春の日差しが麗らかな昼下がり、丁度先日から振っていた雨が上がりだし、真っ青な空には七色の虹の架け橋が仄かに掛かっていた。 そんな空の下の緑の草原の中、一人の少年と二人の少女は、馬車に乗りながらなにやらじゃれ合っていた。
ポカポカポカ……
けっして日差しが良い、というのではない。まぁ、日差しは良いのだが。 この音はそんなものではなく、人を殴る音だ。 少し可愛らしい音だというのは、気にしないでほしい。 「いてて…いてえぞ、このやろう」 端から見れば、ダークグレーの髪の少年が、サラリとした黒髪の少女に遊ばれているように見えた。しかし、実際にはその少女は何やらムッとしていて、ボカボカと殴っているのだが、普段は全く痛くなかったが、今日に限って痛かった。 「クスクス……二人とも、ケンカも程々にしてくださいね?」 それを後ろで見ているのも一人の少女。長いブロンドの髪に緩やかなウェーブのかかっていて、まるでどこかのお嬢様のようであった。 「ちょ、待ってくださいよティセリアさん。こいつが突っかかってきただけで、別にケンカした訳ではないですよ……」 するとティセリアと呼ばれた少女は、どこか気品ある御しとやかな笑いを浮かべると思ったら、まるで年相応の少女のように天真爛漫に笑いながら少年の目の前に近づき、薄っすら笑って彼の鼻先に自分の人差し指を突きつけた。 「はい、駄目ですよ。私の名前は『ティセ』ですからね。ティ、セ」 「あうっ…ティ…ティ、ティ〜〜……」 「……??」 にっこりと少年を見つめるティセを見て、彼もまた、顔を赤くして俯いてしまった。 そんなにまっすぐな瞳で見られたら、この少年でなくとも、顔を真っ赤にして目を逸らしたくなってしまうであろう。 しかし上目になりながらも、懸命に彼女と目を合わせると、そっと呟く。
「ティ…………セ?」
「はい!なんでしょうか、クラウドさん?」 にっこり笑顔で微笑むティセ。その表情がとても可愛らしく、思わずクラウドという少年の顔がポォッと赤くなる。 「だぁぁぁぁぁああああ〜〜〜っ!!恥かしくて言えねええええっっ!!!」 ポカッ
本日何度目であろう。いい加減数えるのが鬱陶しくなるくらい、シィルのチョップがクラウドの頭に炸裂した。 しかし例によって、痛くない。 「クラウド、うるさい」 「俺の責かい!!?」 すると突然クラウドを睨みつけ、そっぽを向いてしまったクラウド。 本当にこのシィルという少女、一度怒り出すと無言で見つめてきたり、時には泣きながらポカポカ叩いてきたりする。 本当ならそうなる前に止めれば良いのだが、なまじ彼女は無表情なため、ティセみたいに彼女といつも一緒にいないと怒っているかどうかなど分かりはしない。 「……どうかしたんですか?あいつ、すっごく怒って……!!?」 だから彼はまずティセに聞こうとするのだが、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
今日は珍しく、彼女の笑顔が黒かった。 「……仕方がないですよ、クラウドさん。いっくらおなかが空いていたからって、私達のおサイフの中身まで使ってしまわれたのですから」 それは完全にクラウドの汚点である。 「どうするの?」 「……すみません」 確信を突かれてしまい、何も言えなくなってしまったクラウド。 すると、どこからか風のざわめく音が聞こえる。 一瞬、青く澄み渡る快晴爽やかな大空は黒く染め上がり、気持ちの良い西からの風は一転して重くなっていった。 「クスクス、いいんですよ……私はシィルとクラウドさんさえいてくれれば、たとえ多少お財布の中身が寂しくなったって……」 何時ものように笑顔で話すティセ。しかしその笑顔を見れば見るほど、クラウドやシィルの顔つきが変わり、さっきまでの喧嘩はどこへやら、二人仲良くぴったりくっついたまま、彼女を見ておびえていた。 二人は何ヶ月も彼女に付き合っていて、彼女のこういった笑顔の種類を何回も見てきていたりするのだ。 だから、この時の彼女の笑みが、いわゆる「怒っている笑み」だというのは、二人には分かっている。シィルも何故か、なみだ目でクラウドを見つめていた。 「…と、とにかく、また仕事をしてお金を稼いで……だ、だからティセさんったら、そんなに睨み付けなくても良いじゃないですか!!」 とにかくこうなったティセを放っておくとロクな事がない。たいてい自分とたまにシィルが被害を受けるのだ。 「クスクス、ではもうすぐ町ですから、がんばりましょう」 ようやく機嫌を取り戻したのか、ティセはこれまた少女のような爛漫な笑みを浮かべて外を見る。外には大きな町の風景が見えてきていた。 思えば数ヶ月にクラウドの師匠と別れて大陸を一旦抜け、そして大陸を旅してから彼らはここ、バージニアに戻ってきた。 彼にとっては久しぶりの第二の故郷に思いを馳せる。 「うん……クラウドもティセも、私が……」 とても小さな声で、しかし力強く言い切るシィル。 すると、そんな彼女の頭にポンと手を乗せるクラウド。 「心配するな、お前もティセリ……ティセさんも、俺が守るよ」 ふと顔を上げてクラウドを見るシィル。するとそこにはいつもの彼ではないかと思うほど、優しさに満ちた視線。 それを見た彼女は顔を少し火照らすと、それを誤魔化すかのように、また痛くもないのに彼に殴りかかった。しかしそれはティセに言わせればじゃれ合っているだけに過ぎず、彼女の笑いを誘うだけであった。
|
|