彼はこのファナという女性が、本当に凄い人だと言う事を改めて理解した。
何処までも強く、凛々しく、それでいて美しい。
つい憎まれ口を叩いてしまうが、彼女は本当なら、それこそどこかの国のお姫様なのだろうかと思ってしまう程の、完璧な容姿をも持っていた。 そしてその女と言われる怒るとかケンカ上等とかの性格も、彼は充分承知していた。
「承知はしていたのだが……」
目の前の光景を見て、思わず溜息が零れてしまうクラウドだった。
「納得できないのは何故だ?」 「これ、戦いじゃなくて大量虐殺……?」 「まぁ、他国から見ればあいつは、冷酷非情の殺人女王で通っているからな。しかしいくら魔族相手でも、まさかここまでやるとは……」 クラウドからそんな言葉が出てしまう程、その光景は凄まじかった。
「ほらほら、どうした?来ないならこちらから行くぞ?」 まるで新しい玩具で遊んでいる子供のように、なんとも楽しそうな笑みを零しながら前進していくファナ。その周りの空気は絶対零度に覆われていて、かなり離れている筈のクラウドとレナでさえも、寒気を感じる位であった。 「銀に輝く死の吹雪(シャイニング・ブリザード)!!」 そしてファナが左手を突き出すと、その絶対零度のオーラが衝撃波に変り、数十といる魔族を一瞬で多い囲み、あっという間に氷付けにしてしまった。 さながらこの空間だけ、北極という感じであった。
「よくもまぁ、ここまでやる」 クラウドは呆れているが、同時に、ファナと二度に渡って戦闘しているからこそ理解せざるを得ない。 何しろ彼女はあれで、未だに力の半分も出していない。彼女にとって、魔族だろうと闘士だろうと、認めた相手にしか本気で掛からない。 否、多少手加減した所で、この程度の魔族相手になら勝ててしまうのだ。 さすがはイドリーシアの英雄。極寒の吹雪で相手を一瞬で死に追いやる事に関しては、彼女の右に出る者はいない。 すると、こちらはこちらで灼熱地獄をお見舞いするクラウド。 「燃え盛る炎の鉄槌(バニシング・ハンマー)!!」 クラウドの炎が吹き荒れ、敵を一掃していく。 といっても、大抵の敵はファナがやってくれているので、クラウドはただ自分と、レナの周りにいる魔族だけを相手にすれば良く、それだからなのか、ほとんど闘術は使わず、体術が殆どだ。現に今のバニシングハンマーも、レナの周りに五体のオーガが一斉に掛かってきたから放っただけに過ぎない。 そんなクラウドが見る先には、これまで以上に楽しそうな笑みを浮かべながら、魔族の軍団をたった一人で殲滅しているライバルの姿があった。
「ほらどうしたヨガンドルフ、貴様はそれでも元ロンド国務長官だろう?だったら隠れていないで出てくるんだな!!」 ――うわぁ……ノリノリだね…… 「当然」 どこからともなく、しかもファナにしか聞こえない声と対話しつつ、数十の魔族を一瞬で相手にし、尚且つ殲滅していく。それはまさに滅殺の貴公子。 敵だった時は物凄く厄介な怪物だと思っていたが、今だけとはいえ、味方になればこれだけ頼りになる相棒はいないであろう。 一歩ずつ前進しながら、着実に数十もの魔族を殲滅していくファナを見て、クラウドはファナが味方で良かったと心底思っていた。 ――まるで巨大大砲か特殊戦車だ…… 心の中でそんな事を思いながら、一歩ずつ歩くファナの後ろで、レナを庇いながら歩いていくクラウド。
「クラウド、私達はこれでいいわけ?」 ふと、突然にレナの声が聞こえる。 「あぁ。俺達が暴れていれば、魔族や手下の目がこちらに向く。そうなれば嫌でも裏口や牢屋の警備が薄くなる」 そう言って先を急ごうとすると、突然レナの暖かい手がクラウドの腕を掴む。 振り返ると、そこには不安そうな表情を浮かべるレナがいた。 「フィードって奴は、どうするの?」 それは恐らくヨガンドルフの所にいるだろう、中級悪魔だ。 今も囚われている大切な人ティセが全力を出して勝てなかった悪魔。その圧倒的な強さを彼等は直接見た訳ではないが、恐らくはここにいる誰よりも強いのだろう。 「心配ない。中級悪魔だろうがなんだろうが、俺とファナなら……」 「違う。私が言っているのは……」 そんな彼女の言葉を遮るかのように、ふとクラウドが呟く。
「……シィルの聖典じゃないと、奴を倒せないかもしれない」 「!!?」
