さて、その隣の部屋にいる反省中のクラウド。 「……」 座禅を組み、目を閉じて瞑想に耽っている。 相手がシィルやセレナであったならば彼はここまでしなかったであろう。しかし相手は自分の姉貴分であるティセなので、彼は自主的にせざるを得なかった。 なので隣の部屋でドタバタ何かから逃げる音や物凄い絶叫など聞こえようもなく、彼はただ腹の虫を抑えて瞑想する。 ふと、脳裏にあのレナの姿が思い浮かぶ。 赤く長い髪を靡かせ、銀色の特殊な瞳、天真爛漫な性格で相手をどこまでも振り回すのが何よりの楽しみと豪語するその性格。 それは、ティセと少し似ていたような気がする。
そして思い出すは、二人の過去。 「……そういえば、思い出すな」 そう言ってふと目を開ける。 すると、目の前に一人の美少女がいて、彼は驚いた。 「うわぁ!てぃ…ティセさん?い、いつから??」 「アハハ、ずっといましたけど、やっぱり気づかなかったようですね」 笑顔で言いつつも、内心気づいてもらえなかったのに傷ついている様子のティセ。そしてそれを見て少し罪悪感を持ってしまったクラウド。 「すみません」 申し訳なく思い謝ると、突如彼の頭の上に小さな手がぽんと置かれる。 いつもの暖かい、ティセの手だ。 「いいですよ。気にしてません」 アハハと笑った次の瞬間、 「……それよりクラウドさんです」 先程の明るい笑みとは無関係の、彼女にしては珍しく悲しい顔を浮かべていた。 そんな彼女の表情を久しぶりに見てしまったクラウドは突如暗い顔をする。 「どうしてそんな暗い表情を浮かべるのですか?」 そう話すティセはまるで、親が子供に話をしているかのようだった。 「あのお方と、何かあったのですか?」 あのお方とは誰か。それは彼でも分かる。 クラウドの姉である、あの赤い髪の女性。 苦虫を噛み潰したような表情をすると、彼は座禅を組むのを止める。 「……」 「教えてください。あの方とは何が?」 クラウドの両肩を掴み、懇願するティセ。 好奇心旺盛で聞きたくてたまらないのは四分の一で、後はクラウドに早く話してスッキリしてほしかったのだ。 それは彼女を見ている彼なら分かる。 すると、後ろの窓から空を見上げ、呟いた。 「あれは……俺がまだ、ティセさんやシィルと出会う、ずっと以前……」 三年前、彼が11歳の時、ティセやシィルと出会い、一年という長い旅を続けるずっと以前の事。
「俺は、一つの小さな町にいた」
そこは、何もない、ありきたりな村だった。 村の子供達はここで成長し、ある者は畑仕事を手伝い、ある者は冒険者となる。 闘士という言葉さえ、村の人間は知らなかった。 殆どの子供が村から出ず、冒険者となって世界を旅する事もないまま、村の中で一生を終える。そんな村だった。
俺はこの村で生まれて、六歳になった時は村の子供達の中で一番強かった。 村の大人でさえ、俺に勝てるのは親父かレナ、一際強い奴だけだった。 あと、お袋にも勝てなかった。 というか、村で一番強いのは何気にお袋だった気がする…… 後一つ言えば、俺はその時からあまり女の人に手を出せなかったんですよ。 レナがいつも言っていましたから。『女の子を傷つけてはいけない』って。それも毎日一回は必ず言うんですよ。
それは、八歳の誕生日の時だった。 「クラウドももうすぐ八歳か……何か欲しい物があるか?」 親父はそう聞いてきた。 親父は村で一番ケンカが強かった。剣も使えて、村の連中で親父に敵う奴なんていなかったから、俺は何度も親父とケンカしていたと思う。 「でも、冒険者になりたい、ってのは駄目よ」 笑いながら釘を刺す俺のお袋。 口煩く言う程ではなかったけど、お袋は俺が冒険者になりたいとか、闘士になりたいとか言うと、決まって反対する。何かあったか知らないけど、冒険者がたまにこの村に寄ってくると、いつもお袋は追い返そうとしていた。 