「それじゃあね」 「おやすみ。…じゃあ電話切っていいよ」
いつからだったのか覚えていないけど。 あたしは彼氏と電話をする時に、必ずこう言う。 初めは何となくお互い電話が切れなくて、クスクス笑い合いながら、 結局もう一時間話し込んだり、 「いっせーのせで切ろう!」 と言って同時に切る頃もあったけど、数年前から電話は必ず彼が切るように なっていた。
なんでかって? 私からは悲しくなってしまって、絶対にふたりだけの時間を断てないから。
電話を切るという行為は、どちらかがある種一方的な切断の仕方で、 密な繋がりを断ち切る行為だ。 ひどく簡単に。あっけなく。 まるで恋のようだ。
ぷつりと切れてしまった、電話の音を暫く聞きながら、 ほんの少し傷ついた気持ちを覆うように、深々と一度深呼吸をする。 そのため息は細く儚く、真夜中の闇にそっと溶け込んだ。
あたしは知っている。 別れる時はたぶん彼から。
きっと毎日の電話みたいに、ある日プツリと彼がボタンを押すのだろう。 妙に確信めいた、予感。 残念ながらあたしの予感は当たるのだ。
あたしはこうやって、何年もかけながら彼を失った時の、心の準備を しているのかも知れない。
あなたの声は聞きたいけれど。 やっぱりあたしは電話が嫌い。
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