「……よかろう。俺の全闘気をもって貴様を地獄の奥深くへと誘ってくれる。なに、三途の川を渡る路銀など必要ない。いっそ針山まで飛ばしてやろう!!」
――うわぁ、すんっごく怒ってる。
白く輝く絶対零度の闘気の筈なのに、どこか怒りの炎が見えるのは何故だろうか。 そして二人(と声一つ)が思うのは、何故彼女に、三途の川とか針山とか、東洋の地獄についての知識があるのかだったが、そんな事を聞いて、変なとばっちりを受けるのは嫌なので、黙っておく事にした。 「ファナさん……めぇっちゃくちゃ怒ってるね」 「さぁ、何分で死ぬかな。あのグラムって闘士」 クラウドはもはや、これで彼女の勝ちは決まったと確信した。 それは、実際に彼女と拳を交え、更には実際に彼女に女と言って怒らせてしまったクラウドだからこそ、確信できる事だった。 「いいだろう氷の貴公子。この俺が貴様を地獄へと……?」 もはやこのような男の詭弁など聞いていられない。 そう言っているかのように、彼女は風のように姿を消し、次に現れたのはグラムの懐の中であった。 「この……」 「闘士に弁など不要と知れ!!」 踏み込んで放った彼女の右のアッパーがグラムの腹部を直撃する。 それによってバランスを崩したグラムを見て、彼女は畳み込むように下段、そして中段に続く蹴りの連撃を繰り出していく。 「ぐおお、中々やるではないか」 しかし先程のアッパーが全く効いていなかったのか、グラムはその後の彼女の攻撃を全て紙一重でかわしていった。 クラウドも思わず目を見張った。彼はこれまで彼女の攻撃を防ぎはしたものの、一度もよけられた試しがなかったからだ。 あまりにも早い攻撃を一瞬で見切ったその姿はさすが腐っても聖闘士。さすがは一国の闘士の軍団を纏めているだけの事はあった。 するとファナも打撃を諦めて間合いを開けると、銀色の闘気を体から発散させる。
「いくぞグラム……銀に輝く死の吹雪(シャイニング・ブリザード)!!!」
貯め無しの行き成り必殺技を繰り出すファナ。 突如踏み込んだファナの左手から発砲された吹雪は勢いを増すと、一直線にグラムに向かって突き進んでいく。 しかし、彼は何を思ったのか、にやけていた。 「氷も火も同じ事……俺の風の前には何も受け付けぬ!!」 その通りであった。 勢いを増して向かっていったファナの吹雪が、突如グラムを多い囲むオーラに阻まれ、そのまま消えてしまい、彼女の目が細まる。 「風で氷を弾く……か」 「いや、それだけじゃない」 レナの言葉に、クラウドは否定する。 その瞬間、グラムの闘気に異変が起こった。 「ハハハハ……風の闘気には、吸収という技がある」 「成る程。このノエルの大気を吸収して己の闘気に変えているのか……確かに風の吹かない世界など存在しない」 「ノエルの闘士が最強と呼ばれる由縁も頷ける……か」 クラウドとファナ、闘士二人は納得した。 ノエル闘士は風の加護を受け、こうして大気を吸収する事によって、より大きな力を得るのだという。一般的に、風の闘士の闘気だけが無貯蔵である理由がそれだ。 しかし二人はその話を聞くと、同時に薄っすらと笑みを浮かべた。 「!?」 一瞬、何を思ったのかグラムには分からなかったが、ファナは次の瞬間、更に己の闘気を上げて、もう一度左手を突き出した。
「死を呼ぶ氷の死神(デス・フローズン)!!!」
闘気が込められた左手から、巨大な氷の波動が発射され、それがグラム目掛けてその勢いを増していく。 それを見て、尚も高笑いを続けるグラムであった。 「ハハハハ、無駄だ!俺には大気を吸収して、闘気に変える能力があると、さっきも言ったし、見ただろ??」 「あぁ、そうだったな……」 そしてグラムが風のオーラでバリアを作ると、それを目掛けて、ファナの凍てつく波動が一気にぶつかってきた。 ――ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!! その瞬間、辺りの気温が大幅に下がり、まるで北国にいるみたいな気温になっていた。 そして次の瞬間、ファナは大声で後ろに向かって叫ぶ。 「クラウド、レナ!今すぐドアから外に出ろ!!」 「あ…あぁ……」 その言葉に頷くと、レナの腕を掴み、そのまま部屋の外に出て行くクラウド。 そしてまた次の瞬間、 「おい、何するんだよ!!どうするんだ??」 クラウドが驚き、ファナに向かって叫ぶ理由は一つだ。 二人が外に出て行った瞬間、入り口が凍てつく氷によって塞がれてしまい、ファナとグラムが密室に閉じ込められてしまう形になってしまった。 