俺が旅に出たい、と言うのがそれだけ嫌だったのだろう。 「…………」 そして家族の前では無口なくせに、俺の前でだけは口煩いレナ。 天真爛漫な性格で相手を翻弄して、時々とんでもない大きなボケをかます事もあった。でも、このときはまだ嫌いになっていなかった。 まぁ、腐っても姉だったし。 どちらかといえば好きだった……ような…… ちょっと、笑わないでくださいよ、ティセさん。 「別に。強いて言うなら、食事は豪華に」 「アハハ」 まぁ、俺はこの時から食い気もあった。 村の子供大食いコンテストでは毎度のように優勝していたし、食べる量だって通常の大人の二倍近くあった……ってティセさん、何ですかその目は?? いやだって、俺は生まれつき物はよく食べる方だったんですよ。誰も闘士になってから食べるようになるんじゃなくて、生まれつき食べる人が多いんです。
それはともかく…… こうして俺は、この村で平和に暮らしていました。 しかし、俺が八歳になる前日の事でした。
俺がスライム五匹と格闘して勝ったので、村の子供達に自慢しようと思って、急いで村まで走ったんです。 そしたら、 「何だよ……これ……」 そこは焼け野原でした。 勿論、人なんていません。 死人ならいましたけどね、たくさん。 「村長さん……ベックル……誰か…誰かいないのかよ!!!」 大きな声で叫んでも、誰にも聞こえませんでした。 当たり前です。誰も生きている人なんていないんですから。 俺は膝から崩れ落ちるのを耐えて、自分の家まで歩いたんです。 家に着けば…あの親父ならまだ生きていて、家族三人揃って俺の帰りを心配して待っているのではないかって…… でも、俺の家はもうありませんでした。 全て焼かれていて、お袋の服も、親父の剣も、姉貴のリボンも焼け焦げていて、全てが灰になっていましたよ。 俺はついに、膝から崩れ落ちました。 「どうして……何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 俺は力の必り叫びました。 そして、声が聞こえました。 「レナはもういないのか?」 その声に、俺はふと振り向きました。 すると、そこには俺の姉貴の友人だった、レイヤーがいました。 金髪碧眼で、俺ともよくケンカの相手をしてくれていて、時には食事を奢ってもらったり、時には格闘術を教えてもらったりしていました。 「レイヤー、どうして……何が!!?」 俺が問いかけると、レイヤーは俯いて呟きました。 「そうか……あれは……」 「??」 俺はその時、レイヤーが呟きながら、時々笑っていた事に気づいていました。けれど、俺はそれを無視して、奴の話を聞きました。 「お前が去った後、この村に魔族の軍団が通りかかった」 「!?」 俺が村を出た、一時間後位に、突然オークの集団がこの村を襲ってきたそうです。 言っておきますけど、この村には戦闘に充分な戦力はありません。 大人だって、俺の親父や村長、あと数人くらいしか戦える者はおらず、オーク一匹倒すのにも一苦労なのに、軍団となんて戦える訳がありません。 「村の人間は必至に戦ったが、結局、お前の家族が逃げ出したお陰で全滅だ。けど何でクラウドがここにいる?お前は一緒に逃げた筈では?レナからはそう……」 「姉貴から?」 そこで俺は、とんでもない事実を聞かされました。 なにしろ俺の親父が、逃げ出したんですから。あの村で最強の戦士と呼ばれていた俺の親父が、姉貴やお袋がいたからって。 俺は親父に憤りを感じるほかに、男の話にも興味を惹かれました。 すると、レイヤーはふと、意地の悪い笑みになりました。
