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THE・Fighter’s〜風の国ノエル・後編〜 作者:リョーランド

第7回   ヒーローVS中級悪魔

 もう闘気なんて欠片も残っていない。

 やはり人間が悪魔と、それも中級悪魔と対等に渡り合うなんて事は無理な話だった。
 正義のヒーローは最後まで全力を振り絞り、最後の最後で強大な悪を討ち滅ぼす。それがヒーロー物語の定説だ。しかし正義のヒーローも、時に邪悪な力の前に打ちのめされ、時には仲間が命を落とす事だってある。
 正義のヒーローだって人間だ。何でも出来る訳ではない。
 まして自分には超能力なんて持っていない。全てを打ち砕く魔法なんて使えない。ましてや最強の聖剣や魔剣なんてものも持っていない。
 当然だ。自分はただの人間なのだ。傷つけば血を流し、時には涙し、あっけなく死んでしまう、ただの脆い人間。
 しかも、ファナやクラウドとは違う。自分は半人前の闘士。
 二人の様な力も闘気もない。得意の頭脳ですらこの悪魔の前には赤子同然だろう。
 今だって目の前の悪魔なら、自分など蟻を踏み潰すよりも簡単に、かつ正確に、そして完膚無きまでに殺してしまえるであろう。

 戦闘開始から約十分。それなのにこの悪魔があえてそれをしないのは、やはり圧倒的な力の差からくる余裕か、それとも慢心なのか。
 常にセレナから離れた状態で、悪魔フィードは薄く笑っていた。
「どうかしたのかね、セレナ君?動きが遅くなったが?」
「煩い!!喰らえ!!」
 これで既に何度目だろう。
 大気から水を作り、それを刃に変えて敵に飛ばす。
 もうあまり巨大な闘術が使えない状態のセレナにできる、ほんのわずかな、言ってみれば無駄な足掻き。
「無駄だ。いくら君が闘気を振り絞ろうが、それは私の復元能力に追いつかなければ全くの意味を成さない」
 彼の言っている事は本当だ。
 先程からこれを何度繰り返すものの、フィードの体に傷を付けるのはわずかに一、二発のみ。しかもそれは彼の、悪魔特有の復元能力で無駄に終わる。
「……少々君を過大評価していたようだ。やはり君はただの人間」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
 息が荒い。肩が重い。
 セレナの瞳に、絶望が過ぎる。
 やはり自分は、ヒーローにはなれないのであろうか。
 自分は闘士ではない。ヒーローだ。だからこそここまで戦ってこれた。
 けれどそんな自分が彼のただならぬ殺意に怖気づいていた責で、最も慕っていた人が捕まって、それすら自分の手で奪還もできず、こうして悪魔に殺されようとしている。
「もはやこれまで、か?ヒーローというのも、大した事ではなかったな」
「くそっ……」
 それだけは言わせたくない。
 それだけは言わせてはならない。
 悪魔の言葉に、わずかに残っている彼女の闘志の炎が、彼女の今にも崩れそうな足に、ほんの少しだけ力を与える。
 しかしそれもわずか。彼女はそのまま立つのが精一杯だった。
 無理もない。彼が一つ力を出せば、それこそファナやクラウドなど足元にも及ばない、魔姫モードのティセをも超える力を、いとも容易く出せるのだ。
「さて、そろそろ止めと行くか……」
 止め。
 それを聞くや否や、彼女の顔から笑みが零れる。
 このとき、フィードは彼女のこの笑みに、何かを感じ取るべきだったのだ。
 しかし勝利の気分に酔いしれたこの男に、何を言っても無駄なのだろう。
 さっと右手を掲げ、攻撃態勢に入るフィード。
「安心したまえ、君はただ地獄の入り口で待っていればいい。後で魔姫とあのレナという少女も、それに聖職者も一緒に送っていく」
 その時、彼の右手から、辺りの大気をも黒く染め上げてしまうほどの、凶悪なオーラが溢れ、それがセレナの頬を掠める。
 少女の白く綺麗な肌が裂け、そこから血が流れるが、彼女は気にしない。
「そしたらあの男と貴公子も、一緒に送っておいて……」
「……喋るな」
「?」
 立ち上がり、尚もハッタリを行うセレナ。
 自分にはこれしかできない。
 今の自分には、ハッタリをし続け、時間を稼ぐ事が本業なのだ。
 後は、二人がなんとかしてくれる。
「それ以上喋るな。ボクはイライラしているんだ」
「成る程……そんなに先に逝きたいか!!?」
 そしてそれは終わった。
 尚も膨れ上がる凶悪な力を前に、これほどまでに強気でいられた人間がかつていたであろうか。それも、こんな小さな少女に。
 彼の額から皴がよる。
 この少女だけは、ここで生かしておく訳にはいかない。
 フィードの体に眠る、悪魔特有の感性が、そう告げていた。
「死ね、ヒーロー!!!」
 そして手を振りかざし、邪悪なオーラを彼女に向けて、一気に放射した。

