一方その頃、城下町の中心部には一組の男女がいた。
「本当に困りますよね、こいつら」 「あはは、本当だったらノエル騎士団が来てくれる筈なんですけどね」 「まぁ、俺だけでも何とかなるでしょ、こんな奴ら」 「ですね。それに魔姫がどうとかで揉めたくありませんから」
暢気に話しているクラウドとティセだが、事態はそれほど暢気ではないようだ。 彼らの周りを囲む魔族ゴブリンの数は数十体。その上そのどれもが武器を持っていて、どれもが風の属性を付与していた。 これでも半数を撃退した後なのだが、いかんせん群れで来られると厄介らしい。 クラウドも半分ティセを心配しだしてきた。 「しかしただの一般闘士にこんなに魔族送らなくてもいいでしょうに」 「ですよね。でも、普通火は風に弱いっていうのが定説なのに、その定説をことごとく突き崩してしまうクラウドさんもクラウドさんですよ?」 「まぁ、一度だけのマグレとはいえ、ファナに勝てた程ですから」 拳を叩いて気合を入れると、ティセに優しく笑いかける。 彼女はそれで充分なのか、一つ笑い返して前を見る。 「あはは、本当にシィルが羨ましいです」 「そうですか?では暫く俺の後ろに控えています?」 「いいですね。クラウドさんがナイトというのも」 やはり何匹集まろうが所詮はゴブリン。二人は以前と暢気であった。 ティセもクラウドの後ろに下がって肩を掴む始末だ。 「では、行きますよ、お姫様」 「はい。しっかり守ってくださいね」 するとクラウドの燃え盛る闘気が急激に濃くなる。 そして次の瞬間、巨大な炎がクラウドの右手に集中する。
「燃え盛る炎の鉄槌(バニシング・ハンマー)!!!」
右手を突き出した瞬間、彼の右手の炎がゴブリンを包み、徐々に灰にしていく。 しかし彼らは囲まれていて、まだ後ろには数体のゴブリンがいるのだ。 すると、クラウドは急に体を右に回し、左手を突き出す。 「え?まさか……」 「やるのは初めてですけどね」 するとクラウドの左手に、右手と同じ威力の炎が集まりだす。 そして、少しにやりと笑うと、大声で叫ぶ。
「燃え盛る炎の鉄槌(バニシング・ハンマー)!!!」
そしてその瞬間であった。 左手から、右手の炎と全く同質の、そして異常なまでの炎が、勢い良く反対側のゴブリンを包み込んでいく。 しかしこれではまだ左右の敵を包むだけであり、前後のゴブリンはまたも不敵に笑い出した。 そして、それに笑い返したのはクラウド。 「ティセさん、回りますよ」 「ふぇ?」 ティセが首をかしげると、急に彼女は驚いた。 なんとクラウドは、両手に二つの炎を放ったまま体を回転させたのだから。 「うわわわ、クラウドさん。私まで黒焦げですってばぁぁ!!」 驚きながら、うまくクラウドの背中について回っているティセもさすがだ。 そうこうしているうちに、クラウドの炎は回転して全方向から向かってくる為、あれほど彼らの周りを囲っていたゴブリンが徐々に黒焦げになっていく。 ノエルの城下町の壁や塀が、火炎や氷の魔法を防ぐ、魔法障壁の鉱石でできているからこそできる芸当だ。 炎が止むと、そこにあるのは以前ゴブリンだった灰だけだった。 「クラウドさん、意外と無茶屋さんですね?」 全てが終わってからティセが軽く笑う。 だが彼女にとっては驚きの連続だったであろう。突然クラウドが炎を両手に出し、その上回りだして全方向からの攻撃をしだしたのだから。 クラウドもそんな彼女をビックリさせたからか、少し申し訳ない顔をしながら、軽く笑みを見せる。 「ですね。お姫様のナイトも大変ですよ」 そんな彼の表情や言葉が嬉しかったのか、少しティセの笑みから驚きが消えた。 「でもクラウドさんに守ってもらえてとても嬉しいです。シィルに自慢しなきゃ」 「勘弁してくださいよ。また不機嫌になって泣き出すんですから」 「冗談ですよ。そんな事しませんって」 クスクス笑っているが、ティセもこう言って二度ほどシィルにばらした事がある。しかもシィルもシィルで不貞腐れたり、泣き出したりするから始末が悪い。 