ここは私立常盤学園高校。 日本屈指の進学校であり、同時にけっこう大きい学校としても知られている。
私、坂本泉はここの一年生だ。
それにしてもこの学園は偏差値が高いと言われているが、私はこれでも優等生。 あっさりと合格して、難なく入学してしまった。 中には、まぁ、運が良いってだけで入学できた人もいるにはいる。
しかし、 そんな運が良い奴も、ずっとその運が続いているって訳ではない。 殆どが入学は一応できたものの、その後は回りに全く付いていけず、けっこう入学当初から脱落者というものが増えたりしている。 仕方の無い事だと思うが、運動部とかがその集団の一つ。
だから私は、運はいつか尽きる。 そう思っていた。
「おはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、泉ちゃん!!!」
こいつと出会わなかったら……
この女、笹原麻耶は突如後ろから抱きつくと、私とともに地獄車の如く回りだす。其のうち電柱にぶつかって止まるのだが、何故か私だけが電柱にぶつかった。 しかしこれが、まったく痛くない。
「泉ちゃん、だいじょび?」 にっこり笑顔でそう聞いてくる。 しかし私は朝から怒鳴りたくはない。
取りあえずコヤツの胸倉を掴んでコヤツと同じくらいの笑顔を見せる。 「誰の責だと思ってらっしゃるのかしら、麻耶さん?」 にっこり笑顔で、上品な口調、しかし声はいつもより低く。 これが私の怒り心頭の合図だとは、さすがにこいつも知っている。
「うわわわ、ごめん!ごめんなさい!!」 すぐに退いて謝ってくれる私の親友、麻耶。
といっても、私なんかと親友だと言ってくれるのは彼女だけだ。 私は皆から憧れみたいなのを抱かれているらしく、周りは皆一歩引いてしまっている。これでは話し掛け辛い。 入学当初急に「今日から私の親友」と言ってきたこいつも、今考えると私にとってはかけがえのない物になってきているのだろうか。 取りあえず、こいつの事は好きだ。
天然ポヤポヤで、しょっちゅうトラブルを運んでこない必りは。
「あんた、今度やったら滅ぼすわよ」 「うわぁ、泉ちゃんが恐い事言ってるよ……」 怒っているというのに、こいつは震えるどころか、楽しそうだ。 これは、私が嫌な奴すぎるのか。それともこいつが馬鹿すぎるのか。 「えっと、今日も幸せな一日が続きますように……」 麻耶はお祈りを日課、というより趣味にしている。 すると、またも口煩い人達がやってくる。
ドドドドドドドドドド……
「あぶない!!」 「うひゃ!?」 急に抱きつかれて私は地面に転がる。そして頭を打った。 痛みで泣きそうになっていると、 「大丈夫?」 私の頬を触る麻耶……ってちょっと近くない? って、うわ!何馬乗りになってんのよ!! 「ちょっと、誤解されるでしょ、離せ!」 「うわ、ごめん」 すぐに飛び退く麻耶。だが周囲はそれよりも、私達の横を通り過ぎた何かを見ている。 すると、煙が消え、一人の少女と変な機械が現れた。 ここはファンタジーか!!?