それを聞いた瞬間、 レナは頭上から落雷を落とされた思いであった。 「……ちょっと、今すぐ行くよ!」 そして彼女は行き成りクラウドの腕を掴むと、元来た道を戻ろうとしていた。 あまりの彼女の行動に、クラウドは彼女の引っ張る腕を逆に引っ張り、彼女の動きを止めると、疑問に満ちた顔になった。 「行くってどこへ?」 「決まっているでしょ、シィルの所よ!ここはファナさん一人でも平気じゃない!!」 それは当然だ。 クラウドがここにいる理由は、もしも魔族の数がファナでは足りない位多かった時のおまけや、レナを守る為と二つ位しかない。 ましてファナ一人で充分魔族を圧倒できているのだから、彼の今ここにいなければならないという理由は存在しない。 「シィルは聖典しか使えないんでしょ?もし聖典でも倒せなかったらあの子は死ぬのよ?あなたの恋人でしょ、心配じゃないの!?」 目を潤ませながら捲くし立てるレナに、クラウドはまっすぐ見つめながら俯いた。
「心配に決まってる」
クラウドもまた心配なのだ。 シィルはたしかに光の魔術には長けていても、それは回復や補助程度しか使えず、頼みの聖典も発砲回数が限定されている。 もしもフィードという悪魔を聖典の力の全てを使っても倒せなかった場合、シィルがもう一度クラウドに会える可能性は、恐らく皆無であろう。 「なら……」 しかし彼は顔を上げて、しっかりとレナを見ながら口を開く。 「でも、シィルが自分で決めた事なら、俺には何も言えない。それに、ティセさんでも勝てなかった相手なら、もしかしたら、俺やファナでも無理なのかもしれない」 魔姫として、不完全とはいえ力を出し切って、それでも倒せなかったのならば、所詮クラウドやファナの様な「人間」には「悪魔」を倒す事は不可能なのだ。 そんな悪魔を倒すには、元々悪魔祓いに精通している聖堂教会で聖女と呼ばれ、聖典ロンギヌスを扱うシィルしかいない。 「そんな……」 愕然するレナ。 とはいえ、彼女も心のどこかで理解していたのかもしれない。 シィルでなければあの悪魔を倒すのは不可能だ、と。 だからこそファナの今回の作戦に、何の文句も言えなかったのだろう。 「だからシィルが自分からティセさんを助ける方に行くって言ったのなら、俺がそれに反対する権利はない。むしろ行かせてやるべきだ」 「……」 そう話すクラウドを見ながら、ただ黙るレナ。 すると、彼はふと笑って彼女を見る。 「それに、絶対死なない」 それは、恋人に対する絶対の信頼を込めた笑みであった。 「死なせない。あいつが俺とティセさんを残して死ぬなんて、有り得ない」 彼女は彼にいつも言っていたのだ。自分が死ぬときはクラウドが死ぬときだと。 ならば自分を置いて一人天国に向かうような女ではない。 「クラウド……」 彼はやはり何も変っていない。 朴念仁で、けど精一杯の優しさを見せてくれる、頼もしい人。 大好きな人を本気で信頼し、その人を理解している。
「それに、セレナがいるからな」 「そっか、セレナちゃんもいるもんね」
そこでレナはやっと笑った。 セレナが言っていた筈だ、自分はヒーローだ、と。 ならば、そんな小さなヒーローを信じて、任せてみるのもいいのかもしれない。 クラウドから見れば、彼女はファナの弟子みたいなもの。自分よりも戦闘の経験はある筈なので、自分よりも良い作戦を用いるに違いない。 そう思って話を収拾すると、突然溜息が聞こえ、二人同時その先に振り向く。 するとそこには、呆れ顔で二人を見ているが、その反面、どこかほっとしている感じのファナがいて、二人は顔が思わず赤くなってしまった。 「話が終わったなら行くぞ。まだまだ先は長いからな」 振り返りながら、クラウドに見えないようにほのかに笑って歩き出すファナ。 彼女はレナの過去を見てしまっていた。 クラウドが彼女を嫌っていた理由も、レナとクラウドが似ていない理由も、幻覚を一緒に見た彼女は知ってしまっていた。 だから、クラウドとレナがこうして仲良くしている所を見て、内心嬉しい反面、どこか羨ましくもある、複雑な気持ちのファナなのであった。 「よし!レナ、行くぞ」 「うん」 姉弟仲良く、二人は一緒に歩き出す。 そして綺麗な細長い足を使って扉を蹴り倒すファナ。 ズガァァァァァァァァァン…… 「普通にやれんのか……」 そう思って前を見ると、クラウドは瞬間、閉口した。
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