「うわぁ、大きな町ですね……」 町を間近で見上げて驚くティセ。そしてそれを呆れてみているクラウドに、隣町のお菓子屋で買ったチョコを無口で食べるシィル。 ティセが驚くのも無理はない。この『エリアル』という町は、どこからどう見ても大きな繁華街であった。軒並みに大きな店が立ち並び、商店街は大人数で賑わい、どこからどう見ても発展している町であった。 「さて、さっそく宿探しだ。とりあえず安い宿がいいな」 そう言って辺りを見渡すクラウド。 こういった大きな店にはいくつもの宿屋やお店が立ち並んでいる。よく店を吟味してみてみると、案外格安で良い宿に泊まれたり、低価格で良い商品が買えたりと、お得な事が多かったりする。バージニアのような商業に力を入れている国なら尚更だ。 「……あった」 「もうかよ……」 クラウドがふと横を向くと、シィルがもう既に宿を見つけていて、そこのドアを開けようとしている所であった。 元々彼女はこういった事に関しては意外と勘が鋭く、なおかつ行動が早い。そしてチョコを食べた後だと何故かその能力が倍以上にまで上がる。 「フフ、それを言ってはいけません。では行きましょう」 ティセが二人を追いかけようとすると、ふとクラウドが足を止める。 「待った、それはシィルとティセさんだけでいいでしょう?俺はちょっと情報収集と仕事探しに行ってきますよ」 「え?いいですよ。そういった事は皆でしましょうよ」 「いや、でも…俺の責でこうなった訳ですし……」 俯いて恥ずかしそうに言うクラウド。彼自身、悪かったと思っているのだろう。 すると、急にティセが右手を上げ、爪先立ちをすると、彼の頭にポンと乗せた。 「え?」 「それでも、です。私達は三人で一つなんですから、一人で何もかもさせる事もできませんし、させません。何もかも、三人で一緒にするんです」 ティセの心からの言葉。そして満面の笑み。 そして、まるで母親が我が子にするかのように、優しく頭を撫でる。 もともと、クラウドとシィルは、彼女のこれらの「不意打ち」にとても弱く、今度も、顔を真っ赤にして俯いてしまったクラウドの負けである。 「……はいはい。そうしますよ」 俺が負けました。とでも言わないかのように、クラウドは両手を上げて薄っすら笑みを浮かべた。 「それに、シィルの力だって、まだ不安定なんですから」 「……」 立ち止まっているシィルの方を見るティセ。 どこかティセの笑顔が、悪戯っ子の笑みに見えたのは気のせいであろうか。 「そう…なのか?」 すると、シィルの顔が凄く赤く染まり、俯きだす。 「あれから三日ですから……溜まっているのですかね?」 それを見ていたティセが満面の笑顔でそう言った瞬間であった。
ピシッ
何かが割れた音と、
ボフン!
