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THE・Fighter’s 作者:リョーランド

最終回   魔姫ティセリア

 南の洞窟へは半日でたどり着いた。
 早朝すぐに出発した為、今現在は日が西に沈んでしまっている。
 なので、洞窟内はとても暗かった。
「うわぁ、怖そうですね?」
 いつもの綺麗なドレスに身を包み、とても可愛らしい笑みを浮かべるティセ。
「あなた、絶対怖がってないでしょう??」
「分かりますか?」
 最小限の荷物を持つ三人。
 シィルはロンギヌスを。
 クラウドはオープンフィンガーグローブを其々装備していた。
「シィルは後列な。ティセさんは俺とシィルの真ん中にいてくれ。魔物が出てきたら、単体の時は全部俺だけでやる」
「クラウドを信じる。後ろから来たら任せて」
「いいぜ……?」
 ふいに振り返るクラウド。
 見ると、彼の服の裾を掴み、彼を上目遣いで見るティセ。少しばかりか目が潤んでいて、凄く可愛らしい。
「クラウドさん、私は戦力外ですか?」
 その言葉に、表情に、一瞬可愛いと思ってしまったクラウド。
 しかし、彼も男である。
 後ろからのシィルの殺気の篭った視線によって意識を取り戻す。
「でも家でなんて待っていられないでしょう??」
「当たり前ですよ。クラウドさんの闘術、シィルの聖典ロンギヌス、私は…」
「「使わないで(ください)、ティセ(さん)!!!」」
 言おうとして二人に止められるティセ。
 少しキョトンとした顔をし、すぐさま笑みに戻る。
「アハハ、大丈夫ですよ。だってこの洞窟、壊したくありませんもの」
 ――笑顔で言わないで!恐い、恐過ぎる!!
 シィルなどはすでに蛇に睨まれた蛙よろしく、クラウドの後ろに引っ付いて首をフルフル振っていた。完全に怯えている。
「では、早速参りましょう」
 ティセのそんな表情に呆れつつ、二人は彼女を追って、次々と洞窟内に入っていった。
 洞窟の中は薄暗く、それだけで魔物の一匹や二匹などいそうな感じである。
 雰囲気としては物凄く出ていて、これでもか、という程の洞窟ぶりであった。
「うん。クラウド、前に気をつけて」
「あぁ。任せろ!」
 三人の先頭に立ち、腕をガシッと組んで二人を安心させるクラウド。
 そして二人もそれに笑みで返す。
「さて、どんな魔物がいるのかな?」
「ウフフ。クラウドさん、楽しんでいらっしゃいます?」
「分かるか?」
 クラウドは言っておくが好戦的である。
 かといって自分から戦闘を仕掛けるタイプではないが、仕方が無い場合、特に自分の命を守る為の戦闘や、ティセとシィルを守る戦闘ならば望んで受け入れる。
 やはり死にたくはないし、二人を殺したくない。
 だがいるのだ。二人の命を狙う輩が。

 二十分経過すると、

 彼らの通る道には、無数の魔物の屍骸が転がっていたりする。
「はぁ、はぁ……やっと片付いた」
「うん。一回しかロンギヌス使わなかった」
「ですね。でもその代わりバニシングハンマーは一杯使っちゃいましたね」
 三人はそう言い合うと、ふとそこらで休む事に決める。
 そこは少し広い空洞であった。
 薄暗く、気味の悪さでは先程通っていた道と変わらないのだが、やはり広い方が安心できるのだろう。
「あぁ。でも、二人を守るだけならできなくもない」
「うん。次からは私がやる」
「シィル……」
 正直二人には感謝しているクラウド。
 シィルはここに来て、既に一回ロンギヌスを使ってしまっている。
 ティセやクラウドが傷ついた時は回復魔法を掛けてくれる。
 正直、彼にとって彼女達は無くてはならない存在なのだ。
「ありがと……」
 クラウドが言いかけた、その時であった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 突然の地響き、そしてシィルが指差す先を見ると、彼は驚愕した。
「なっ、ドラゴン……??」
 それはまさしく、魔物の中でも最強と言われるドラゴンであった。
 しかもこの大きさ、洞窟内に生息するドラゴンと言えば、思い当たるのは一種。
 ドラゴンゾンビである。
「はえ〜、凄い大きいですね」
「んな事言ってる場合ですか!逃げろ、ここで戦ったら自滅する」
 ティセの腕を掴んで逃げるクラウド。
 ドラゴン相手にまともに戦うなんて、どんな命知らずか。
 はたまた馬鹿か、と思われてしまう程だ。
「どわぁ!!」
「クラウド!」
 逃げようとするも束の間。
 ドラゴンの爪がクラウドの背中を切り裂き、彼は倒れる。
 すかさずシィルが駆け寄る。
「シィル、お前……」
「ティセが……」
「!!ティセさぁぁぁぁぁぁん!!!」
 クラウドが叫ぶも虚しく、ドラゴンの爪がティセの体を切り裂こうとした。
 だが時は既に変わり終えてしまった。

