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高原の朝 作者:三原拓也

最終回   トイレの花子さんって、どうしてもっと上品な場所に現れないのかなぁ? スカト○マニアか?
 和式便器か、洋式便器か。人々は古来より、どちらの便器を使用するかで熾烈な争いを展開してきた。そしてここにも大戦争勃発の兆しが見え始めていた――。

 和式派は主張する。
「洋式など駄目だ。便座には不特定多数の人が座るから、不衛生極まりないではないか。コレラ菌感染者が座るかもしれない。病原性大腸菌O-157感染者が座るかもしれない。切痔の人、疣痔の人、水虫の人、便秘の人、下痢の人、アル中、ヤク中、同性愛者が座るかもしれない。そんな人たちが使ったあと、君は便座に肌を密着させる勇気があるか? あるまい。誰もが自分の身を大切にするからな。それに対して和式は、あの不潔な便座に触れることなく用を足すことができる。それに、しゃがむことによって、普段なまっている足腰を鍛えることもできる。これは一石二鳥ではないか? 排便という爽快な行為をしながら筋肉の増強を図れる。何とも21世紀的な生き方ではないか」
 その発言に対し、洋式派は怒る。
「バカなことを言うな。和式は、幼児やお年寄りなど、身体機能が活発でない人たちにとって非常に使いにくい便器なんだ。しゃがむことで体力を使うし、足を滑らせて落ちてしまう危険性があるからな。それに対して洋式は、ただ座るだけの労力で事を為すことができる。これこそ21世紀的、省エネ的考え方ではないか?」
 和式派は反論する。
「省エネ的? 君は労力を削減することが本当に正義だと思っているのか? そんな軟弱なことだから我が国は朽ち果ててしまうんだ。21世紀のこの世であるからこそ、筋力を浪費する和式を使用すべきなんだ。それに、和式には『金隠し』という素晴らしいものが付いている。もしうっかり個室の鍵をかけ忘れていて、他人が戸を開けてしまったときでも、大切な部位を見られるという恥辱を受けなくて済むという画期的な装置だ。プライヴァシーの権利は十分に守られている」
 洋式派も負けてはいない。
「金隠しは必ずしも個室の戸に向かって設置されているわけではあるまい。むしろ横向きに並んでいるタイプが現在主流となっている。従って恥部を隠すという効果は期待できず、ただのデザインにしかすぎない事物となっているのだ。それに対して洋式には、ウォシュレットという素晴らしいものが付属している。尻の穴へ向かって勢いよく水を噴射し、穢れた肉体を清める。紙をもってゴシゴシとこする原始的なやり方と違って、はるかに風流な趣を感じるではないか。それに、痔の防止にもなるという研究結果が出ている」
 和式派はせせら笑う。
「フッ…金隠しはただのデザインではない。尿を飛び散らせないという重大な任務を帯びているのだよ。まあ確かに恥部を隠すという効果は期待しにくいことは認めよう。しかしそれ以上の働きがあるということを知ってもらいたいね。ところで、君の言うウォシュレットだが、それこそ全ての洋式便器に付属しているわけではあるまい。この指摘に対して君はどう答える?」
 洋式派は言葉に詰まる。
「…そんなことはどうでもいい。洋式は冬でも便座を温めて快適に排泄を行うことができる。和式にそのような熱学的技術は導入されていまい」
「急に話題を変えるな。そっちがその気ならこちらも行くぞ。和式は便器内の水量が少ないため、水の跳ね返りが少ないんだ。どうだ、参ったか」
「何をーっ! 洋式は和式に比べて、水面から尻までの距離が長いんだ(作者が1週間かけて様々な場所で実測)。よって水の飛沫が尻まで到達しにくいんだぞ」
「ほざくな! 和式は洋式より歴史が長いんだ。若蔵は引っ込んでろ」
「うるせぇ! 洋式はフタを閉めて臭気をおさえることができるぞ。こんな荒業が貴様にできるか」
「何だと! 和式は洋式より作るときの材料が少なくて済む。非常に経済的だ」
「おのれっ! 洋式は水の流れが豪快だ。ややトルネードスピンがかかってるぞ」
「うがーっ! 和式は便器の大半が地に埋まっている。安定性が抜群で、地震のときにも倒れない」
「バッキャロー! 国際化社会を築くためには西洋の文化、つまり洋式が必要不可欠なんだ」
「黙れ! 和式には『トイレの花子さん』が居住しているんだ。たぶん」
「がおーっ! 洋式は排便中に『考える人』ができる。ロダンさんもびっくり仰天だ」
 和式派と洋式派は、その後も論争を続けた。

 やがて、二人のもとへ怪しげな老人がやってきた。白ヒゲをふんだんに蓄え、杖をついた、まるで仙人のような男だ。
「おまえたち、いったい何をしておるのじゃ」
 和式派、洋式派は口々に答える。
「和式の素晴らしさを説いているのです」
「洋式の素晴らしさを訴えているのです」
 すると老人は黙った。
 やがて、静かに口を開く。
「愚かなことじゃ。この世にはもっと素晴らしい便器があるというのに…」
「何だそれは!」
「じいさん、教えてくれ!」
 二人は老人につかみかかった。
 老人はニヤリと笑うと、無言のまま彼らを引き連れていった。
 着いたところは、広い広い高原だった。澄み渡る空、吹き渡る心地よい風。地に降り注ぐ暖かい日差し…。
「ここじゃ。ここが便器なんじゃ」
 二人は目の覚める思いだった。
 そうだ。人間は元来、山野至るところで排泄したのだ。自分たちは興奮のあまり、そんな基本的根源的事実を忘れていた。
 二人はうなずき合い、共に排便した。和式派、洋式派の壁を越えて…。
 陽の光に照らされた、2つの茶褐色の物体。それらはギンギラギンにさりげなく輝き続けた。かぐわしい芳香を放ちながら…。

 幸せな息吹が、高原の朝を優しく包みこんでいた――。

                      (寒)

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Novel Editor by BS CGI Rental
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