まぁ、クラウドが罪な男なだけなのだが。 「それにしてもノエル騎士団はまだですかね?」 それはクラウドも思った。 いくらなんでも、これだけ町に魔物が溢れているというのに、騎士団の到着が遅れているのが気にかかる。 おまけに、これだけ騒ぎが大きければ、シィルやセレナが来ても不思議ではない。特にセレナはティセを慕っているから、必ず来る筈だ。 「……何か、嫌な予感がしますね」 「そうだな」 しかもこの国を誰よりも愛しているとして有名な、闘士団長のグラムが来ていないというのだから疑問が残る。 ふと考えていると、ティセの顔が上がる。 「シィルはたしか……レナさんに会うって言ってました」 「まさか……」 クラウドは何か嫌な予感がした。 今思えば、たしかファナもこの町に来ると言っていた。 あらゆる最悪の状況を予想し、彼の額に冷たい汗が垂れる。 「シィル!!!」 何も考える余裕がない。 いや、考えもしない。 ただ一心に彼女を想い走り出すクラウドを見送り、ティセは軽く溜息をついた。
「……本当。シィルが羨ましい」
彼女もクラウドが好きだ。 ただの好きではない。シィルと同じくらい、彼女だってクラウドの事が好きだ。 しかし、彼が見ているのは、追いかけているのはシィルであって、自分ではない。 だから笑っているものの、その笑みにはどこか寂しさがあったのは言うまでも無い。 「……さて、セレナちゃんを探しますか」 そう言って溜息をつくと、振り返ったその時であった。
「大変だな、魔姫」 「きゃ!!」 驚きで腰から地についてしまったティセ。 ふと見上げると、そこには金髪で軍服の、とても美しい女性が立っていた。 「ふぁ、ファナさん?」 「いや、ティセリアか……こちらも少々諍いがあってな」 そう言っている貴公子ファナの顔はどこか楽しげだ。 自分の国ではないからというのもあるのだが、このファナという女性もやはりクラウドやセレナ同様、相当ケンカ上等な性格らしい。 という事は、ファナもやはりクラウドやセレナと同じように物凄くいっぱい食べるのであろうか。一瞬だけクラウドと大食い勝負で、大皿の料理を平らげている氷の貴公子を想像してしまい内心笑ってしまうティセ。
「……言っておくが、俺は小食だ」 「人の心を読まないでください!」
答えもある程度予想していたものの、意外な答えを出されてビックリするティセ。 見ると、今度はファナの顔が呆れの表情に変る。 「変った女だな。本当にあの魔姫なのか?」 「アハハ、皆さんがどのような魔姫を想像したかは知りませんけど、私は昔からこういう性格なんですよ」 「だろうな」 そう言って呆れながらも笑うファナ。 この表情からして、彼女に敵意や戦う意思は見当たらない。 「ところで、そちらも大変なのですか?」 すると、ファナは突然不敵な笑みに変る。 そしてティセを指差して、自信に満ち溢れた目つきで睨み付けると優雅に、そして堂々と立ちながら大胆不敵に叫ぶ。 「ふん、聞いて驚け魔姫よ。クラウドの姉がこの町にいる!!」
「知ってますよ」 即答。わずか0・2秒。
そしてわずかな沈黙から数秒が経過すると、ファナの口がまた開いた。 「……本当に?」 「はい」 ポカンとするファナ。 目など真ん丸くして、その顔に気迫とか覇気とか自信とか、とにかく彼女を形成するものが何一つ見られなくなっていた。 ――あちゃぁ……やっちゃったね…… ――だから、いつも自信満々で偉そうな事言うのは止めとけって…… どこからともなく突っ込みの声まで聞こえる。といっても、その声が聞こえるのは未だにファナただ一人なのだが。 一大ニュースを高々と言い放って得意な顔をしていたのに、彼女がそれを知っていると知って、急に開いた口が塞がらなかった。 そして、急に己のあまりの恥ずかしさに、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
――こんなお顔もするんですね。 と、そんな彼女の表情を見て、急にクスクスと笑ってしまったティセ。