 その時であった。
「セレナちゃん!!」
「何!!?」

 最も聞きたかった人の声と、今自分を殺そうとしていた男の驚きの声が重なり、セレナは驚きと喜びを一度に味わった。
「馬鹿な……魔姫の牢獄を破ったのか!?」
「ティセお姉ちゃん!!?」
 そして自分が慕う姉の姿を確認すると、次に辺りを見渡し、今度はその姉を助けた友人の姿を確認して、改めて彼女はほっと胸を撫で下ろす。
 だが安心はできない。作戦はここからだ。
 今の体で出来る事、そしてやらなければならない事。
 それは、自分が一番よく分かっている。
「フハハハ、だが聖職者よ、君はどうやら選択を誤ったようだ」
「!?」
 すると、シィルの眉が攣りあがる。
 それを見て、フィードは彼女に向かい、人差し指を一本突き出して彼女に突きつける。
「恐らくその聖典、後一発しか撃てない」
「……!!?」
 冷たい汗を額に垂らし、シィルは表情を歪める。

 そこでセレナは悟った。
 シィルはティセを助ける為に、後二発しか使えない聖典の力を、一度使ってしまったのだ。これで彼女に残された力は都合一発のみとなる。
 これは既に博打の境地をも超えていた。
「図星だな?それならもはや私の負けはあり得ない。魔姫はもはや半分の力も出せないだろうしな」
 そうだ。
 ティセの力が魔姫モードであったからこそ、さっきのフィードの攻撃を防げたものの、彼女の力は既に半分くらいしか出せない状態であった。
 それで彼女の顔から笑みが消えかかるが、同時にセレナの顔には笑みが戻る。
 そしてセレナは次に、シィルと見てふと口を開く。
「シィル、作戦開始」
「……OK」
「??」
 それを見て不思議がるティセであったが、シィルの目を見て何かを感じ取ったのか、彼女もまたシィルを見て、薄っすらと綺麗な笑みを返す。
 そしてその光景を見て、顔が怒りに歪む悪魔。
「まだやると言うのか?正直しつこい!!」
 そしてその瞬間、
 三人が其々散り、シィルとティセが斜め後ろに、そしてセレナが前方から、水の闘気を刃に変えて、彼に向かって放つ。
 先程と何も変らない。ただの水の刃だ。
 それを軽く避けると、次にティセが襲い掛かる。
「魔姫の力か……だがそんなものは無意味だ!!」
 以前は圧倒的な魔姫の力によって危うく負けてしまう所だったが、今の力が半減されてしまっているティセの力など、彼には通用しない。
 結果、先程から彼女の攻撃は、彼の復元能力によって意味を成さなくなっていた。
「別に無意味ではありませんよ」
 そして彼女の細腕から繰り出される強力なパンチ。
 それでも、彼は片手で難なく受け止める事ができた。
 どれほどティセに魔姫の力が備わっているとしても、今の傷ついた彼女に出せる力は先日の約半分程度しかない。それでは完全にフィードの復元能力の方が勝ってしまう。
 しかしこのとき、ティセはほのかに笑っていた。
「だって、私が止めを刺す訳ではありませんし」
「何!!?」
 呟きが聞こえると次の瞬間、
 とてつもない力の波動が、悪魔に向かって一直線に進んでいく。
 するとティセが離れ、遠くに逃げる。
 そして、次の瞬間、

