「兵器だ。お前も私も……国の連中からみれば立派な殺戮兵器だ!!」 しかし、そんな魔術師への同情も束の間だった。 クラウドの同情の表情が、一転して恐怖と驚愕の色に染まるのは、そう時間のかかる事ではなかった。
すぐさま、魔術師の頭上にある光の粒子一つ一つが、強烈な光を放ち、物凄い勢いで大地に激突した。
ズガガガガガガガガガガガガガガ……
それは、この洞窟の壁が魔法障壁でできた鉱石だからこそできる芸当。 いや、このヨガンドルフという名の、人間という悪魔だからこそできる、まさに悪魔の業と言っても、けして言い過ぎではなかった。 地面を焦がし、魔法を防ぐ鉱石でも耐え切れるかどうかの破壊力を持った魔法に、掠りもしなかったものの、彼は冷や汗を大量に掻いた。 「こんな力を……!?」 それは、かつて彼が見た事もなかった、まるで何かの現象に近い魔法だった。 否、これこそが魔法だったのかもしれない。ただ彼が生涯の中で見てきた物が、ただの魔法と言う名を借りた偽物だったのかもしれない。 そんな事を思ってしまう程、物凄い攻撃だった。 立ち尽くし、驚愕の色を浮かべる彼を、魔術師はクスクス笑いながら見下ろす。 「無駄だクラウド。私の魔法は無敵。ただの闘士など雑魚にもならない!!」 そして、次の砲撃が唸りを挙げる。 光の粒子は更に増え続け、ついにクラウドのすぐ近くに激突し、彼は数メートルまで吹き飛ばされ、壁に激突する。 「ぐああぁ……」 背中から壁に激突し、よろめくクラウド。 そこで彼は確信した。 この魔術師は、まだ本気を出していない。 ほんの少し手を加えれば、それこそクラウドなど、紙を火で燃やすが如く、一秒も掛からずに燃えカスへと化させる事が可能だろう。 「くそっ……」 しかし、これしきで光の粒子の唸りが収まるわけがなかった。 すぐさま左に転回し、全力で疾走するクラウド。 彼の走った後を、光の粒子が駆け巡り、地面に激突する。 物凄い爆発と爆風とが合わさるその光景を、誰が一対一の決闘だと思うだろうか。
「諦めろ。お前と私とでは元々のエネルギー量が違う。私が1を出せば、お前は9を出さねば相撃ちにはできないのだ!」
ヨガンドルフの言っている事は正しい。 この魔術師とクラウドでは、それこそ力の許容量の差が半端じゃなく大きい。それほど自分に秘策があっても、それこそ一撃で葬り去れるだけの力をかね揃えている。 これこそが本当の悪魔なのだ。これこそが人という悪魔、大魔術師ヨガンドルフの真の力と言っても過言ではない。否、むしろ言い足りない。 先程から光の粒子を、避けきれなかった分だけ炎で吹き飛ばすが、やはり一発一発に10以上の闘気を込めなければ、とても防ぎきれない。 その上全力で疾走しなければ光の粒子の爆発に巻き込まれてしまう。更に一度止まろうものなら、光の粒子はそれこそクラウドに向かって、全砲弾一斉射撃の如く、彼の体を塵か屑に化してしまうであろう。
クラウドの体が徐々に重くなり、息が徐々に荒くなる。 そして、その結末は呆気無かった
どれだけクラウドの足が速くても、彼は人間であり、限界がある。それも音よりも早い光の粒子が相手なのだから。 粒子の爆発によって吹き飛ばされ、クラウドは気絶しそうな己の精神をなんとか奮い立たせると、肉体に鞭を打って起き上がる。 しかし遅かった。 魔術師はクラウドが起き上がる前に彼の前に来ると、彼の顔に向かって左手を翳し、魔法の詠唱をする。 ――今度こそ、終わった…… 「ちくしょぉ……」
何もできなかった。
このような魔人との戦いに、自分は情けをかけてしまい、結局は誰もが予想していた通りの展開にまで発展してしまっていた。 このような姿を見たら、彼女はきっと怒るだろう。 俺のライバルともあろう男が、情けないと。 ――笑いたかったら笑えよ…… 彼の頭の中で、罵詈雑言を吐き捨てている貴公子に一言謝ると、クラウドは目を閉じ、とうとう観念してしまった。 しかし、魔術師はそれ以外に何もしなくなった。 それによって、クラウドは足の変わりに、今度は口を動かした。
