴族に戻りたくもないし、冒険者として金が 欲しかった俺は君の依頼に飛びついた。はじめは実家にこっそり忍び込んでレェンダを頂いて、君に渡して金貰って終わりにしようと思ってた」 ポタンとクレストの隠れる茂みの向こう、ランドタートルは昼寝を決め込んでいた。 だが、二人は会話を続ける。 「ポタンのお母さんと話をして、旅に出る事になって……懐かしい夢を見た。今はポタン、君と冒険できてよかったと思う」 クレストの言葉を、笑い飛ばすポタン。 「へっ、いまさら僕に感謝されてもね〜。……でも、僕もクレストと冒険できて、楽しかったよ」 鼻を擦り頬を赤らめるポタン。15歳の少年らしい、恥じらいの表情だった。 クレストは無言で、ポタンの頭を乱暴に撫でる。 「ん………なんだよ、もう」 「今なら、まだ間に合うぞ。マリアージュの街に帰れば俺の家からレェンダを分けてもらう事もできる」 真剣な顔で、ポタンの顔を覗き込むクレスト。それは最終確認だったが――― 「じょーだん」 ポタンは即答する。 「自分で苦労して勝ち取ってこそ、グルメハンターの心意気ってやつだよ」 「そうだな……ポタンなら、そう言うと思ってたよ」 クレストは薄く笑い、剣の柄を強く握る。 戦いの時は、始まろうとしていた。 「うん……!」 ポタンも、ナイフを抜き、口に咥える。 彼らの最後の戦いが、幕を開けた。
沼の傍を疾走する二人。クレストの方が早い。 昼の陽気にまどろんでいたランドタートルは、反応が遅れる。 「もらった!」 加速を利用した、クレストの踏み込み突き。ランドタートルの左前足の腱を切断する。 「………!」 スッポンの生き血は間に合ってるよ、とでも言いたげにナイフを口に咥えたポタンが、噴出す鮮血を左手から生み出した魔法の小盾でガードしながらランドタートルの背後に回りこむ。 「二本足の立ち上がりは封じた! ポタン、頼むぞ!!」 速度の鈍るランドタートル。 その背に飛び乗ろうとするポタンだが、ランドタートルの尾が激しく動き、ポタンを打ち据える。 「……ぐっ!」 ポタンの口元からこぼれる鮮血。ナイフで口を切ったからか、それとも尾で体を強く叩かれたからか。 「うおおおおおっっっっ!!!!」 どちらでも良い、クレストはただポタンの時間稼ぎをする、それだけの為に剣を振るう。 大振りで、野性的ですらあるその太刀筋に、ランドタートルはたじろぐ。 そこへ、ついにポタンが背へと飛び乗った。ナイフを口からはずし、薄皮を剥ぎ取るように慣れた手つきで甲羅からレェンダを剥ぎ取っていく。 「グ、グオオオォォォンン!!」 およそ亀には不釣合いな雄たけびを発し、ランドタートルは背中の不快な存在を振り落とそうと抵抗する。 「ポタン、ふんばれっ!」 ポタンは、片手は甲羅の縁につかまり、もう片手でナイフを甲羅に突き立てて振り落とされまいとする。 クレストは両の手で剣を逆持ちにし、跳んだ。 そのまま急降下し、ランドタートルの首を地面に串刺しにしようとする。 反応し、首を甲羅の中に納めるランドタートル。釣られるように、尾と手足も甲羅の中に収納された。 その瞬間、ポタンは素早く、レェンダを剥ぎ取った。 「取った、取ったよ!」 春巻きの皮のように薄っぺらく、蜘蛛の巣状に広がったレェンダを丸めて腰の道具袋に突っ込む。 「早く降りろ! 逃げるぞ!」 歓喜のような叫び。 二人は、レェンダの入手に成功した喜びを感じながら、ジャングルを駆けて行くのだった。
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