その頃、時刻は四時になり、時計を見て溜息をつくセレナ。 「遅いよあいつ〜〜!!」 「ティセも遅い」 「本当……なにかあったのかしら」 二名ほど心配し、一名は一応心配しているものの、二人と違い、クラウドが遅いという事に対して、少し怒りを露にしていたりする。
すると、突然としてシィルの眉が細まった。 しかしレナはまだシィルに会うのは初めてなので、彼女のこういった表情が、いわゆる敵が現れた時の戦う表情だという事を知らなかった。 「シィル、どのくらいいる?」 ちなみにセレナは、クラウドやティセから指導を受けていて、シィルの表情が何を意味しているのか、なんとなく分かる。 まぁ、シィルは元から無表情で、眉の動きや口元など、微妙な変化しかしない為、クラウドでも解読が困難な時もあるのだが。 「この感じ……『悪魔』がいる」 「うそ…悪魔!?」 シィルの言葉でセレナは愕然としてしまった。そして同時に我が耳を疑い、それからがっくりと肩を落とした。
悪魔。それはただのモンスターとは違う。 一般的にモンスター、魔族と違い、悪魔は広大な知識を用いて強力な魔法を使う者と、強靭な肉体を持つ攻撃型の者の二つがある。 魔法を使う悪魔と違い、たいてい攻撃型の悪魔は、軍を用いて人間を襲う者と、一匹狼のように個人行動する者と二種類だけだ。 なので、人間に力を貸すだなんて事は有り得ない筈だ。
「……聖典はそう言ってる」 シィルが持っている聖典ロンギヌスは、悪魔を取り払い、魔を浄化する武器であり、悪魔の察知、探知もできる。 なので、悪魔がどのタイプなのかも知っていた。 「攻撃型のタイプだと思う。恐らく中級」 「そんな……早く彼女を連れて逃げないと……」 思わずレナの手を掴むセレナだが、それをシィルが止める。 「クラウドなら大丈夫」 「どこが大丈夫なんだよ!いくらティセお姉ちゃんやクラウドが強くったって、中級悪魔を人間が倒せる訳ない!!いくら聖典があったって無理だ!!!」
人間は悪魔を倒せない。 それはこの世界での定説であった。 その通り悪魔の力はとても強力で、普通の人間では太刀打ちできない。 いくらファナやクラウド、ノエル騎士団グラムであっても、対抗できる悪魔は低級悪魔だけであり、それもモンスターに近い種類の悪魔だ。純粋な悪魔族であるのならばたとえ低級だとしてもファナ達には倒せないのだ。 たとえ最強の闘士であっても、中級の悪魔が相手では歯が立たないであろう。相手が攻撃型の悪魔であるならば尚更だ。
しかしシィルは立ち上がって、セレナの肩を掴む。 「平気。レナは私が守る」 「けど……」 セレナはそれでも不安だった。 恐らくシィルが守ってくれるのならばレナの安全は確実だろう。 彼女が不安にしている事は別の事であった。 「レナさんはボクが守る!だからシィルはあの二人を……」 「駄目。シィルが二人を探しに行って」 「無理だよ。シィルを一人にできない!!」 だってクラウドの恋人だから。 出掛かった言葉を押し留め、俯くセレナ。 自分はいい。 これがティセの為、そしてクラウドやクラウドの姉の為であるのならば、たとえ自分の命が危うかろうと戦える。 しかしシィルはクラウドの恋人だ。 「シィルが死んだら……クラウドが……」 嗚咽交じりに言葉を紡ぎだすセレナ。 シィルが死ねば、必ずクラウドは悲しむ。 そして何より、彼女とずっと一緒であっただろう、ティセが悲しむ筈だ。彼女を慕っているセレナは、ティセにそんな顔はさせたくない。 「だからお願い、シィル。ここは私に任せて!!」 肩を掴むシィルの手に自分の手を置いてまっすぐ彼女を見るセレナ。 しかし、レナが突然横から割り込む。 「でも、セレナさんじゃあの悪魔には勝てないんでしょう?」 「!!?」 カチン。 