「あいつの命と引き換えに契約したり……」 「?」 突然のクラウドの話により、魔術師は折角の必殺の魔法の詠唱を、途中で中断し、彼の話しに耳を傾ける。 あいつ、それはレナの事だ。 この魔術師はクラウドの大事な姉を人質に取り、悪魔フィードを召還し、ティセやセレナを悲しませたのだ。 それは、クラウドの心にどれだけ怒りの炎を燃やさせたか、想像に難くない。 「村の火事を手伝ったり……ロンドを支配しろうとしたり……お前のやっている事の意図が分からない……」 村の火事を手伝った。 それはレイヤーに、悪魔召還の法を教えたことであろう。 あのような男に召還の魔法を教えたら、召還を使えない男性であるあの男が、どのような卑劣な手段を使って召還するか、それはこの魔術師とて分かっていた。 否、分かっていてやったのだろう。 すると、魔術師はふと口を開く。
「クラウド、一ついい事を教えてやろう」 「??」 するとクラウドは驚愕する。 この魔術師は、今すぐにでも自分を殺せる。 嫌、殺さなければ今は近距離。殺されるのは魔術師自身なのだ。 現に、クラウドは今すぐにでも反撃の機会を窺っている。 「例えば、お前は力が欲しい、と思った時はあるか?」 しかしこの魔術師の言葉に、クラウドは驚いた。 力が欲しい。 それは、クラウドが八歳の頃からいつも思っていた。 力さえあれば村は救えた。力さえあれば親と離れ離れにならずにすんだ。力さえあればティセもシィルも守れる。ファナとも対等に戦える。 セレナのような不幸な少女を、これ以上増やさずにすむのだ。 「力が欲しい。もっと欲しい。もっともっともっと……それこそ、巨大な魔王にも対抗できる程の……この国の王になれる程の……」 しかし、そこまで思った事はない。 この魔術師は思ったのだろう。それだけの圧倒的な魔力を持ち、それだけの圧倒的な知恵を持ちながら、尚も力が欲しいと思ったのだ。 人の欲望は限りない。何もかも揃っている、まさにファナの様な完全なる人間でも、クラウドを倒したい、自国を守り抜きたいという欲望があるのだ。そんなファナの欲望が、人間の欲望の許容範囲に入れば、の話だが。 「私は思ったよ。私は魔法を使い、闘士全盛のこの世界で生きてきた。元々大した腕力もなければ、体力も無かったからな」 いとも簡単に話すヨガンドルフだが、それはどれ程長く険しい、そして辛い事だっただろうか。魔術などからっきしのクラウドでさえもそれは理解できた。 闘士と違い、魔術師は肉体を使うのではなく、精神を使う。魔力と言う精神を使って敵を倒すのだ。 しかし魔力は、元々人間に最初から備わっているわけではない。辛く苦しい修行によって身につけなければならない。かといって身につくのはほんの砂粒一つぐらい。 実際にシィルを見れば分かる。どれだけ才能がある彼女であっても、光の魔術以外は何も使えない上、攻撃は聖典ただ一つ。それも回数が限られている。 今の人間にとって、魔法というのは、それだけ難しいのだ。 「頭脳と魔法だけで、私はロンドの国務長官、つまりは宰相となった。しかし私はロンドの王になる事を夢見てしまった。それで計画を実行した」 すると、少し歯軋りが聞こえる。 ヨガンドルフのものだった。
「だが、それを打ち崩したのは、魔姫と聖職者だった」 「ティセさんと、シィルか……」
