朝日が昇り始め、これからの新たな一日の幕開けを祝うかのように、先程まで暗かった緑の草原がぱぁっと明るくなる。 そしてその草原の奥に、岩山に隠れた洞窟があった。 「着いたわね」 レナの声と共に、其々の闘志の炎が燃え上がる。 「待っててね、ティセお姉ちゃん」 「よっしゃーーーー!!!!行くぜーーーー!!!」 拳を掲げて叫ぶクラウド。 しかしその声は凄く大きかったらしく、ファナは耳を塞いで呆れていた。 「待てクラウド、作戦はあくまで奇襲だ」 「はい?」 彼が振り向くと、そこにはまだ耳がキーンとしているのか、呆れて溜息をつきながらファナが口を開く。 「いいか?お前は犠牲を作りたくないのだろう?ティセリアも救ってレナも救って、尚且つヨガンドルフを倒して更に全員生き残る。これがお前の望みなんだろ?」 「当たり前だ。それ以外にあるか!」 大きく頷き、怒号する。 すると、ファナは煩いと怒るかと思ったら逆に笑い出した。 「だったら作戦を忠実に実行しろ。一人でも個人行動をすれば、その時点でどちらかの命が危険になると思え。シィルも、いいな?」 そう言ってシィルの方に顔を向けると、彼女は黙って彼女の言葉に頷いた。 セレナとレナもそれに倣って頷くと、ファナはまた前を向く。 「あの」 「……何だ?」 さて歩き出そうと言うときにレナに呼ばれ、ファナはまた振り返る。 「私はどうすれば?」 「そうだな。取りあえずは俺とクラウドの組に入っていろ」 するとレナと一緒に他の面々も頷き、ファナが前に出て振り返る。 「まず俺とクラウドであらかた敵を倒し、シィルとセレナの二人でティセを奪還しろ。あくまでティセの奪還であって、フィードと戦う事はない」 「でも、何時か戦うかもしれない」 シィルの言葉も一理あるが、ファナは続ける。 「その時はその時だ。止むを得ない場合以外は戦うな。あくまでティセを奪還し、俺とクラウドでヨガンドルフを倒せばいいのだからな」 あくまで彼女の意図はヨガンドルフを倒し、ティセを助ければいいのだという。 中級とはいえ悪魔は悪魔。契約している人間が倒されればそれ以上何もする事はできなくなる。所詮彼が召喚したのであって、召喚者がいなければ悪魔はこの世界に住む事はできず、魔界に送り返されてしまうのだ。 ならば要はヨガンドルフさえ倒してしまえば、フィードとは戦わずとも勝手に消えてしまうので、ティセを助けたら二人はすぐに逃げればいい。 「だね。ならボク達はすぐにここに戻ると」 「そうだ。シィルもそれでいいな?」 すると、呼ばれたシィルは軽く頷き、今度はクラウドの方を見る。 「クラウド、気を付けてね」 「任せろ。お前も、気を付けろよ」 「……うん」 彼の言葉に頷くと、顔を真っ赤にして俯くシィル。 心なしか、頭から湯気が沸いているのは気の責か。 すると、突然横から三つの溜息が聞こえ、思わず振り返る。 「何だよ……」 すると三人共クラウドとシィルを見て、更に呆れる。 「別に〜〜」 「まぁ、終わったなら行くぞ」 「だね。そうしよう」 するとファナはレナを連れて、セレナはまだ顔が真っ赤に茹で上がっているシィルを連れて洞窟の中に入っていく。 「ちょっと待て、どういう事だ!!!」 一人残されたクラウドは一瞬ぼおっとすると、すぐにファナを追いかけていった。 「ところで、あいつらはどうするんだ?」 先を急いでいたファナとレナに追いつくと、遠くに離れたシィルとセレナを指差した。 すると、彼女はクスリと笑って口を開く。 「あそこには奴等のアジトの入り口がもう一つある。もしくは非常用の出口だろうな。いずれにしろ、警備は薄いから楽に内部に侵入できる」 となれば、そこからティセを連れて逃げ出せるという訳だ。 「俺等は?」 「そうだな。俺が適当に暴れているから、お前はレナでも守っていろ」 要はファナが一通り暴れている内に、向こうに行った二人がティセを救出して、後はヨガンドルフを倒せば終了だというのだ。 クラウドは、何時の間にか凄い計画を立てていたファナにそっと笑いかけると、普通に口を開く。
「お前、凄いな。さすが英雄だ」 「なっ……」