今、たしかにセレナの闘争心に火をつける発言をしたのはレナだ。 すぐにシィルが口を挟む。 「違う。人間は悪魔には絶対勝てない」 低級ならまだしも、中級悪魔に勝とうなんて、それこそファナでも無理だろう。 しかし、レナは余裕満々で口を挟む。 「どうかしら?そんなに弱いの、闘士って」 「非道い!!ボクはヒーローだ!ファナ様の弟子だったんだぞ!!?」 「そう?ならあんな悪魔なんて一捻りでしょうね」 「当然だ!!」 拳を高らかに挙げるセレナを見て、シィルは天井を仰ぎ呆れ返る。 思わず何も言えなくなってしまった彼女を無視し、セレナは先程とは一転して、闘争心むき出しの、いつものセレナに戻った。 「よし、シィル!ボクがあんな悪魔なんかやっつけてやるよ!!」 「……」 もはや何も言う気がしなくなったシィルだが、内心期待もしていた。 セレナはたしかに闘気でいえば、ファナやクラウドなど足元にも及ばない。 言ってみれば、彼女はまだ闘士としては半人前なのだ。 しかし彼女はこれでも、戦術に掛けては悪魔と対等の実力を持っている。 7歳位の頃から数々の暗殺を成功させ、イドリーシアの騎士団内では影の英雄とも呼ばれていた彼女は、言ってみればクラウドやファナの様に力で捻じ伏せるよりも、知略で相手を陥れるタイプの闘士であった。 しかも、相手はそれほど知能が高くない攻撃型のタイプであると思う。
「けど、攻撃型の悪魔は人間に力なんて貸さない筈……」 シィルの心配の一つはそれだ。 通常、知能が高い魔法型の悪魔は、人間を唆し、命などの取引をして力を貸す形で乗っ取るタイプが多いのだが、攻撃型の悪魔の場合、わざわざそうしなくても人間を滅ぼせる事ができるので、あまり人間には手を貸そうとはしない。
「……レナ、行くよ」 「え?どうするの??」 すると、ふとセレナの方を向いて口を開くシィル。 「セレナ、ここでオトリになって」 「了解。その間にクラウドと合流するって訳?」 「だ、駄目よそんなの!!!」 今度はレナが抗議する。 自分の責でこんな幼い少女を危険に晒すなんて事はさせたくない。 すると、セレナは一つ溜息をついてレナを見る。 「レナさんってクラウドみたいだ。大丈夫」 「でも……」 「私が死んでもシィルが死んでも多分あいつは悲しむ。けど、レナさんが死んだらもっと悲しむよ。それだけはさせたくない」 ねえ、シィル。と聞かんばかりにシィルの方に顔を向けるセレナ。 セレナがにやにやと笑って彼女を見ると、成る程、顔を真っ赤にして俯いてしまった。 「うん。クラウドは優しい」 「女の子には特に、ね?」 「でも、女の子に手を上げるなんて……」 すると、レナの言葉にへ?という顔をするセレナ。 そして数秒後、 「アハハハハハ!!!!」 盛大に笑い出してしまい、笑いが止まらなくなってしまった。 あれほど静かだった場が、一気に和んでいった。 「あ、あれ?」 「あぁ、それってファナ様の事?平気。ファナ様は男のような方だったから」 「うん。軍人には男も女もない」 「だからボクだって通じたんだよ」 次々と出されていく新事実に、ただただ驚くレナ。 そう言えばファナは軍人だった、と今更思い出すレナを尻目に、セレナはドアの前に近づくと、ニヤリと笑ってシィルを見る。 「さぁ、裏から逃げて」 「分かった」 すると、シィルはレナを抱えて、聖典を持って走り出した。 裏庭には誰もいないのだろう。ドアを閉めて走り去る音が消えると、セレナは両頬を軽く叩いて気合を入れた。 「よし……行くぞ!!」 すると盛大にドアを開けるセレナ。 そこにある光景は、さながら戦場の前の光景であった。
「あら、セレナちゃん?」 「ティセお姉ちゃん!!?」
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