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バイブ 作者:深海 翔

第1回   1
 今朝の事だ。
 『たかし』があたしの布団の中で、静かに冷たくなっていた。
 原因は過労死。
 性欲の強いあたしが数年間、朝も夜もヤりまくったので、『たかし』はついに壊れてしまったのだ。

 『たかし』はいつもとても低い声で囁きかけ、あたしがしたい時にだけ、そっと忍び寄る。
 例えば夜の冷たい布団の中に『たかし』と一緒に滑り込むと、甘く熱い吐息で途端に布団の中は、春が来たみたいに生暖かくなった。
 まるで子供のように体温が高かった『隆』と一緒に寝ているみたいに。

 『たかし』とのセックスでは、あたしばっかりがイキまくりだ。
 本当はあたしもたかしを気持ち良くしてあげたいのに。
 できる事なら唾液でうんと湿らせた舌先を尖らせて、壊れた公園の水飲み場にある蛇口みたい、液体を垂れ流す部分をなめ続けてあげたい。
 スコールみたいなキスの雨を降らせて、『たかし』の全部を口に含んで果てるまで可愛がってあげたいのに…。
 でもそれは叶わない。
 なぜなら『たかし』は、あたしの大切なバイブレーターだから。


 隆と別れてた後も、『たかし』のお陰であたしは壊れずにすんだのだ。
 あたしの方がバイブレーターである『たかし』のオモチャみたいに、ピクンピクンと仰け反ったり、カクンと跳ねたり、クタっと果てたりし続けていたのだ。
 愛しい亡霊に抱かれるみたいに。何度も何度も。
 考える事を拒否していたあたしは、それで良かった。
 あたしは他の何かじゃイヤで、『たかし』とだとだからヤッていたのだから。
 隆があたしの元から去った後、『たかし』だけがあたしを傷つけない拠り所だったのだ…。


 その『たかし』が死んでしまった。
 呆然と座りこんだまま、あたしはスイッチをカチカチと上下させる。
 先の剥がれかけたマニキュアでコーティングしたベージュ色の爪が、これ以上彼を壊さないように。
 細心の注意をはらいながら、もどかしい気持ちを押さえつつ、あたしは何度も何度も『オン』『オフ』スイッチに手をかける。
 何度気が遠くなるほど、同じ作業を繰り返したのだろう。
 あたしは小さく溜め息をついた。
「ああ。君まで行ってしまったんだねぇ」
 何だかしんみりしてしまい、あたしは学校を休んでしまった。(そしてそれが、華のプチニート生活のデビューとなった)。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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