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……

 圧倒的なまでの力の波動が、まるでレーザー光線の様に悪魔を襲い掛かり、壁に激突すると、とてつもない爆発が起こる。
 そして洞窟の土が混じった煙が巻き、辺りを包み込む。
 その中で聞こえたのは、悪魔の笑い声であった。
「ハハ……アハハハ、惜しかったなヒーロー。君の作戦は崩れ去ったようだ。」
 彼は避けきった。
 右の肩から腕をやられたが、彼には些細なことだ。
 所詮、悪魔の復元能力の前には、どのような攻撃も通じないのだから。

「残念だったな聖職者よ、あとほんの数センチ……」
 勝利を確信した悪魔が笑いながら後ろを振り返ると、彼の目に薄青い髪の、実は最も彼が恐れていたヒーローの姿が映っていた。

 ――……!?しまっ……


「行けぇ、シィルーーーーっっっ!!!!」


 悪魔の驚愕に満ちた表情と共に、小さなヒーローの叫びが聞こえる。
 そして急いで前を向くが、遅かった。
 目の前には、今度こそ強力な、それも先程の攻撃をも超える、聖なる力が凝縮され、レーザーとなって悪魔を襲った。
「ぐああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」

 ズガガガガガガガガァァァァァァァァァァァァァァン……

 巨大な土煙と共に、力は悪魔を吹き飛ばした。
 壁に激突し、白い力は拡散する。
 薄目を開けながらなんとか前を向くと、彼の目の前には、黒い髪の聖職者が小さな口一杯にチョコを加えたまま立っていた。
 それを見て全身傷だらけになった悪魔は、その青白い顔に未だ驚愕の色を浮かべたまま、ゆっくりと小さなヒーローを見て呟く。
「さっきのは……聖典では……なかったのか……?」
 その言葉に、勝利を確信しているのか、セレナは笑って答えた。
「そうだよ。あれはボクがそれに似せて、レーザーとして撃った闘気の塊。でもそのおかげで、全闘気使い果たしたけどね」
 セレナの作戦は成功と言ってよかった。

 彼女には力はない。まして頭脳も悪魔に劣る。
 ならば、逆にそれを利用したのだ。
 悪魔は、最初はこの少女が止めと刺すのだと思い、魔姫にやられ、危うく滅ぼされてしまう所でなんとか彼女に勝った。
 しかし彼の誤算は、聖職者シィルの存在を、一瞬でも忘れていた事にある。
 後一発しか撃てない。それは逆に言えば、後一発なら撃てる、という事だ。
 その事を、慢心していたこの悪魔は計算に入れていなかったのだ。
 完全に彼は、このちっぽけなヒーローに騙された、という事になる。

 だが、それで終わりならば、この男は悪魔を名乗る資格などない。
「成る程……面白い少女だ」
「嘘……」
 その姿に、ティセを除く二人が驚愕する。
 無理もない。今のはシィルが放った中でも一撃必殺の部類に入る。
 故に、どんなに強大な悪魔の力とあっても、まさか直撃を喰らって立ち上がるなんて思っていなかったからだ。
「復元能力も半端ではありませんね。さすが中級悪魔です」
 ティセは確信していたらしく、すぐさま戦闘体制に入る。
 しかし男は振り返ると、薄っすら笑った。
「いや、君達と戦う気は、既にない」
「「「!!??」」」
 この男が、何を言っているのか、三人は分からなかった。
 この悪魔が本気を出せば、それこそこの三人など、まるで赤子の手を捻るかの如く、容易に殺せてしまえるであろう。
 しかし男はあえてそれをせず、薄っすらと笑うと、今度はセレナを見る。
「もう既に契約は切れているし、何より、セレナと言ったな」
「??」
 名を呼ばれ、一歩前に出るセレナ。
 すると、頭を片手で押さえ、溜息をつくフィード。