「「!!?」」
 二人は驚き、そしてまたか、と溜息をついてしまった。

 とある国のことわざにこういう話があった。

 女神と悪魔は同居する。
 一番優しい者程、一番怒らせてはいけない。

「クスクス……そんなにブチ殺されたいんですね?」

 優しい口調。それも今は冷ややかな物に変わっている。
 あの天使の笑顔はどこへやら、彼女の笑みは、今や魔女の笑みそのもの。
 口調までもが不穏になってきている。
 ドラゴンの爪を細い片手で受け止め、彼女はそっと力を込める。
 ズガン!!
 一瞬で、物凄い大きさのドラゴンが宙を舞い、反対側の壁に叩き付けた。
「出たよ……『魔姫の力』が……」
 ふと、そんな事を呟くクラウド。
 簡単に言ってしまえば、彼女は魔王と人間の混血だ。
 どういった経緯でなったのかは分からないが、クラウドに分かるのは、取りあえずティセは、自分の身の危険が迫ったからこうなった訳ではない。
 彼女がこうなる理由はいつも単純。

「よくもシィルとクラウドさんを虐めましたね……許しません」
 呟くと、彼女は薄ら笑いを浮かべる。
 それは憂いがあり、とても美しく、そしてとても怖ろしかった。
 そして彼女の怖い所は、彼女の目つきが変わる時。
「さて、そろそろぶち殺してさしあげます」
 それは死の宣告。
 瞬間、彼女は冷ややかな目をドラゴンに向ける。
 そしてドラゴンといえど、さすがに魔姫の表情を前では、蛙に睨まれた蛇よろしく、動揺しているのが分かる。
 恐らく動物的本能で理解しているのだろう。自分はこの女には勝てない。戦えば自滅するだけである、と。
 それだけ、彼女の目は冷たいものであった。
「シィル、取りあえずここを出るぞ。ここはすぐに崩れる」
「うん。ティセが出てきたら止めないと」
「がってん!!」
 するとクラウドはシィルの手を取り、一目散に逃げ出す。
 途中で魔物に遭遇しようが相手にはしていられない。
 そこはクラウドの体術が次々と撃退する。

 そして二人が洞窟の入り口にまでたどり着いた、その時であった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「クスクス、どうしてお逃げになるの?私のクラウドさんを傷つけておいて……」
 ――あれはキレてるな。完全に……
 哀れドラゴンゾンビ。いくら竜族と言っても、魔王の姫の力を得ているティセリアの前には、ライオンに立ち向かうミジンコ。後は食われるのみだ。
 あれは完全に勝つのがどちらか決まっている戦いである。
 ドラゴンはもはや、もう自分の勝利など確信していない。
「アハハ、そろそろとどめを刺してあげますよぉ!」
 一方ティセもティセで、もはやこの竜を生かす事など考えていない。
 一瞬でドラゴンゾンビの心臓部を貫くと、そのままその中へ侵入してゆくティセ。
 そしてドラゴンゾンビが倒れ、動かなくなると、その体の中から、全身竜の血に塗れたティセが帰ってくる。
 ――まるで戦女神だな。
 そう思っているのはクラウド。
「クラウドさん、ごめんなさい。私……」
 しゅんと項垂れ、申し訳ないという顔をするティセ。
 これが中々に、可愛い。
「シィルは?」
 クラウドはわざとシィルに聞く。
 理由は、聞かなくても分かる。
「クラウドを守ってくれたんだから、別にいい」
「あは、シィルは優しいですね?」
「違う。クラウドも優しい」
「そうですね」
 そう言うとティセはそっと笑みを浮かべる。
 竜の血に塗れていても、その姿はれっきとした、女神である。
 ――もし否定する奴がいたら、俺とシィルで懲らしめてやる。
「もし否定する人がいたら、クラウドと私で懲らしめる」
 クラウドと同じ事を考えていたらしく、代わりにティセに言ってくれるシィル。するとティセの顔から、可愛らしい笑みが甦った。
「はい」
「じゃあ、帰りますか?」
「そうですね。朝日が昇ってしまいましたし」
 朝日に照らされ、目を細めるティセ。
 その姿はまるで戦を終えたワルキューレに似ていた。
 ――なら俺はジークフリートか?
 ――いや、ジークフリートはむしろシィルか……
 朝日はそんな三人でも拒まず、照らしてくれている。
 だから三人はそんな太陽が大好きであった。
「さて、これからどうします?」
「そっか、その格好じゃ……」
 クラウドが苦笑いするのも無理はない。
 全身ドラゴンの腐った血に塗れたティセが町に行けば、回りになんて言われるか分かったものではない。
 取りあえずティセの体を、どこかの泉で洗わなければならなかった。
「さて、向こうの泉で…って、どうかしました?」
 クラウドはティセを見て、頭の上にハテナマークをつけていた。
 向こうにちょうど良く泉があるので、後はティセがそこに入って体と服を洗えば済む問題である。今更泉が汚れるどうこうなど言ってられない。
「あの……その……」
 しかしティセはというと、そんなクラウドを上目で見て、顔を赤らめた状態でモジモジしていた。シィルに至っては、頭を抑えてやれやれ、という顔をしている。
 ――何故だ、シィルにそんな顔されると凄いムカツク……
「あの、どうかしたんですか?」
「えっとですね、クラウドさん」
 ボカッ!
「痛!!何しやがる!」
「クラウド、ティセは女の子」
「当たり前だろ!こんな綺麗な男がどこにいる!?」
「アハハ……」
 クラウドのあまりの天然に、呆れ果てつつ、話を続けるシィル。
 心なしか、少し顔が赤い。
「泉に入るには服を脱ぐ必要がある。服も洗うなら尚更」
「あぁ」
 そう言ってクラウドは少し考える。