ファナは呆気に取られた。 自分のライバルだと思っていた男に、逆に誉められるなんて、彼女には思ってさえいなかったであろう。 顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、苦笑いになるファナ。 「……ま、まぁこの位、イドリーシアでは当たり前だ」 ――嘘だぁ。嬉しいくせして強がっちゃって…… 「うるさい、黙れ!!」 つい放ってしまった怒号に、今度はクラウドが呆気に取られた。 何故なら、ファナが誰も話していないのに、急に黙れと怒号を、それも誰もいない所に向けて放ったからだ。 すぐに正気を取り戻し、半目で睨む二人を見て、冷や汗を垂らすファナ。 「いや、何……蝿が煩かったものでな……」 必至に弁解しているのが見え見えであるが、敢えて彼等は黙っていた。 こういう時は、黙っている方が優しさなのだという。 すると、一つ咳払いをして、また歩き出す。 「じゃあ、行きますか」 「だね。私は二人の背中に隠れています」 「そうしろ」 そして三人は洞窟の中に入る。 それを確認すると、片目に眼帯を付けた悪魔は薄っすらと笑っていた。
中は少し明るく、それでも奥は見えない。 ランプの灯りは20メートル毎に一つずつ設置され、松明を付ける必要はなかった。 「それにしても、誰もいないね」 セレナは小さな声で言っているのだが、音響はかなり良いらしく、かなり広範囲までに響いて聞こえる。 「……警備は薄い。これならティセを救える」 「だね。ボク達の戦闘能力はあまり無いから……」 今度は囁くような声で言い合うが、それでも響きが強くて普通に聞こえる。 セレナは、自分の戦闘能力では、フィードに勝てないという事を理解しているし、シィルもシィルで聖典の力は有限であり、慎重に使わなければならず、二人共フィードと戦うには少し無理がある。 だから何としても悪魔に知られる事のないように、ティセを奪還せねばならない。 するとシィルは聖典を持ち、何時でも戦闘準備に入れるようにする。 「駄目」 「……え?」 突然聞こえるセレナの静止の声に、振り向いて首を傾げるシィル。 「どうして?」 黙っていればクールビューティーなのに、いちいち行動が可愛らしく、つい憎たらしく思ってしまうが、セレナは耐えてシィルの鼻先に指差す。 「シィルの聖典は回数が限られてるんだから、もしフィードって悪魔と出会った際の為に補充しておかなきゃ」 それもそうだ、と思ったのか、セレナの言葉に、彼女は聖典を外しポケットに入れる。 ファナは戦うなと硬く言っていたが、もしもフィードと出会った際、セレナとティセだけで倒せる相手ではない。先日も、実際負けた経験がある。 だからもしもの時の為に、シィルの聖典ロンギヌスの力が必要になるかもしれない。 「ティセお姉ちゃんは傷ついているかもしれないし、ボクはただの半人前の闘士。だからシィルだけが頼りなんだよ」 無垢な瞳をまっすぐ向けているシィルの両肩を掴み、彼女の目を見るセレナ。 実はセレナには一つ、思う事がある。
もしかしたら、シィルのロンギヌスなら、あの悪魔を倒せるのではないだろうか、と。
彼女によると、彼女の聖典には聖なる力が宿っており。味方の傷を癒す他に、魔の気をその力で浄化し、払う力を持っている。もしフィードを完全に倒す為には、彼女の聖典の力がどうしても必要不可欠なのだ。 しかしそうなると、この先聖典の力しかない彼女には期待できない。 シィルはあくまで聖典と光の魔術が使えるだけの、ごく普通の女の子なのだから。 だから、その時までは自分が頑張らなければならないのだ。 自分にはクラウドやファナの様な、常人を遥かに超えた闘気はない。だから彼らのように力技で押し通せはできない。 だから自分は逆に、小回りして知恵を絞り、丹念に知略を練って、敵を完全に追い詰める戦い方をしようと、心に決めていた。 それこそが、自分の戦い方であり、自分の、闘士としてではなく、ヒーローとしての戦いなのだから。 すると、セレナは薄っすら笑い、人差し指を一本出す。 「……そこで、ボクに一つ作戦があるんだけど」 「??」 首を傾げるシィルに、セレナは彼女の耳元でそっと囁いた。
|
|