「可愛いですよ、ファナさん」 そう告げると、ファナの顔は更に真っ赤になり、湯気まで沸く始末であった。 思わずファナが叫ぶ。 「人を女扱いするな!!」 「私にとっては誉め言葉なのに……」 「俺には嫌味に聞こえるんだよ!!」 ――まぁまぁ、私は嬉しいよ。 どこからともなく声がまた聞こえる。 しかし例によってその声はファナにしか聞こえない。 「……貴様は黙ってろ」 顔を赤くしながら、ティセに聞こえない位の小さな声で罵倒するファナ。 実は彼女、女として生きた時間があまりにも短い為、女扱いされるのに慣れていない。 だからクラウドも以前、彼女との戦いでそれを用いたのだ。 ちなみに、セレナやティセなど、女の子が言われると嬉しい一言を言われると、それだけで赤面してしまう、ティセが言うには可愛らしいらしい一面を持っていた。 「全く。それでクラウドの姉なのだが……奴はどこだ!?」 奴。それは他ならぬ、クラウドの事なのだろう。 「それが……」 するとティセはここで、これまでの経緯を話した。 事の始まりは、クラウドが見つかった後、セレナがシィルを捜しに行って、彼とティセの二人だけで買い物に行った事から始まった。 突如多くのオーガ、オーク、ゴブリン等のモンスターが攻めてきて、町の住民を襲っている現場に行き渡った。 そこであの様な戦いに入ったという。 そこまで話すと、ファナは突然首を傾げ、次に腕を組んで考えだす。 そうして考えに没頭する事数秒。
「成る程、やはりグラムか……」 「え?」 ノエル騎士団長グラム。 ファナの口からその名前が出てきた事に驚きを隠せないティセだが、彼女もまた軍の闘士であり、彼と戦った事もあったのだろう。
「どう…いう……?」 驚きのあまりに声を出すティセ。するとファナが突如自嘲気味な笑みを浮かべて、恥ずかしそうに話す。 「いや、何…以前俺の国に同じような奴らが攻めてきたという知らせがあってな……黒幕が国の宰相だった……全く…俺がいない間にやってくれる……」 「アハハ。ファナさんがいたら、とても悪さなんてできませんよ」 「当たり前だ。させるか」 よほど自信があるのか、彼女も愛国家なのか、強く言い放つ。 「それで、その宰相も以前は愛国家だった。だから今度も、と思ったが……」 その人は結局他の組織に騙されていた形で悪さをしていたのだが、結局裏切られる形で死んでしまい、多少は哀れに思った、と彼女は言う。 そこでティセはふと、ファナという少女が、ただ冷酷で冷淡なだけの軍人ではなく、多少は人間らしい一面もあると心底思った。 「待てよ……」 すると、ファナは暗い顔をして、ふと呟く。
「……ヨガンドルフ」 「え?」
そこでティセは驚愕した。 まさかこんな町で、あの男の名前を聞くだなんて。 シィルが聞いたら、まさに怒り100%で睨みつけるだろう。 それだけ彼女達、特にシィルにとっては、最も聞きたくない名前なのだ。 「で、でもあの人、たしかロンドで永久国外追放って……」 「そうだ。たしか他にも数々の国の永久追放を受けた筈だが……」 そうだ。ティセは思い出した。
それはまだ、クラウドと出会うずっと前の話。彼女はシィルと二人で旅をしていた。 その時、ヨガンドルフと言う魔術師がいた。 彼は魔姫の力を使い、ロンドを乗っ取ろうと考えていた。なので彼は、まだ今よりずっと幼かったティセとシィルに近づいたのだ。 しかし、彼の思惑はシィルの聖典ロンギヌスに見破られ、そしてティセの力によって打ち砕かれた。 そして彼はここノエル、ロンド、バージニア、ギア、そしてファナが軍を率いているイドリーシアの、計五ヶ国で入国不許可を受けていたのであった。