何かが沸騰して煙が噴出す音がした。 「きゃあああ、クラウドさぁぁん!!」 「ハラホレヒレハレェェェ……」 「……情けない」 同じく顔を真っ赤にしているシィルが言っても説得力がないが、三日前に行った行為を思い出し、一気に顔が上昇してしまったのだ。 互いがもう成人とはいえ、まだ14歳。 そこまで大人ではなかったのだろう。 一般的に世界によって成人の年齢基準は違う。しかしこの大陸では14になると成人として認められ、独立する権利が与えられる。 一応この大陸ではほかにも、20を越えればその権利が義務になるというのだが、今の所この三人には関係ない事だ。 「さて、これで夕方までここにいられますね?」 「ティセ、極悪……」 「何か言いましたか?」 フルフルフル…… 物凄いスピードで首を横に振るシィル。 どうやらシィルをもってしても、ティセは恐いらしい。 「なら行きましょう」 思い切り凄みのある笑みを浮かべてクラウドを運ぶティセ。 そしてそれに従うしかなかったシィルであった。
クラウドが目を覚ますと、とりあえず宿屋の一室に来ていたようだった。椅子にティセが座ってお茶を飲んでおり、シィルはというと、ドアの傍に寄りかかり、まるで姫を守る騎士であるかの如く、二人の前に立ち塞がっていた。 「あと三日はいられるな」 どうやら二泊分の宿代請求書を見たらしく、大きく溜息をするクラウド。 「じゃあ、寝るかな」 そう言って寝転がる。 それから数十秒経過。 突然起き上がってシィルを睨みつけるクラウド。 シィルも視線が鋭い。 「……」 「……なんだよ?」 「ぷいっ」 彼女も不機嫌らしく、そっぽを向いて黙り込んでしまった。だがクラウドにとってそれは余計イライラの種になってしまった。 「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!何なんだよ!!!!うぜえからさっさと言い……」 やがれ、と言いかけ、慌てて口を閉じるクラウド。 しかし既に遅し。 「…うざい?グスッ…エグッ」 「よしよし、泣かないでね、シィル」 その場にへたり込んで泣き出してしまったシィル。こういった場合、ティセが慰めると大抵泣き止むのだが、それにしては少々言い過ぎた。 言い過ぎた…のだが納得いかないのがクラウドであった。 「俺の責ですか?金なしもシィルが泣いたのも、全て俺の責ですか?」 半ばやけになってしまうクラウド。こういった女心は、言葉に出さない必り、所詮男には一生かかっても分からないのだ。 「シィルは少し泣き虫ですからね」 「む〜〜っ……」 ポカポカポカ 泣き止んでムッとしたのか、シィルは痛くもない拳でティセを叩く。 「キャハハ。やっと泣き止みましたね」 ポカポカ叩かれ面白そうに笑うティセ。 それを見ていて、ふと彼は苦笑してしまった。
――ティセさん、最初からこれが狙いではなかろうな?
まるで彼女の魔術にでも掛かったかのように、いつものシィルに戻る。 「クラウドさんには寝てもらっては困りますものね?」 「……デートしてくれるって言った」 「うっ……」 ――忘れていた。いや、すっかり。綺麗サッパリ! その瞬間、シィルに対する罪悪感が重くのしかかってきた。やはりシィルの彼氏をしている者として、それは決して忘れてはいけない、命題であったからだ。 「……ごめん」 そしてそれを忘れてしまっていた。果ては思い出させようとしたシィルにあんな事を言ってしまったかと思うと、少し自己嫌悪に陥る。 しかしシィルとティセは別に気にする事でもなかった。ティセに限っては、クラウドという男にそこまでは求めていないのだろう。 つまり、彼女はクラウドがそこまで朴念仁だという事を、良く理解していた。 「それでは、町の中央に噴水があるらしいですから、そこを合流地点に、それぞれ個人行動にしませんか?」 「えっ?いいんですか??追っ手は……」 言いかけたクラウドの鼻先に指を突きつけるティセ。 「大丈夫です。それに、シィルとデートするって約束したじゃありませんか。それを守る事の方が大事だと、私は思いますけど?」 「いいの、ティセ?」 「うん。シィルはクラウドさんとデート。私は道具等のお買い物にしましょう」 シィルの顔に笑みが戻る。しかしやはりデートと言われたからか、少々顔が火照っていた。対するクラウドは何の反応もなく、これにはさすがのティセも呆れてしまったが、気にしないでおく。 「分かりました。そういう事なら……ほら、シィル、さっそく行くぞ」 「うん」 二人が軽快に外に出ると、ティセは首にかけてある十字架のチョーカーを手にとり、そっと両手を合わせると、目を閉じて微笑んだ。
「フフフ、シィルとクラウドさんの関係がうまく行きますように……」 数十秒の祈り。 しかしその光景を見れば、恐らく誰もがティセを「聖女」を連想するであろう。それだけ、祈りを捧げるティセは美しかった。
しかし、彼女は「聖女」等といわれる者とは程遠い女性であった。
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