私はいつも聞かされていた言葉がある。
「お前には魔王の、薄汚れた悪魔の血が流れているんだ」 「薄汚い悪魔め、この村からいなくなれ!!」
生まれた時からこのように言われ、私はとても悲しかった。 そして母親に聞かされていた言葉がある。
「お前なんて生まなければよかったよ!!」
そして執拗に繰り返された暴力。 思えば、自分の容姿が良くないのはこの親達に暴力を受けていたからであろう。 私の体には傷が無い日がなかった。 しかし自分は、わずか五つで親達を殺された。 村の人達に言わせれば、呪われた悪魔の子供を生んだのは母親なのだから、その母親が責任を持って死ななければならないそうだ。 そしてその後、死に底なった母が言っていた言葉があった。
「お前の母親は魔王と一緒に死んだよ。お前みたいな薄汚れた、化け物を愛してくれている人間なんて、この世界には初めからいなかったのさ」
未だにあの女が自分をどうして育てていたのかは分からなかったが、とにかくこれで私の苦悩は終わると、その時の自分は思っていた。 なんて馬鹿なのだろう。この体の中に穢れた悪魔の血が混じっている限り、どこに行っても自分の居場所などないというのに。 だから、
「……ティセは穢れてなんていない。とても可愛い女の子」 「ティセさん、俺も貴方を守りたい」
このような事を言われたのは、生まれて初めてだった。
その前まではこんな事、日常茶飯事だった。 昔はいつもこんな扱いだったような気がする。 思えば親なんていなく、育ての母からは執拗な扱いを受け、そして充てもない旅をしたりシィルと出会って一緒に旅をしては命を狙われていた毎日。 何も変らない。 ただ、今の毎日が幸せすぎるだけなのだ。 自分には大切な友達がいる。そして自分を大切に思ってくれている人がいる。 栗色の巻き毛の少女ティセは、そんな事を考えていた。 「……」 ただ黙ったまま、自分が閉じ込められている牢獄を見る。 壁は薄汚く、コケが生い茂っていて、前の囚人が書いたのだろう。これでもかという程の罵詈雑言が書かれてあり、思わず目を背けてしまう。 手は鎖で繋がれており、身動きすらできない。 彼女は溜息をついた。 「クラウドさん……お願いです。来ないでください」 彼女はそう言って目を閉じる。 こんな自分なんかの為に、それこそ自分の命よりも大切な彼が、危険な目に会うかと思うと、自然と涙が零れてしまう。 「……」 ふと、彼にされた事を思い出すティセ。
血に汚れた自分の手を触り、綺麗な白い肌だと言ってくれた事…… こんな異端な存在である自分を、守ってやると言ってくれた事…… シィルと付き合っていても尚、自分を見捨てないでいてくれる事……
そのどれもがクラウドの優しさであり、また彼女もそんな彼の優しさが嬉しい反面、どこか怖くもあった。 いつか彼に捨てられた時、自分は一体どうすればいいのだろう。 そんな考えが浮かんでしまった事もあった。 優しくて、自分を慕ってくれるシィルやクラウドに、なんと詫びればいいのか。 彼に恋をしてしまった事で親友、シィルを裏切る事になる。そしてこうして捕まった事によって、今もまた彼にまで迷惑をかけてしまっている。 自分の大切な人が傷つかなければ、満足に力も出せない、いわば役立たず。 彼女はそうやって一通り自己嫌悪をすると、また牢屋を見る。 鉄格子は硬く、恐らく彼女の持てる全ての力を出しても壊れないであろう。 その前に彼女の両手を縛っている鎖には強力な闇の力があり、その力が彼女の魔姫の力をも凌いでいる責か、彼女は鎖を破ることはできなかった。 「……」 本当はこのままでいるべきなのだ。 このままクラウドが来てくれなければ、自分はフィードという中級悪魔に魂を奪われ、レナに迷惑掛ける事はないのだ。 しかし今の彼女の思いは、クラウドに来てほしくない反面、今すぐここに来て自分を助けてほしいという願いだった。 ――なんて身勝手…… ふと、彼女の目から、大粒の涙が零れる。 自分は全てが汚く、醜い。 だからこんな自分に、綺麗という言葉を使ってくれたクラウドが愛しくてたまらなかった。 しかし彼が見ているのはシィルであって、自分ではない。 「かといって、諦めきれない……」 溜息を一つ零し、高い窓から空を見上げる。 もうじき、朝が来る。 この朝は自分をあざ笑っているのだろうか、燦燦とこれからの新しい一日の始まりを告げるかのように爽やかに照りついている。 それすら、ティセの心を明るくさせることはできなかった。
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