「でもまさか……」 「奴は以前何だったか、分かるだろう?」 そこでティセは頭にフライパンを叩きつけられた感覚がした。 ヨガンドルフは以前、ロンドの国務総長だった男だ。 つまり、宰相に近い。 「行くぞ。狡賢いあの男のやる事だ。この国の、ある程度地位のある奴を仲間に率いれているに違いない」 ある程度の地位の持ち主で愛国主義者。そんな人物といったら、ノエル闘士団の団長、グラムしか当てはまらない。 そこで、ティセは考えた。 裏で操っている支配者がもしもヨガンドルフだとしたら、シィルとティセがこの町に来ていると知って許す筈がない。 どんな方法で彼女達に復讐するか分からなくなり、彼女は軽く眩暈を覚える。 「では、すぐに行動を起こさないと……」 「あぁ、そうだな……」 そう言って走り出そうとするファナ。 その時であった。
「その必要はない」 怒号にふと振り返るティセとファナ。 すると、そこにはノエルの騎士団が勢ぞろいしていた。 前だけだが、ざっと数十人はいるであろう。それも一人一人がクラウドよりも強いのではないだろうか、といった強豪揃いに見えた。 そこの中心に、大柄で丸腰の、ぱっと見闘士のような男がグラムなのだろう。一歩前に出て、ファナを指差すと、彼女は反対に笑い返す。 「ほぉ、闘士団長グラムがヨガンドルフの傀儡とは……堕ちたものだ」 「黙れ。とうとう魔姫と手を組んだか……だが、この国は渡さんぞ!!!」 怒号を上げるグラムだが、ファナの言葉は当たっているのだろう。彼の怒号はファナからしたら、図星を突かれての怒号らしい。 そんな彼の様子に、クスクス笑ってしまったティセ。 「あらら、私達が敵にされちゃいましたね」 そう言ってファナを見ると、瞬間、彼女は当惑した。 見れば、あの時の、クラウドと戦う時のファナの表情がそこにあった。 「……そうか。ならば思う存分敵役を演じるしかないな」 更にそんな事を呟く始末。 「ふぇ??」 一瞬、ティセの脳裏にふっと悪い予感が過ぎった。 分かっていた筈だ、ファナが敵にそんな事を言われたら彼女はどう反応するか。そして彼女がどういう闘士であったか。 するとファナは顔を上げると、先程の女の子のファナとは一変、軍人である、氷の貴公子の顔をして宣言する。 「その通りだ。この国は俺達が侵略する!!」 「ふぇええええええええ!!!!????」
――聞いてませんよ、そんな事!!! ――しかも私達って…私まで!?
驚くティセなど無視して、グラムが唸りをあげる。 どうやら、先程のファナの言葉を信じきってしまったようだ。成る程、ファナが他国でなんて言われているのか、容易に想像できる。 「させんぞ貴公子!!お前は俺が倒す」 「ふん。貴様など魔姫の手を借りるまでもない」 「ファナさん、危険ですから!!あの数が見えないんですか?」 そう言って指を差すティセ。 彼女達の目の前の軍人はざっと四十人にも上る。恐らく、その誰もが、クラウドやセレナと同等の軍人だろう。 そしてその中心に位置するグラムは風の闘士の中心にいるような男。 しかし、彼女はその数に臆するどころか、逆に不敵な笑みを浮かべている。
「クラウドに比べたら、大した事はない」 そしてあまつさえ、そんな大それた事まで言ってのけてしまう。 ――お〜お〜、言ってくれちゃって…… 思わずファナにしか聞こえない声も、呆れ声を出してしまっているではないか。 「ファナさん……」 ティセは確信し、薄っすら笑みを零した。 そうだ。それこそが彼女なんだ。 この人数を前に、恐怖に臆するだなんて、彼女はしない。 氷の貴公子という二つ名を持つファナならば、そんな軍隊を見て、逆にまるで上から見下ろすかのような、余裕の表情をしてくれなくては。 その証拠に、既に闘気は限界点を突破して、すぐにでも闘術が出せそうな勢いだった。 「さて……行け!!」 この人なら任せられる。 そう思った彼女は反対側に振り返り、全速力で走り出した。 そして残ったファナは、自らの銀色に輝く闘気を右手に集中させると、にやりと笑みをノエル騎士団に見せる。 そして大きく腕を振り上げた。
「銀に輝く死の吹雪(シャイニングブリザード)!!!」
そして振りかぶると、銀色の闘気が吹雪となって、ノエル騎士団に襲い掛かった。 こうして、一人の闘士とノエル闘士団との戦いが始まった。
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