見れば、グラムの後ろにある入り口も、凍ってしまっていて入れない状態になってしまっている。 「……あいつ、まさか……」 クラウドがそんな事を呟いていると、グラムは徐々に高笑いを止めていく。 「何を……貴様は一体何をしている!!!???」 彼にはファナのやっている事の意味が分からなかった。 自らの闘気で入り口と出口を凍らせ密室を作ったり、効かないと分かっているのにも関わらず必殺技を繰り出すファナの行動が、この時まだ理解できなかった。 すると、そんなグラムを見て、薄っすらと余裕の笑みを浮かべているのは、黄色いアーミールックに身を包んだ氷の貴公子であった。 「分からぬか?辺りの大気がどうなっているかを……」 「!!?」 そこでグラムは、ようやく自分の現状、そして辺りの状況を理解した。 「大気が……凍りついている?」 そこは、思わず息まで凍ってしまいそうな場所に変っていた。 大気を吸収して、それを自分の力に変える風の闘士でも、凍ってしまっていたり燃えていたりと、科学融合、分解された大気は吸収できないという弱点がある。 「ここの大気を全て凍らせてしまえば、吸収はできなくなる」 「なっ……止めろ!そんな事をしたら、密室ごと、貴様も俺も氷付けにされるぞ!!?」 それは、ある意味自殺行為だ。 すると、氷付けのドアを叩きながら、叫ぶクラウドがいた。 「馬鹿野郎!!そんな事したらお前まで……!!!」 ファナはそんな彼の姿を見て一瞬だけ止まりながらも、すぐにまた彼に向かって、いつもの笑みを返す。
「安心しろ。イドリーシアの息止め大会で、最高記録五分二十秒を叩き出している」
つまり、この大気全てを凍らせてから五分二十秒。否、大気を全て凍らせる前に息を吸い込むのなら多くて五分。 その少ない時間で彼女は、このグラムという闘士を倒そうとしているのだ。 それを理解したグラムの闘気が更に膨れ上がり、目は細くなる。 「おのれ貴公子が……五分で俺を倒すだと……」 「無理だ!!あいつはノエルの……」 そう言おうとしたクラウドの声を阻み、尚も口を開く。 「当然だ。こいつは弱いのだからな」 「「「!!?」」」 それは闘士でもないレナにとっても驚愕だろう。 しかしファナは尚も続ける。 「お前など、本来クラウドで充分だったのだがな……」 「何!!?」 その声に怒号したのはグラム。 「馬鹿にするなよ。俺は世界最強の闘士、グラムだ!!貴様やそのガキとよもや一緒くたにされるとは……なんたる侮辱!!」 そして怒りに満ちた彼のオーラが、更に膨れ上がる。 彼女は彼の、もっとも気高いプライドに傷を負わせたのだ。 すると、徐々に彼や彼女の周りが凍り付いていく。 ファナの闘術によって、辺りの大気が徐々に凍り付いてきたのだ。 「いいだろう、五分の間に俺を殺してみろ。でなければ俺が貴様を殺す!!!」 「お前など五分でも多いくらいだ……」 そして二人が大きく息を吸い込み、ファナの左手から凍てつく波動が消えた瞬間、 密室は完全に凍り付き、そこはただの氷の塊になっていた。 「ファ……ナ……」 クラウドはあまりの事に驚愕し、膝から崩れ落ちる。 「ファナさん……」 「畜生……」 そんな彼の呟きに振り向くレナは一瞬驚愕した。 なんとクラウドの闘気が徐々に膨れ上がり、先程ファナが作った氷を溶かそうとしているのだから。 「駄目よ。ファナさんの作戦を崩すつもり!!?」 その腕を掴むレナ。しかし今度はそれにクラウドが驚愕する。 慌てて右手から炎を消す。そうしないと、右手を掴んでいるレナまで、業火で焼き殺してしまうからだ。 「!!?やめろ!!炎が……」 「止めない。クラウドは今、ファナさんの頑張りを無駄にするつもりだもん」 「けど……」 左手に炎を貯めたまま俯くクラウド。 しかし、彼の右手をそっと触り、レナはふっと笑う。 「ファナさんは強いんでしょ、貴方よりもずっと?」 「……」 その言葉に、悔しいながらも頷くクラウド。 当たり前だ。彼と違い、彼女は幼少からイドリーシアで訓練を受け、しかも才能豊かな天才なのだ。元々の闘気の許容量も違えば、経験量すら違う。 どちらが強いかは、見た目だけでなくとも分かってしまう。 しかし、それを見ていたレナの口が開く。 「貴方だって強いわ。けどファナさんは、貴方に強いと言わせる程なんでしょ?だったら貴方が彼女を信じてあげなきゃ」 「ファナを……信じる……?」 その言葉に、彼女は頷く。 「ファナさんは負けないって、私達が信じるの。