MORASH1 繁華街から来た男 [追跡変人 ヴィコー星人 登場]
ある夜、某有名企業に勤めるエリートOL、A子(仮名)は暗い路地裏を歩いていた。この通りにはろくに街灯もなく、若い女性が一人で歩くには危険な区域である。しかしなぜ彼女がこんなところを歩かなければならないのかというと、彼女の自宅マンションがこの近くにあるから。ただそれだけの理由である。 A子は、怪しい人物が自分のあとをつけているのに気づいていた。それも三十分も前からである。黒い覆面をかぶり、マスクをし、いかにも無気味な風貌だ。電柱、立て看板、車の影などに隠れながら、悟られないようにしているつもりだろうが、A子にはバレバレだった。しかし彼女はどうすることもできない。自宅マンションに着くまであと十分くらいかかる。マンションが駅から離れすぎているのはかなりの欠点である。どうせならタクシーに乗って帰ればよかったと今さらながら後悔した。 怪しい男はしだいに歩を速めていった。A子もそれに合わせて早足で逃げる。しかしA子はハイヒールを履いているので歩きにくい。二人の距離はどんどん縮まっていった。もう三メートルと離れていない。ついにA子は悲鳴をあげた。 「キャ―――――!! ストーカーよ! 助けて――――!!」
ここは長野県の山林。人里離れた辺鄙な土地。そんな不便な立地条件にもかかわらず、その建物は存在している。世界中に暗躍する変質者を除去するべく設立された国際的機密組織・変質者排除隊PETの秘密基地である。ただし、基地といっても、予算の都合のためトタンで作られたバラック小屋に他ならない。 基地の中では、通信業務担当の鈴木花子隊員が安っぽそうなパラボラアンテナを手動で回していた。設立当初は自動だったのだが、赤字で電気の供給が止められてしまったので、仕方なく手で回すしかないのである。すると、南東の方角から女性の悲鳴らしきものを受信できた。 「源隊長! 東京D地区で事件発生です!!」 花子隊員は、電波を受信すると、すぐに傍の源海蔵(げん・かいぞう)隊長に知らせた。――が、源隊長は酒を喰らって床の上で寝ていた。 「隊長、何してるんですか!! 事件です、起きてください!!」 源隊長は眠たそうに目をこすりながら、やっとのことで動き出した。 「…ふわ〜ぁ…何だね、花子クン。もう夜中の十二時だぞ。キミも寝たらどうだい。どうせ事件なんて起こりゃしないんだ」 「だからぁ、その『事件』が起こったんですってば!」 花子隊員は源隊長の耳もとでわめいた。 彼はしばらくその言葉を飲みこめずにいたが、 「何ィ――――――――ッ!?」 と飛び起きた。 「どうやら女性が怪しい男に追いかけられている模様です」 「な、なんてこったい」 というわけで、PET隊員一同は作戦室に召集がかけられることになった。 「山田、田中! 事件だ、即集まれ!!」 源隊長が、各部屋の隊員たち(といっても二人だけだが)の携帯通信機器に指令を送る。しかし彼らは酒を喰らって寝ていたのでなかなかやってこなかった。全員が集まったのは、それから三十分ほど経ってからだった。 「遅――――――――い!! 貴様ら、最近たるんどるぞ!!」 山田太郎、田中二郎の二隊員は、作戦室へ足を踏み入れるなり隊長のどなり声を浴びせられた。「やる気あんのか、山田&田中―――――――!!」 「ひぃ〜〜〜、すんません!!」 二人は小さくなって震え上がった。 隊長はバットを振り回した。 「罰としてケツバット一五七発じゃい! テメーら、壁のほう向いてケツ出せ――――――――!!」 「隊長! それどころじゃありません!! 早く出動しないと!!」 「そうだった。そうだった」 花子隊員に言われて隊長は正気に返った。二隊員はケツバットが中止になったので安堵の表情を浮かべた。 「山田、田中の両名はメリコンドル1号で、花子、私はネコンダー1号で現場に向かう!!」 事件の概要も作戦内容も全く指示しない。ただ出撃しろと言うだけだ。なんといいかげんな集団だろう。 「それでは、出撃!!」 「イエッサー!!」 隊員たちは戦闘機発射場へ急いだ。機を発動させるためにはまず、格納庫のシャッターを開かなければならない。これも元は自動だったが、電力ストップの関係で手動に変更になった。 苦労して重いシャッターを開いたのち、山田隊員と田中隊員は「メリコンドル1号」に乗りこんだ。これは名の通りコンドル型戦闘機だ。空をマッハ七の高速で飛行するのが特徴だ。 「田中ぁ、いったい何の事件が起こったんだろうな?」 と助手席(なんてのがあるのか知らんが)に座った山田が尋ねた。 「分からん。まったく隊長はいつもこうなんだ。行き当たりばったりで命令を出しやがって…出動する俺たちの身にもなってみろってんだ」 田中は操縦レバーに手をかけながら怒っている。 「でも今日は隊長も現場に行くみたいだけど?」 「それほど危険な奴…なわけないよな」 そこへ源隊長から叱責が飛んだ。通信は全て前方に取りつけられた機器から流れてくるようになっている。 『メリコンドル1号! ぐずぐずやっとらんで、とっとと出撃せんか!!』 「了解、了解!」 田中はレバーをグイッと前に倒した。エンヂンが動きだし、その瞬間、機体は宙を飛んでいた。戦闘機がボロくなっていなかったのは幸いだった。ボロかったらそのまま森に突っこんでしまうところだ。 「さて、我々も出発だ」 と源隊長は言った。 花子隊員と源隊長は車に乗りこんでいた。車といっても普通の車ではない。わざわざ動物のネコに似せて作った、その名も「ネコンダー1号」という特別専用車である。時速三七〇キロという、車にしてはかなりのスピードが出るスーパーヒドロヂェンエンヂンを搭載している。 「花子クン、運転はキミに任せる」 「分かりました」 花子隊員は意気込んでアクセルを踏んだ。しかしその瞬間、ネコンダーは前方の木に衝突した。この基地の周りは森に囲まれているとはいえ、よほどのことがない限りこんなヘマをやれるもんじゃない。花子は極度の運転オンチなのだ。 「大変です、隊長! ヘッドライトが壊れました!! これじゃ山道を走れません!!」 「何やってんだ、バカ――――――――――!!」 彼らはしばらく出動できないでいた。