「オホホホ、私の最高傑作「幹太21号」、あの女をやっておしまい!!」
あの女、それは麻耶だ。 この女は麻耶にしょっちゅうケンカを売る、困ったさんだ。 だが侮るなかれ。なんと彼女、相沢薫を人は、「天才科学者」と書いて「マッドサイエンティスト」と呼んでいるのだ。 あいつの作った発明の責で、入学して三ヶ月、暇な日がない。 「お行きなさい、幹太21号!!」 取りあえず21号、というのは、これまでもあったのだ。どれも麻耶や私との戦闘中に壊れたのだが。 いいや、失敬。麻耶や私は戦闘などしていなかった。
ギギギギ……
「あら?どういう事??幹太の様子が……」
やっぱり……
例によってあやつは故障しました。
いくら工作部であっても、いつも発明しては失敗するのはどうにかしてほしい。 まぁ、あいつの家は財閥だから大丈夫だろう。うん。 それよりあの幹太だ。 「麻耶、あんたあの幹太壊せ」 私が命令すると、 「無理です、隊長!」 すっぱり断ったので、私は彼女の胸倉を掴む事にする。 いつものお怒りよスマイルで。 「あたしにやれって言いたいわけ?」 「え〜ん。やりますよぉぉ」 涙ながらに、それでも私の命令に従い、あのロボットの所へ行く麻耶。 中々良い子である。現在私の良き下僕と化している麻耶。
普通の人間に手が出せない以上、麻耶でも駄目な時は一緒に逃げるしかない。 だが、麻耶なら絶対どうにかできる。というかどうにかしてしまう。
そうでなければあの相沢グループ令嬢が、わざわざこんな天然記念物の為に、日夜寝る間も惜しんで発明などしよう筈がない。
「くっ、取りあえず覚えてらっしゃい!!」 「あ、逃げるな!!」 取りあえず私は自慢の足であの馬鹿お嬢様を捕まえる。 「あんたは後で生徒会行きね」 「殺生な!!」 悲痛の叫び。 だが私の辞書には「容赦」という単語など載っていない。 そんな事をしている間に、幹太の体を触っている麻耶。 何故か幹太も、麻耶にだけは攻撃をしてこない。
「泉ちゃん!!ここにボタンが六つあるよ」 「おほほほ、それは一つが幹太の機能を停止させるスイッチ。そしてあと五つはどれも自爆スイッチですわ」 「あんた学校を破壊したいのか!!!」 天然お嬢様を振り回して私は問い詰める。 「言いなさい!爆発停止ボタンはどれ!!!???」 すると冷や汗を垂らして明後日の方向を向く薫。 こんな顔をする時に良い事など起こったためしがない。 「さぁ。何しろ発明に夢中で、どれが本物の機能停止ボタンか忘れてしまいまして」 「ぐっ」
しかし、 ここで私は麻耶に向かって大声で叫んだ。
「麻耶、どれでもいいから、好きなボタンを押しなさい!!!」
他の人が聞いたら、私は多分何かで叩かれるであろう。 だが私がそんな無茶苦茶な事を言うには訳がある。 「うん。わかった」 にっこりと彼女は答える。 実際、他五つが自爆装置になるというのに、好きなボタンを適当に押して、尚且つ残り一つの機能停止ボタンを押すなど、一回でできるわけが無い。 そんな事は、よほどの運の持ち主でない必りは無理である。
しかし、私の友達である麻耶には、絶対間違わずに機能停止ボタンを押せる。
「えい」 ポチッ…… 麻耶は、何も考えず、ただ一つボタンを押した。
すると、幹太の動きが止まる。そして頭部から大量の湯気を出したかと思うと、その場で倒れ、それから動かなくなった。
「あぁぁぁぁ、私の幹太21号がぁぁぁぁ、オノレ笹原麻耶!!」
ハンカチを口に加えて悔しそうにする薫。 「きぃぃぃぃぃ、たった一つの機能停止ボタンを押せるなんて、どんな幸運よ……」
そう。
彼女、笹原麻耶は、超が付くほどの幸運女なのだ。
人生ラッキーだけで勝ち進んできた、世界一運の良い女。 だから普段で失敗など滅多にしない薫が、麻耶を陥れる為の発明だけが何故か失敗するのも、一緒にいる私が被害を受けないのも、全部彼女のお陰。 そして彼女の凄い所をもう一つ。 彼女の運は凄く、隣にいる私にも影響する。 たとえば、彼女と一緒に駄菓子屋に行き、アイスを買うと、彼女がもっと食べたいと思った時だけ「あたり」が付いてくる。 実は私と麻耶のクラスにも影響していて、それはおいおい話すとしよう。 本当、こいつと親友やっていて良かったよ。マジで…… 「さすがあたしの部下だ」 「終わったよ、泉ちゃん」 にこやかスマイルで追いかけてくる麻耶。 その姿を見て、何故か本気で抱きしめたくなるのは私だけだろうか。 男の目が無ければ、即座に襲い掛かっているだろう。 「くっ、覚えてらっしゃい!!!」 「うん。また遊ぼうね」 手を振って消え行くライバルを見送る麻耶。
