「きらり」  学校でマックと格闘していると、目の前に宮地が立っていた。  それはそれは鬼のような形相であたしを睨みつける。 「なに?」 「ここじゃ言えねーよ。ちょっと顔貸せ」  『顔貸せ』だなんて昔の不良じゃあるまいし。  何だか宮地がいつもと違う男の人に見えて、あたしは足が竦んだ。 「やだ。ここで言ってよ」  あたしの言葉に奴は思い切りあたしの腕を掴むと、ずんずんと人陰のない廊下の端の方へあたしを連れてき、乱暴に壁に突き飛ばしす。 「人前で言えってか? おまえがヤリマンだって?」  意地悪く宮地の顔が歪む。  あたしは3年間宮地と遊んできたけれど、彼のこんな顔を見るのは始めてだった。 「この前、矢野と寝たんだろ? おまえがすぐヤらせてくれるって、ふいてたぞ」  矢野? 思い切りきょとんとした顔をすると、宮地は殺しそうなほど強い眼力であたしをさらに睨みつける。 「まさか。本当に誰だかわからないほど、色んな男と寝まくってんのかよ」  それは違う。  でも例えそうだとしても、あたしが誰と寝ようと勝手だろう。  事実『隆』と『たかし』がいなくなった今、あたしはそれでも良いような気がしているのだから。  何だか返事をする事すらひどく億劫になって、あたしは目を逸らした。  それが彼を激高させたのか、宮地はあたしの頬を力いっぱい叩く。 「汚らわしい女。オマエ何やってんだよ」  火がついたように頬がジンジンと熱を持つ。  あたしは痛みのあまり涙で視界がぼやけ始めた。  宮地があたしを心配してくれているのはわかる。宮地が言っている事が正しいって事も。  でも正論が必ずしも良いわけじゃない。  今のあたしがまさにそれだ。 「何か言えよ」  なぜか宮地の方まで泣きそうな声で、あたしを罵った。  ああ。あたしは気づいてしまった。  今の宮地はあたしを女として見ている。  今までのあたし達は、性別も関係ない男友達のようだった。  二人きりで宮地の家のトイレで吐くくらいお酒を飲んだり、お互いの恋愛相談や将来の話をしたりしていた仲だ。  それこそお互いの恋人やどんなセックスをしてきたかも全部知っていたし、あたしはアイツの誕生日に、飯島愛ちゃんの裏ビデオをあげて、ふたりで思い切り爆笑しながら鑑賞したりもしたのに。 「宮地」  あたしは宮地を見上げながら、呼びかける。 「宮地」  あたしは、多分その後に何を言えばいいのかわかっている。  どうすれば宮地から心底嫌われて、どう言えば宮地を傷つけずにすむのかを。 「何だよ」  怒ったような声音で隆は言った。  でも今のあたしは、どちらの台詞を言えばいいのかわからなくて、名前だけ呼ぶと暫く口をつぐんでから、言葉を続ける。 「宮地。あたしお腹が空いた」  あたしの言葉にはっとしたように、宮地はあたしを見る。  狡いあたしは宮地にその言葉の意味を選択する権利を押しつけたのだ。 「きらり」  宮地は思いきり強くあたしを抱きしめる。その肩は微かに震えていて、あたしはくたびれたぞうきんのように、宮地に体を預けた。  宮地はあたしをどこへ連れていくのだろうか。安いレストランか、それとも小ぎれいに整理された東高円寺の1Kの彼のマンションか。  あたしの体温が、宮地の体温と絡まってどんどん上昇している。  あたしの髪や頬を触る時の愛撫が、ぞっとするほど優しくて、あたしは怖くなってしまった。 「宮地。離して」  あたしは何をしたいんだろう。  宮地は何をしたいんだろう。  傷つけられたいのか。傷つきたいのか。  癒したいのか。放り出したいのか。  たぶん全部なんだと思う。  あたしは人よりも大きな性欲を抱えながらも、癒されたいけど、忘れたくないのだ。  頭の中で、低く唸るたかしの声が聞こえたような気がした。 「俺がオマエのバイブになる」 「え?」 「オマエがやりたくて我慢できないなら、俺とだけしてればいいだろ」 「なにそれ? 全然意味わからないよ」  あたしは涙でぐしゃぐしゃになったなとびきりブスな顔で笑った。 「だから頼むから無茶な事はするな」 「あんたあたしじゃたないよ」 「そしたらオマエがお腹がいっぱいになるまで、いやらしい事してやるよ」 「ばかじゃないの?」 「ばかだよ。こんなの恋愛とかとは違うかも知れないけど。とにかく俺はオマエが大事だし、好きじゃない男とはやっぱりして欲しくないと思うから」  宮地とあたし。  もしかしてまわりが聞いたらひどく納得するような組み合わせなのかも知れないけど、あたし達にとってはかなり晴天の霹靂って感じで。  何だか温かい気持ちになったけど、やっぱり恋とは違うから。  お互いそれを知っていて、それでも体を重ねるのか。 「あー。もう何が何だかわからねぇ」 「まったくだ」  そう言って、あたしは宮地の顔をまじまじと見た。  宮地のペニスだって飲み会の時に見たことあるけど、それがあたしの中に入ってくるようになるなんて思わなかった。 「じゃああたしの中一度、宮地を入れてみて。あたしと宮地がどんな風に科学変化を起こすのか実験してみますか」  別に今は恋とは違うのかも知れないけど、いつか恋になるかも知れない。  それにこれからベットを共にしてもクスクスと笑いが止まらなくなって結局しないかも知れないし。
   ねぇ。宮地。  あんたは全然気づいてないけど、あたしにとってバイブってとっても大切なんだよ。  だってそれは大切な人の欠片だから。  いつかアンタが、私にとって大事なバイブになる時がきたら、その時はコッソリ教えてあげようと思う。  あたしとバイブの関係を。 
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