「君には驚いた。たかが人間とはいえ、悪魔さえも平気で騙す女に勝てる訳がなかろう?これで十年後があると思うと恐ろしくて適わぬ。フフ……」

 ――いや……それ、全く嬉しくない……
 額から冷たい汗を浮かべて唖然とするが、こんな認め方をされても、彼女には全然嬉しくない。むしろ悲しい思いまでしてくる。
「さて、私は魔界に帰るが……私はこの時を永遠に忘れない」
「!?」
 それを聞いた瞬間、
 セレナの脳裏に、嫌な予感が過ぎってきた。
「これから魔界中に伝えなければな、悪魔をも騙し得る人間の名を……たしかヒーロー、セレナと言ったな……覚えておこう」
「ちょっと、変な伝え方しないでよ?」
 苦笑して忠告はしたものの、そんな伝え方をしたら、彼女は魔界中の悪魔達から、一体どれ程の脅威として恐れられるであろう。
 しかし、それが逆にヒーローとしては気持ちがいい。
 やはり強力な悪に逆に恐れられてこそ、彼女の目指すヒーローなのだから。
「フフ……さらばだ、ヒーロー」
 薄っすらと笑みを浮かべ、闇の中へ消えるフィード。
 体は砂に変り、ノエルの風に吹かれて遠くへと舞っていく。
 その光景を見て、改めて勝利の余韻を味わうと、ほっと溜息をつくシィル。
「強かったですね……」
「うん」
 ティセの言葉に、彼女は強く頷いた。

 すると急に、そんなティセの体に衝撃が走る。
 突然セレナがタックルし、彼女に抱きついてきたからだ。
「ティセお姉ちゃん、ボク頑張ったよ!」
「セレナちゃん……」
 弱い声を出して彼女を見るティセ。
 すると彼女も、そんなティセを見て、じわりと目を潤ませる。
「……ごめんね。ボクがお姉ちゃんを守れてたら、こんなにお姉ちゃんが苦しむ事なかったのに……本当に、本当にごめんね!」
 そこでティセは、自分が一番大切な事を忘れていた事に気づいた。
 自分がいなくても皆が幸せになれるだなんて、嘘だった。
 自分はもう少しで、これほどまでに自分を慕い、こんな自分を好きでいてくれるこの少女を、不幸にしてしまう所だった。
 その間違いを正してくれたのは他でもない。自分の親友だ。
 その親友を人目見て、改めて笑みを取り戻すティセ。
「もういいんです。そんな事……」
 優しく頭を撫で、まるで天使のような笑みを浮かべるティセ。
 魔姫であっても、醜い穢れた存在であっても、この少女にとって自分はティセであり、同時に、姉でもある。
 そんな彼女の、この好意を無駄にすることは、ティセにはできなかった。
「でも……」
 しかしセレナにはそれが、逆にとても優しすぎた。
 彼女は自分の失敗でティセが捕まり、結局ティセに頼らなければ、悪魔を騙す事もできなく、そしてまた逃がしてしまった。
 それは偏に、彼女の作戦が上手く行かなかった事になる。
 それを、この女性は許そうと言うのだ。
 一つの失敗で、多くの悲しみを生むことを知っていたセレナには、そんなティセの優しさが時には痛く感じられた。
 しかし、彼女はこうも思っていた。
 これこそがティセだ。これこそが自分が慕う姉なのだ、と。
 そう思うと、自然と彼女の表情にも、本来の可愛らしい笑みが零れる。
 ヒーローから少女に変わった瞬間であった。
「ううん。じゃあ行こう。早く行かないとクラウドが負けちゃう!」
 ティセの腕を引っ張り急かすセレナ。
 後はクラウドだけだ、と言っているかのようであった。
「そうですね。シィル、行きましょう」
「うん」
 その姿を見て、セレナは安心した。
 これで皆して帰れる。これで誰も死なずに凱旋できると。

 これでクラウドが悲しむ心配はない、と。

 この時、セレナはこういったクラウドへの心配が、彼に対する好意だという事に、まだ知る由もなかっただろう。幼い時から戦場を駆け抜け、恋というものを知らずに育ったセレナからして、それは当然なのだが。
 あるいは、心のどこかで否定しているのかもしれない。
 そうなればこの二人が傷つくと、心の中で否定しているのかもしれない。
 複雑な心を持ったヒーローは、それを忘れる為に二人を急かし、牢獄を後にした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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