白い雲が一つもない青く澄み切った空の下、今日も今日とてエリアの中心部である商店街は人でごった返していた。 そんな町の中、クラウドとシィルは二人して中心部に来ていた。 恐らくティセは商店街がエリアの中心部の隣にあり、それを知っていて、わざと町の中心にある噴水を指定したのだろう。 何も知らないようで、しっかり計算しているのだ。 「…何気に恐ろしくないか?」 「……うん。私もそう思う」 青いTシャツと赤茶のベスト。ダークブラウンの髪に青い瞳。ツータックパンツに赤いオープンフィンガーグローブを嵌めたクラウド。 そして黒く滑らかな長い髪に、赤いオーバーシャツに青いスカート姿のシィル。腰には何か変てこな棒を持っていた。 二人とも手には、大きな荷物を持っていた。当たり前だが、クラウドの荷物の方が大きく、そして重い。彼に限っては右手にメモなどを持っていた。 「後は薬草五つか……道具屋だからまたこの道に戻るのか・・・・」 クラウドがメモを見ながら迂回しようとすると、ふと立ち止まった。 「……あれ?」 そう。なんとシィルが動かない。 「……」 『おいおい。お金ないっつうのに……』 彼は頭を掻いて溜息をつくと、シィルのいる露店に来た。 「おい、何見て……?」 「これ……欲しい」 そう言うシィルの指差す先には、小さなペンダントがあった。中心の宝石が赤く光っていて、とても綺麗なペンダントであった。 しかし…… 「うげぇっ!!これ、20ゴールドするのかよ!!?薬草の3倍だぞ!?」 冷や汗混じりに驚くクラウド。シィル程ではないにしろ、彼は女の子の好きな物など全く知らなかったのだ。それで暫くティセに講義を申し出た事もあった。 以前その講義中に、あまりのクラウドの無知さに呆れて物が言えなかったティセの呆然とした顔印象的であった。 そして彼がその値段を見た瞬間、 「…………」 彼の額から、滝のような汗が流れた。 ――駄目だ。今の俺達の旅費ではやばい。 元々シィルがこうして珍しい物を見ると、つい買いたくなってしまうクラウド。しかし今は旅費が少ない。 諦めようと、シィルに話しかけようとした、まさにその時であった。 ギュッ 『……出た』 これぞシィルの十八番。彼の袖をギュッと握り締め、彼を見る。 「欲しい……」 前々から何事も無理して無茶をするシィルにとって、他人に、それも自分の仲間に対して物を強請るなどは滅多にない。あったとしてもその隣の少しだけ安い物をいつも注文してしまう。結構我慢強かったりする。 その為彼の知りうる中で、このシィルが、よりによって「一番欲しい物をねだる」のは、非常に稀であった。 『こんなときじゃなかったら買ってやれたのにな……』 頭を掻きながら彼女の見るペンダントと財布を両方を見比べて悩むクラウド。 しかし、彼女の視線の凄さに周りに集まってしまったギャラリーと、その露店の店主は、いささか既に我慢の限界であった。 「お嬢ちゃん、買わないんだったら帰って欲しいんだがな……?」 そうなのだ。クラウドが買い物している間中、ずっとペンダントを凝視していて、客が近寄らなくなってしまったのだ。
――仕方がない。
断腸の思いで、彼はシィルの腕の裾を引っ張った。 「シィル、早く帰るぞ!!」 「……欲しい。これ」 期待と羨望の眼差しで見つめるシィル。普段これに弱いクラウドだが、今はティセの怒りを買う行動は避けたい。とっさの防衛本能だ。 「旅費、知ってるだろ?このあと薬草5個買わなくちゃいけないんだ。ティセさん、待ってるだろう?早く……」
――帰ろう。 瞬間、 その言葉が出なく、押し黙ってしまったクラウド。
シィルは元々何事も耐え抜き、一人で背負うくせがあり、クラウドはそんな彼女に対して、いつも「何か欲しい物ないか?」と言ってきた。 その責なのだろう。こんなときに限って彼女の欲しい物が見つかってしまった。 「……」 しかし、 「うん。戻る」 そう言って振り返ってしまったシィル。そしてそのまま道具屋に向かって歩きだしてしまった。 「……」 そして彼は見てしまった。 彼女のほんの少しの笑みの中に眠る、悲しそうな目を。 「……」 暫く立ち尽くすと、彼はポケットから少し、お金を出した。 ――ごめんなさい、ティセさん…… 「おじさん、これくれ!!!」
シィルは困っていた。 それはクラウドにあんな目で見てしまった事。 きっと傷ついているであろう。 ――自分の我侭なのに…… しかも彼女は彼を置いて、さっさと先に歩いてきてしまった。そしてそのままティセのいない噴水まで歩いてきてしまった。 「……人がいっぱい」 ――どうして悲しいのだろう。 周りはカップルが数名いて、いわゆるデートスポットみたいだ。まぁ、だからティセが二人に勧めたのだろう。彼女は彼らよりも後に来ようとしているみたいだ。 しかし自分はどうだろうか。 クラウドばかりか、彼とデートできるように勧めたティセまでもを裏切ってしまった。二人とも、さほど傷ついているのだろう。 ――もう嫌いになっちゃったかな……
彼と出会う前はこんな思いはした事がなかった。 普通の生活をして、普通の幼少時代を過ごし、少し普通とは違う扱いを受けていた頃にティセと出会い、そしてクラウドと出会った。 大好きな親友であるティセと、恐らく彼女よりも好きであろうクラウド。 二人を傷つけてしまい、表情が一層暗くなっていく。
「シィィィィィィルゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」 突然の事で驚いて振り返るシィル。 見ると、周りに聞こえるとても大きな声で、彼が自分を呼んできたのだ。
「……クラ…ド……?」 振り向いてみると、商店街から彼が走ってきたのだ。 そしてシィルの前で立ち止まると、彼は息を整え、そして微笑した。 「目を瞑れ」 「……えっ?」 「いいから、目を瞑るんだよ!早く!!」 驚いているシィルを急かすクラウド。 そして彼女は目を閉じた。 どれくらいの時間であろう。 なにやら後ろでガチャガチャしている。 「あ……っ、この!」 そして何か金属音がしたところで、彼は溜息を一つついた。 「……もういいぞ、目を開けて自分の胸元を見てみろ」 いつも通りの、怒っていないクラウドの声。 そしてその通り彼女は目を開けて、自分の胸元を見た。 「あっ……」 そして数秒後、
彼女の目から、いままで溜め込んでいた涙が溢れ出た。
「……有難う……ありが…と……」 どっと溢れ出て止まらない涙を両手で覆いながら嗚咽を堪えるシィル。 その胸元には、さっき露店で彼女が欲しがっていた、赤いネックレスがあった。 「そういえば、お前が一番欲しい物を強請ったのは、これが初めてだからな」 そう。彼は買ったのだ。この赤い宝石のネックレスを。 誰でもない、シィルの為に。 「ううぅ……うぇっ……」 そしてさっきの彼の大声で彼らを見ていた周囲の目が、ひときわ大きくなってしまったのにも関わらず、彼はそのまま彼女の背中に手を回すとそっと引き寄せ、抱きしめた。 「忘れてた。お前は今まで一番耐えていたんだ。今日ぐらい、どんなに我侭言っても、大丈夫だよな?ティセさんだって、きっと怒らないよ」 「グジュッ……グスッ……うん……」 クラウドは微笑すると、自分のシャツに顔を埋めて泣きじゃくるシィルの頭に手を乗せ、そっと撫でだした。 周囲の目など気にしない。他人からすれば、二人は立派な恋人同士だった。
そう…… この人の登場を除けば……
「よかったですね、シィル」
「「……あっ」」
ほぼ同時に驚いてしまったシィルとクラウド。そして二人の顔からは、ひときわ冷や汗のような物が見えていた。 「えっ、いや、あの…これは……」 「私が欲しいって言ったから、これは、その……」 ――殺される。 ――私(俺)達、ティセ(さん)に殺される!!! クラウドとシィルが自分達の中に眠る第七感でそう思った、まさにその時であった。
なでなで…… 「クラウドさん、偉い。よくできました」
いつものように、満面の笑みで彼の頭を撫でるティセ。 一瞬、これは奇跡か、と思ってしまった。 「えっ…あの……」 「あっ。そういえばですね?」 そういって自分のスカートのポケットをまさぐると、中から20ゴールドを引き抜き、そっとクラウド達の前に差し出した。 「余ってしまいました」 「えっ……?あぁ!」 ――この人、諮ってやがりましたか…… 二人の思考からは、そんな答えが導き出されてしまった。 「どうかしました?」 さすが頭脳派策略家である。業と20ゴールド少なく計算したのだろう。 なんと計略家な事だ。最初からこれを狙っていたわけである。まぁ、さすがに彼女とて、シィルが「一番欲しい物を強請った」事実は知らないであろう。 「でもクラウドさん、泣かせてはいけませんよ。彼氏なんですから」 「えっ、ちょっと待ってください、俺達は……」 言いかけた所で、彼の鼻先に軽く人差し指を突き出すティセ。そして彼の顔の近くに寄り、至近距離からの微笑みを繰り出した。 ――可愛い。可愛すぎる!それは反則でしょう、ティセリアさん! 「駄目ですよ。もうシィルとは、ただの恋人ではないんですから」 「は、はぁ……」 「でも、クラウドさんは男として、ギリギリ合格です」 そう、にっこり笑顔で言ってしまったティセ。これにはさすがのクラウドであっても、顔を赤くしてしまう。 「ティセさん…」 暫く硬直してしまう事、五秒。 ずいっ 「アハハ、怒っちゃった、シィル?」 「む〜〜〜〜〜っ!!!」 ポカポカポカポカポカ 「きゃーっ!」 いつもの様にティセを叩くシィル。 「……」 そして未だ硬直状態のクラウド。顔はまだまだ赤かった。 「……!!!!」 そして、
ボカッ!!!
「いてぇ!!!」 頭を抑えて悶絶するクラウド。 実はシィル。普段ティセなどを叩く時にはあまり痛みはないのだが、時々クラウド相手にマジで怒ってしまい、マジ殴りしてしまうのだ。しかも拳骨。 「いてえだろうが馬鹿!!てめぇ、いい加減に手加減を覚えやがれ!!」 「クラウドなら大丈夫」 「んなわけあるかぁぁぁ!!!」 「ですけどクラウドさん、丈夫じゃないですか。以前の夜も…ウフフ……」 「見たんか!?あの光景を見たんかあんたは!!!???」 言われて顔を真っ赤にしてしまったクラウドとシィル。そして俯いてお互いをみやると、以前の光景を思い浮かべ、頭から煙が出てしまった。 「ハハハ、それじゃあ、道具屋に行きましょうか?」 そう言って商店街に戻るティセ。その表情はとても笑顔で、まるで天使かお姫様のような輝きを放っていた。 「……くそっ、ほらシィル、行くぞ」 「う……うん!」 しかしクラウドの目には、既にもう一人のお姫様が見えていた。 我慢強くて、責任感たっぷりで、その癖泣き虫。 彼はそのお姫様に手を差し伸べると、彼女はそっとその手を取った。
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