絶対あのグラムって闘士を倒して、一緒にヨガンドルフを倒しに行くって……」 「……」 そこでクラウドの顔が上がった。 彼にとってファナはライバルであり、一度勝てたとはいえ、自分なんかより遥かに強い闘士であった。それが負けるなんて有り得ない。 すると、そんな密室の奥で、動いたのはグラムであった。 バキバキバキバキ…… 辺りの氷を崩しながら突き進む彼を見て、ファナはニヤリを笑みを返す。 『死ねぇぇぇぇぇ!!!雷龍恕豪拳!!!』 そしてナックルグローブを突き出すと、そこから巨大な龍が飛び出し、雷を放ちながらファナ目掛けて突き進んでいく。 それを見て、彼女はただ笑って左手を突き出す。 『銀に輝く死の吹雪(シャイニング・ブリザード)!!!』 それを聞いて、今度はグラムが笑い出した。 『無駄だ。シャイニングブリザードは効かぬ、雷龍の敵ではない!!!』 叫び、尚も龍の勢いを強めるグラム。 しかし次の瞬間、 『何!!?』 彼は驚愕した。 突如雷龍が、吹雪とぶつかった瞬間、まるで霜になって落ちていくかのように、バラバラに崩れ落ちたのだから。 『驚いた。まさか雷の属性まで持っていたとは……だが、俺の作った凍れる世界の前には通用しなかったようだな……』 そしてそんな彼を見て、ふと笑みを返すのは氷の貴公子、否、まさに氷の女王モードになってしまっているファナであった。
『まさか……フィールド……しまったぁぁ!!』 そこでグラムは、ようやく自分の犯した失態に気がついてしまった。
一般的に、闘気には其々属性がある。 ならば、例えば寒い国なら氷が、鉱山地帯なら大地がと、属性には其々に合う、合わないフィールドという物も存在する。 何故ファナが、いちいち密室自体を氷付けにしなければならなかったか。 この事に気が付いてしまったグラムは、顔が蒼白になりだした。 ずっと、大気を吸収できなくする為だけかと思っていたらしい。
すると、それまで外で見ていたクラウドが突如呟く。 「成る程、奴が大気を吸収しようがしなかろうが、ファナにとっては些細な事だった」 「え、それってどう言う事?」 するとレナに向かって、笑みを返すクラウド。 「つまり、ファナはこうする事によって、自分に最も有利な、『氷のフィールド』を作る事に成功したんだ」 「つまり、ファナさんに今有利って事?」 「その通り!!」 満面の笑みをレナに向け、そしてファナを見てほっと安堵の息を漏らすクラウド。 それを見て、やっぱりファナ相手でも彼は変らないと思ってしまうレナであった。 そうこうしているうちに、グラムとファナの戦いに決着が着きそうであった。 『くそっ……なんて事だ……』 『惜しかったな……ここでは小さな技も大技に変る。なにせ俺にとって、最も有利なフィールドを作ったのだからな……』 蹲るグラムの前に立ち、綺麗な笑みを浮かべて彼を見下ろすファナ。 互いに残っている闘気の差はもはや歴然。 当然だ。ファナはここでは無敵状態。フィールドから無制限に闘気を供給できる。対してグラムが吸収できる風はもはやない。 彼の負けはもはや、決まったも同然であった。 『ばかな……そんな……』 どうやらグラムは、このファナという女性を、少しばかり侮っていたのかもしれない。 冷酷非情な殺戮魔人という他に、彼女が女だという事を聞き、彼は彼女が女である事が弱点があると踏んでいたのかもしれない。 または、彼はただ単に、女というだけで見くびっていたのだろう。 しかし、今となってはその後悔も既に遅い。こうしている間にも、彼の体は足から徐々に凍りつき、もうじき完全に凍り付いてしまう。 そして自分の最後を想像してしまったのか、グラムの顔が恐怖に歪む。 反対に、彼女の表情は勝ち誇ったいつもの笑みであった。
右手で髪を触りながら、そっと呟く。 『さて、お前は俺に何度「女」と呼んだか覚えているか?』
『なっ……??』 ファナという女性はイドリーシアの軍人である。故に女扱いを非情に嫌う。 女と呼ばれる事を嫌悪している事は大陸ではとても有名だった筈だ。 グラムとて、そこまでは知っていた。 しかし、まさかここまで彼女の怒りに触れる事など、彼は到底知らなかったようだ。無理もない。彼はファナと戦うのは、これが初めてだったのだから。 相手をよく知らずに戦いを挑んだ、彼の負けである。 『たしか五度だったな……では五度ほど死んでもらおう』 『待て……ちょっと待ってくれ!!!』 グラムは叫んだ。完全なる命乞いだろう。 しかし、それで彼女が許すならば、ここまでしない。 徐々にファナの闘気が上がり、左手に集中する。