 ――服と体を洗うには、服を脱ぐ必要がある…
 ――つまり、ティセさんが脱ぐ……
 ――つまり……

「ぶっ!!」
 その結果、一瞬一糸纏わぬ素裸のティセを想像してしまい、思い切り鼻血が出そうになるのを必至に堪えるクラウド。
 危うく、貧血で倒れる事態になる所であった。
「つまり……」
「分かった。分かったからもうどっか行っていいか?」
「うん」
 シィルの承諾を得ると、早急に木の陰に隠れるクラウド。
 ティセとシィルとの距離から約十三メートル。
 何かあったとしても、駆けつけて即対応できる距離だ。

 そしてクラウドは、こんな近い場所で待機になった事を、心底後悔した。
 まず、何か無いと二人が見れない。
 しかし、非常事態でない必り、無闇に二人の肌を見る事は、クラウドの鉄のように堅い騎士道が許さなかった。
 だから聞こえるは二人の楽しげな声。

「きゃー!」
「ティセ、可愛い」
「……」

 ――やばっ、本気で鼻血出てきた……
「……しかし、次は何処に行けばいいのか」
 溜息を付きながら、そう呟くクラウド。
 ティセとシィル。
 ロンギヌスを使う聖職者と、魔王の姫。
 この二人と旅をしていると、いつの間にか魔物が多い。
 森の中も、夜ならともかく、朝の明るい時期になら、どこに魔物が潜んでいるかは大体想像がつく。
 クラウドは大きく溜息を付くと、大きく拳を振りかぶる。
「燃え盛る炎の鉄槌(バニシングハンマー)!!」
 叫んで拳を振り下ろすと、クラウドの拳から灼熱の炎が巻き起こり、それが竜巻となると、そのまま奥にいる魔物に向かって飛んでいく。
 当たったのか、その後は魔物が烈火の如く燃え上がり、そのまま灰と化した。
「……」

 ――取りあえず、今度は風の国にでも行くか……

 クラウドがそう言って振り返ると、そこには既に着替えを終えてクラウドを呼ぼうとしていたティセとシィルの姿があった。
「待ちましたよ、お二人さん」
「アハハ、すみません」
 新しいドレスに身を包み、先程の魔女の如き笑みとは違い、まるで天使の如き笑みを見せるティセ。
 すると、同じように別の服を着たシィルが、クラウドを見て笑みを見せる。
 二人の姫様に笑顔で見られて大丈夫な男などいる筈もなく、クラウドはそっぽを向くと、依頼成功を言いにエリアに足を向ける。
「じゃあ、行こう」
「はい」
 そんな少年を見て笑みを移すのは二人のお姫様。
 シィルとティセは二人して笑い合うと、クラウドを追いかけるように、少し早歩きをしながら歩き出した。

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