「なるほど、お前、レナに騙されたのか」 「……??」 一瞬、この男が何を言っているのか、分かりませんでした。 しかしレイヤーは話を続けました。 「いつも言っていたよ。お前が邪魔だと。親の愛を独り占めしているお前が憎いと。だから親を騙して、あいつはお前を捨てたんだ」 次々と出される事実に、俺の頭の中はパンクしそうでした。 だって、姉貴が俺を邪魔だって思っていた事、親を騙してこの村を出た事。そして俺を最初から置いていこうとしたこと。 だから、姉貴は最初から俺と親を引き離すつもりで村を出たわけであって、魔族が来るのを察知して出て行ったわけじゃなかったんです。 「どうして?何でそう思う!!?」 俺は力の必り叫びました。 だっていくら姉貴だからって、そんないとも簡単に、弟を置いてきぼりにする筈ないじゃないですか? でも、その男は笑いました。 「だってそうだろう?もしもあいつがお前を弟と認めていたら、お前が来るかもしれないのに逃げるか?そうしたって事は、お前なんていらないんじゃないのか?」 「……」 目の前が真っ白になる感じがしました。
俺は捨てられたんだ。 姉貴に、お袋に、親父に……ずっと大事に思っていた家族に。
八歳だったから、その事実は重く圧し掛かりましたよ。 しかし光を失いそうな目でレイヤーを見ると、あいつはそんな俺を嘲笑うかのような目で見ては、溜息を付きながら笑いました。 「まぁいいや。お前が生きていてなによりだ」 「??」 すると、あいつは俺に近づき、腰をかがめて俺を見ました。 「俺と一緒に来い。お前が大人になるまで、俺が面倒見てやる」 あいつはそういうと、俺に手を差し伸べました。 俺は、本当はその手を取りたくなかった。 でも、取るしかありませんでした。 だってそうでしょう?取らなかったら、俺はあんな焼け野原で一生を過ごし、の垂れ死ぬんですから。だから、手を取ったんです。
それから三年後、レイヤーは魔姫退治の以来を受けて俺と狩りに行き、そこで俺はレイヤーと生き別れに会いました。 そしてあいつを探している最中にシィルとティセさんに出あったんです。
広大な草原となだらかな丘。そしてその向こうに山がある。 その山の中に、一つの洞窟があった。 その中は薄暗く、ローブに身を包んだ、魔術師の男が座り、奥の部屋にいる何者かに向かって、今日の報告をしていた。 急に、奥の部屋から声が聞こえる。 「ほぉ?炎の闘士がノエルに?」 話の内容は、どうやらクラウドのようだ。 良く見ると、座って報告している魔術師は、昼にクラウドにやられたオーガの頭で、その事を話しているようだった。 そしてノエルに着き、酒場の噂を耳にしたのだろう。 「はっ。名前をクラウドと」 「クラウド……そうか、そういう事か」 そう呟いた直後、 奥の部屋から、まるで天下でも取ったかのような高笑いが始まり、魔術師を驚かせた。 「はははははははははははは!!!!なんだクラウドか……あの詐欺師レイヤーが連れていたあのガキか……成る程」 「え?知り合いなんですか?」 魔術師はまた驚き、たじろいでいった。 しかし、奥の部屋の男は徐々に薄笑いになると、何やら独り言を始める。 「そうか、それなら今から挨拶にでも行くか。なに、どうせ一日侵攻が早まる位気にはしないさ。ついでにレナにもあいさつしておくか……」 そうして独り言をしだす男。 次第に魔術師の男の頭の中が混乱していく。 「もしもしー?ヨガンドルフ様?」 すると、その呼びかけに応じたのか、少し笑って奥の男、ヨガンドルフが答えた。 「あの男はな、どうしようもない詐欺師だった。クラウドという少年は、まんまと騙された形となってあの男について行っていたんだよ……ククク」 「??」 必至に情報整理をしている魔術師など構わず、ヨガンドルフはその魔術師に、自分の知っている、クラウドとレイヤーの事全てを話した。
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