ネコンダー1号が基地の近くで悪戦苦闘しているうちに、メリコンドル1号は東京D地区上空に到着した。機内から街を見渡してみても、人っ子一人見当たらない。D地区はそんな寂しい地域だ。 「何も怪しい奴はいないよなぁ…」 山田隊員がつぶやいた。「歩いているのは野良イヌぐらいなもんだ」 「よく探してみろ。変質者はイヌに化けているのかもしれん」 と田中の言った冗談を真に受けて、山田は怪しいイヌを探し続けた。 すると… 「ん?」 イヌではなく、人間の女性を発見した。服装などから考察して、仕事帰りだと推測される。そしてその女性にじりじりと怪しい男が迫っている。黒マントを頭からかぶり、顔や体格などもよく分からないが、とにかく男には見えた。 「それらしい奴を見つけたぞ、田中」 「きっとそいつが変質者だ」 「じゃあ着陸せよ!!」 「ラジャー! …って何でおまえが命令するんだよ!! 山田のくせに」 「いいだろ、別に!」 メリコンドル1号は近くの公園に着陸した。ただし敷地があまりにも狭いため、遊具が全てぺちゃんこになってしまった。まあそんなことどうだっていいだろう。PETは変質者を排除するために存在するのであって、子供たちの遊び場を守る組織ではないのだ。 「グヒヒヒヒヒィ〜〜〜〜! 待て待て待て待て〜〜〜!!」 マントの男は気色悪い声を出して女性を追い回す。女性はキャーキャー言いながら逃げる。 メリコンドルから降りた山田、田中の両隊員は悲鳴を耳にした。 「あっちの方角だ! 急げ!!」 二人は路地裏へと走った。 変質者はすぐに見つかった。袋小路まで女性を追いつめ、今にも飛びかからんとする黒マントの男がいた。 「待て――――――!! 貴様、何やってる!!」 山田と田中は携帯銃・PETガンを男の背に向けた。男は慌てることなく山田らのほうに身を振り返る。 「ヒッヒッヒッヒィ〜〜〜」 二人は見た。そのマントに隠れた男の素顔を。どう見ても地球人とは思えない恐ろしい顔をしていた。目や口が斜め上につりあがり、鼻が直覚に曲がり、耳はとんがっていた。 「…な、何だこいつは!?」 山田は思わず後ずさった。 田中は果敢にも相手をにらみつけて尋ねた。もちろん銃口を向けたままだ。 「貴様、何者だ!!」 「ヒッヒッヒィ〜〜〜、聞きたいかァ!?」 「ああ、聞かせてもらおう」 「俺様はこの星の人間ではなァい!! 地球からおよそ九兆光年離れた『ヴィコー』という惑星からやってきた、正真正銘の宇宙人なのだァ!!」 神経を逆なでするような不快な声で、男は説明してみせた。山田と田中は声が出せないでいた。この変質者が宇宙人? とうてい信じられるはずがない。 男は続けた。 「我々ヴィコー星人は、この宇宙の全女性をストーキングすることに命を賭けているのだァ! 貴様ら男に用はなァ〜〜〜い!!」 と、いきなり男はマントの中からバズーカを取り出し、発砲した。 ドガ――――――――――――――ン!! 不意をつかれた山田と田中は三百メートルもぶっ飛んだ。 「ぐわあぁっ!!」 「くそ、不意打ちとは卑怯な!!」 死ななかったのは奇跡に近い。それほど強力な爆発だった。二人が体を起こしたとき、星人の姿は消えていた。あとに残っていたのは、星人に襲われそうになっていた女性だけであった。田中が女性のもとへ駆け寄ると、女性は仰向けに倒れて気絶していた。 「俺はこの人を病院に運ぶ。おまえは隊長に連絡したうえ、マント男を追ってくれ」 「そ、そんな殺生な――――――――!!」 山田は泣き出しそうな顔になった。「あんな奴に勝てるワケないだろ !!」 「いいからやれ! 俺は死にたくない!!」 田中は女性をおぶうと、街のほうへ走っていってしまった。 「田中のオニ―――――――ッ!!」 叫んでみたところでしょうがない。山田は左腕につけたPETシーバーで隊長と連絡をとった。 「隊長、こちら山田です」 『源だ。どうした?』 シーバーから聞こえる源隊長の声は、やけに疲れているようだった。 「先ほど変質者を発見しましたが、いきなり攻撃されまして…」 『で、ちゃんと捕獲したんだろうな』 「いえ…それが…逃げられちゃいまして…ハイ」 『何やっとんじゃいボケナス!!』 「す、すいませぇん!!」 『まぁよい。我々もこれからそちらへ向かう。それまで辛抱しとけや』 「これからって…隊長、まだ出発してなかったんですか!?」 『いや、ちょっとエンヂンがトラブってたもんでなぁ。修理するのにだいぶ手間どった』 山田はあきれた。
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