分かっていると思うがこれで素なのだ。これが麻耶なのだ。
どこをどう見たらさっきのが「遊んでいる」風に思えるのだろう。明らかに麻耶に敵意を向けていると思うのはもはや私だけではない筈。
すると、
「お、坂本に笹原じゃねえか。ご苦労さん」 「あ、金城君に岸辺君」 「え?岸辺君!!?」 つい後ろを振り返ってしまう私。 そして私の王子様、岸辺隆一君を目の辺りにした瞬間、私の頬は急激に温度を増し、頭はすでに沸騰寸前でお湯が沸ける。 「おい、坂本の奴、大丈夫か!!?」 「う〜ん、多分大丈夫だと……」 金城と麻耶は遠くから私と岸辺君を見ていて助けようともしない。 彼の前では無口でクールな女なんだから、何も言えるわけないでしょうが!! 「おい坂本、本当に大丈夫か?」 「え?え、ええ。だい、じょうぶ……」 良く見ると、岸辺君の顔も赤くなっている。
そうだ。 三日前、彼とは交際を始めている。 といっても、まだ名前すら呼べていないのだが。 そりゃそうだ。告白のキッカケだって、あの麻耶が偶然金城と交際なんて始めて、それから私と岸辺君だけ取り残される形で会うようになったんだから。 しかも二人きり。お互い前々から想っていたらしい。
なんて不覚……私とした事が……
「おい、早くしないと授業……」 「え?う、うん。分かった」 取りあえずクールな私を装って彼と一緒に登校する。 朝の光が眩しく、これから起こる事がとても良い事であると告げている。 そんな感じ……
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……
しなかった。 「うわぁ、学校が壊れちゃったよぉぉぉ」 間抜けな声を出して崩れる校舎を見る麻耶とその他生徒達。 見ると私達の学校が完全に大破してしまっていた。 学園長様……ご愁傷様です。今回は諦めてください。
見ると、先程見事麻耶に完敗した筈の相沢薫嬢が、巨大ロボットに乗って笹原麻耶を見下ろしているのだから。 あ〜あ、あれもまた壊れるんだろうな。 でもあれだけやって、誰も死傷者が出ないんだから、そこらへんはギャクキャラの特権というか、常識なのよね……頭痛いわ。 それに学校の建て直しも、相沢グループが総力を持ってやれば三日かそこらで完全に元通りになるどころか、いくつか改良された形で戻ってくるだろう。 さすがはブルジョワ。
「オホホホ!さぁ宿敵笹原麻耶!!私と勝負ですわよ!!」 だからこそプライドが高く、負けは許さない、か。 しかしこんな天然ポヤポヤ女如きに、ここまでやるか薫…… 「うん。いいよ」 「おいおい。ったく、しゃーねえな」 金城も彼女である麻耶の性格を知っているのか、やれやれと溜息を漏らしつつも、内心面白そうだなって顔してやがりますし。
今日もまた、波乱の日常だ。
ってか、あんなの何時の間に作ってたんだ薫!! 恐るべきは相沢グループの財力か……
「これじゃあ学校も休みだな」 「うん。どうしようか」 取り残された私と岸部君。 すると、突然岸部君が笑顔になる。 「じゃあ、笹原は金城に任せて、どこか行くか?」 そして私の手を掴むと、そのまま学校とは反対方向へ駆け抜けていく。 「え?ちょっと、岸辺君??」 「どうした?」 いや、そんな邪気の無い笑顔で見られると、 顔が赤くなるんですけど…… あちゃぁ、私駄目だ。 「ううん。行こう!」 笑顔で答える私。 今日、私多分仮面剥がされるかも。 でもま、今日は麻耶から運を少し貰った気がする。 多分、大丈夫だろう。上手くいくと思う。 「うん」 笑顔で答える岸部君。あんたは本当、いい人だよ。 だから好きなのかな?えへへ…… 私は照れ隠しで彼の前を歩くと、今度は彼の手を掴んで走り出す。彼も多少驚きつつも、嬉しそうに後を追っていく。
まぁ、取りあえず、こうして私、坂本泉は学園生活などを楽しんでいる。 色々問題はあるが、私には恋人の岸辺君がいる。
それに無二の親友もいるのだ。 世界一の幸運少女、笹原麻耶が。
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