春の陽気に包まれた王都マリアージュ。石畳とレンガで立てられた建物が並ぶこの通りに冒険者ギルドはある。 ドタドタと靴音を残しながら通りを走る一人の少年。 肥満児とまではいかないが、身長の割にはふっくらとしている。大きなリュックを背負っていて、無造作に伸ばされた緑色の髪が風になびいていた。 「ハァ、ハァ……」 呼吸を乱れさせながら少年は『冒険者ギルド』と書かれた看板の前で急停止する。一息ついて額の汗を拭い。 そして服の皺を伸ばしながら、冒険者ギルドのドアノブへ手をかけた。 小気味良いベルの音。それを掻き消すくらいの大声で、少年は叫ぶ。 「こんちわーっ! 俺の依頼、受けてくれる人が出たんだってー!!?」
冒険者。そう言えば聞こえは良いが、十年前の戦争以来これといった事件もないマリアージュ王国では概して冒険者とは便利屋の様なものとして認識されている。達成する事で尊敬されるような大きな仕事も発生しないからだ。 そのような状況から、王都の冒険者ギルドといえどもその規模は決して大きくない。 カフェのような丸テーブルが数個、そこに幾人かの冒険者が陣取っている。少年を胡乱(うろん)気に見やる者や、テーブルに突っ伏して爆睡したままの者……反応は様々だ。 「やあポタン。そんなに慌てなくても冒険者は逃げていかんぞ」 カウンターの向こう、髭面の親父が笑いながら少年へ声をかける。 「だって、嬉しくってさあ! おっちゃんは依頼人になったことないから、気持ちがわかんないんだよ!」 ポタンと呼ばれた少年は、トコトコとギルド内部へ足を踏み入れる。 「おっちゃんじゃない、お兄さんと言え……ま、それはともかく、お前さんの依頼を受けるって命知らずはもう到着してるぜ」 親父は顎でひとつのテーブルを示す。その先にはブレストプレートを着たまま爆睡している長身痩躯の男がいた。長い金髪をテーブルに広がらせて寝息を立てている。椅子の背にはブロードソードが立てかけてあった。冒険者ギルドの中とはいえ、不用心といえるだろう。 「おいクレスト、てめえ起きねえか! 依頼人様の御登場だぞ!」 怒鳴る親父。男は目を覚ますと、よろよろと顔だけをカウンターに向けて答えた。 「は、腹が減ったんです……。動くのも辛いんですよ……」 弱々しい、か細い声。ポタンは思わず不安になった。親父を見上げて尋ねる。 「なあ、この人……大丈夫なのか?」 「……腕は保障するぜ。金属鎧を着たまま爆睡出来るくらいの腕だ」 「凄いんだか、凄くないんだか全然わからないよ……ただの無神経じゃないの?」 「文句言うな。お前を護衛しながら『レェンダ』を手に入れるなんて、突拍子もない依頼を受けてくれる冒険者様はこいつくらいなんだからな」 親父の言葉に肩を竦めるポタン。『レェンダ』とはマリアージュ王国に伝わる伝説の食材。噂でしか聞いたことのないレェンダをポタンは、どうしても一度食べてみたかったのだ。 「あー……君がポタン・アンリッヒ・メルノー君、十五歳かい? 名前といい報酬額の高さといい、てっきり貴族の子だと思ってたけど……違うみたいだね」 クレストは寝ながらポタンの姿を嘗め回すように見る。大きなリュックを背負い、翡翠色の瞳をキラキラさせているポタンの服装はお世辞にも格調高くなどない、ただの旅装だった。 「ああ、せめて名前くらいは気高くなって欲しい、ってとーちゃんがつけてくれたんだ。俺は由緒正しい平民だよ!」 鼻をこすりながら茶化すように笑うポタン、そこには出生の気後れなどは一切感じられなかった。 少年は自分の思うように生きている……そんな気がして、クレストは薄く笑う。空腹からか顔色は悪いが、細めの顎と眉、筋の通った鼻と顔の造りも良いクレストの笑顔は人好きのする笑顔だ。 「えーと、クレスト兄ちゃん? でいいのかな。依頼について話したいんだけど……しょーがないからご飯食べながらにしようか?」 困ったように自らの頭を掻くポタン。消え入りそうな声で返すクレスト。 「そうしたいのは山々だけどね、私は路銀がないのだよ、だから―――」 「あー、それは大丈夫。タダで食べられる食堂なんだ」 「なんだって、すぐ行こう!」 瞬時に席を立つクレスト。先程までの弱々しさと打って変わって力強い宣言だ。ブロードソードを腰に佩(は)き、蒼い瞳をはっきりと見開いている。 「わかったけど……途中で元気が切れて倒れたりしないでよ?」 ポタンは半ば呆れながらもクレストを連れて冒険者ギルドを後にする。ベルが鳴り、ドアが閉まった。 静寂の後に残されたのは冒険者達と親父。 「おいおい、止めなくて大丈夫なのか? クレストだって筋は悪くないけどよ、伝説級のお宝を手に入れられるほどの腕はないだろう?」 事態を見守っていた冒険者の一人が親父に尋ねる。冒険者ギルドのマスターとして、親父はその依頼に見合ったレベルの冒険者を派遣しなければならない。依頼を失敗させてばかりいてはただでさえ低いギルドの信用をさらに低めてしまう事になるからだ。 「ああ、クレストだからこそ、大丈夫だと思ったんだが……もしかすると、もしかするかもな」 親父の答えは、非常に曖昧なものだった。
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