『凍え死ね……死を呼ぶ氷の死神(デス・フローズン)!!!』
そう叫んで左手を突き出した瞬間、左手から先程とは打って変わった、凄まじい氷の波動が発射され、グラムを一瞬で包み込んだ。 『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!』 そして最強の闘士、グラムの体を、足から頭まで、細胞単位のレベルまで凍らせ、一瞬で氷付けのグラムを作り上げた。 次の瞬間、それまで部屋を囲っていた氷が一気に溶け徐々に入り口の氷も、密室の凍った大気も、溶けて元に戻っていく。 しかし、氷付けにされたグラムだけはそこに残っていた。 そしてファナが指を軽く鳴らすと、その氷の塊は砕け散り、そこでグラムという闘士は本当に絶命した。 それを確認すると、ニヤリと笑う氷の貴公子。 「ふん。たった二分で終わりか……これで世界最強の闘士とは、笑わせてくれる」 「スゲエ……やっぱ凄えやあいつ……」 「本当……これが闘士なんだ……」 あまりの凄さに、いつしか部屋の中に入ったクラウドとレナも、驚きの声を上げながらファナに近づいていく。 無理もない。世界最強の闘士と噂された風のグラムを、いくら氷の貴公子とはいえ、これほどまで圧倒的に打ち崩したのだから。
すると次の瞬間だった。 バタン…… 「!?ファナ!!?」 彼はまた驚愕した。 何故なら、ほぼ完全勝利に終わった筈のファナが、突然倒れたからだ。 クラウドが急いで駆け寄り、彼女を抱きかかえるが、彼女は息が荒く、大量の汗を流している。 「くそ……やはり体には限界があったか……」 自分のフィールドであるからと言っても、ファナは人間であり、人間が最高温、最低温の場所にいるには、やはり体の細胞に限界が生じる。 いくらファナにとって得意な氷のフィールドであったとしても、人間の体が絶対零度のフィールドに耐えるには、幾分かの体の異常は免れないのだ。 「お前……」 「フン……言っておくが、別にお前の為にやった事じゃない。俺の理想に近づく為には、これしきの事では崩れない、強靭な体を要求する」 「ファナ……」 「だから、それに近づく為にこうしただけだ」 そっぽを向き、無理やり起き上がろうとするが、今のファナではクラウドに抱きかかえられていられるのがやっとの状態だった。 「さて、行け。ヨガンドルフを倒してこい」 「……」 「お前なら、きっと倒せる。レナは俺に任せて、お前は行け」 クラウドは少し心配だった。 今のファナにはレナを守れる力はないかもしれない。 しかし今の自分でも、果たしてヨガンドルフと戦いながら、姉であるレナを守れるかどうかさえも危ういのだ。 ここはファナに任せて、一人でヨガンドルフを倒す。 今の彼にはそれが最善の策なのだろう。 「……あぁ。待ってろよファナ」 そう言って笑みで返すと、ファナは少し顔を赤く染めながら目を閉じる。 「ふん。お前を倒せるのはこの俺だけだ。あんな魔術師に負けたら、地獄まで追いかけてでも貴様を殺すからな……覚悟しておけ」 つまり、死ぬなと彼女は言っているのだ。 ならばこいつのライバルを張る以上、それに答えなければ。 クラウドは立ち上がると、そのまま出口まで走り出し、そのまま奥へと姿を消した。 彼がいなくなったのを確認し、ふとファナの顔に笑みが戻る。 「全く……誰かのお人好しが……こんな所で感染するとは……」 レナはそれを見て、クスッと笑ってしまった。 彼女は軍人であるが、人間だ。 ちゃんと慈悲を持っていて、暖かい普通の人間なのだ。 「……有難う」 そう呟くと、目を丸くしながら、顔を仄かに赤く染めるファナ。 「貴様の為ではない。俺は自分の……」 「はいはい」 目を細めて慌てて否定するファナを見て、笑顔で返すレナ。 「全部クラウドの為、なんでしょ?」 「!!?」 すると細かった目をぎょっと丸くし、更に耳まで真っ赤にするファナ。 それを見て、レナには分かってしまった。 彼女もまた、クラウドが好きなんだ。 自分を助けたのも、クラウドが悲しむ姿を見たくないから。 そう思えば、可愛いものである。 ――へぇ?そうだったんだ…… ファナにしか聞こえない声の主までもが彼女をからかい、彼女は顔を茹蛸のように赤らめながらそっぽを向いた。
「弟をよろしくね、ファナさん」 「……ふん」 ――よろしくね、ファナさん!
一人と一声にそう言われてしまい、返す言葉が見当たらないファナであった。
|
|