クラウドは昨日シィルから聞いていた。 ヨガンドルフは以前、まだ自分と出会う前のシィルとティセを騙し、ロンドを征服しようと目論み、国王暗殺を計画していたのだ。 それを見抜いたのはシィルの聖典、ロンギヌスであった。 彼女はそんな魔術師の計画を知ると、すぐに魔術師の目論みを国王に話し、ティセの力によって魔術師を追い払ったのだ。 すぐさまシィルの言葉によって、ロンド国王はヨガンドルフを国外追放とし、バージニアや他の国々と結託して、どの国にも入れないようにしたのだ。 「私は色々な国から入国不許可を受けた。外れの村すら、私の姿を見ては、入れてくれなかった。それは言ってみれば、私の過ちからすれば当然かもしれぬ」 この魔術師にも分かっていたのだろう。 自分が間違っていたと。 もしもそう思わなかったなら、あんな悲しい目などする筈がない。 先程ローブの中の、あの絶望を知った目を見たクラウドは、かつてそんな目をしていた誰かを思い浮かべ、奇襲を怠ってしまったのだ。 「しかし」 「?」 すると突然、ヨガンドルフの声が自嘲から一転し、怒りに変る。
「権力という力を得るには、グラムやファナの様に、それこそ正義に反する行為も平気でやらなければならなかった。私が一体、何の為に罪も無い人間を殺した?何の為にいくつもの村を焼いた?私がそうしなければ、ロンドが侵略されるからだ!!」
このローブの魔術師の言っている事は本当なのだろう。 いつか自分のライバルや、先程そんなライバルと戦っていたあの闘士もまた、同じような事を言っていた。 小事を気にしていたら大事は行えない。 国を守る為なら、悪魔の力を使わざるを得ない時もあると。 ファナは自国を守る為に、それこそヨガンドルフと対等に並べてもおかしくない位の、非情な惨殺を行っていた。 グラムもまた、そんな彼女から国を守る為に、ヨガンドルフの手を借り、悪魔フィードの力を借りてティセを攫ったのだ。 この魔術師もまた、同じなのだろう。 何時だったか。ロンドが以前、どこかの宗教の異民族に侵略されようとしていた際、一人の魔術師を筆頭に、戦争を行った記憶があった。 その戦争は勝利に終わったが、殆どは軍ではなく、その魔術師が、たった一人でそれを成し遂げたのだと聞く。 それが、このヨガンドルフなのだろう。 「それなのに、国の権力者は、私が兵器ではなく国務長官になった途端、私を廃除しようとした。特に国王だ!最初は私の能力を買ってくれたのに、私を人間として扱ってくれた事はなかった。ただの、一度も……」 ――ちょっと待てよ、それじゃ…… 言おうとして止めた。 自分に何が言えるというのか。 この魔術師も、グラムやファナとは違えど、国に兵器として、ただの殺人用の道具としてしか、扱ってもらっていなかったんだとしたら。 まして生まれた時から戦闘を繰り返し、それこそ心まで冷酷な、ただの戦闘用の兵器として生きてきたあの二人に対し、この魔術師にはまだ、人間としても心があったのではないのか。少なくとも、自国を裏切るまではそうだった筈だ。
「人間として扱ってもらえないのなら、慈悲も慈愛も、暖かさもいらない」
「……」 そんなヨガンドルフの言葉が、クラウドの心に重くのしかかる。 この魔術師は戦争の為に国に踊らされ、国の為にいくつもの辛い事を経験し、それでもいつか権力を持つ事を夢見てきて生きていて、いざ前線を離れたら邪魔者扱いされた。 まして国の王に、一度も人間として扱われていなかったのなら、この魔術師がこうなってしまったのも、無理はなかった。 「……」 今度こそ、彼はヨガンドルフに同情してしまった。 それは、この魔術師の姿が、あまりにもセレナに似ていたからだ。 母親の為に辛い事を経験し、涙を呑み、血を吐いてまでも戦った。そしてその代償が母親の死と、自分が最も慕うファナへの裏切りだった。 それが、あの十二歳の純粋な少女にとって、どんなに辛く悲しいか。 今の魔術師の姿は、多少違えど、彼女と似ていた。
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