風の国ノエル。
ノエルの城は山の中央に位置し、そこから下山するように城下町がある。 城下町の名前は国の名前と同じノエルである。人口は50万人。国の中心部とあってかかなり大きい町であった。 その城下町の商店街の裏道に酒場があるが、そこは一際賑わっていた。 理由は簡単、二人の闘士の存在である。
「……あの」 「アハハ…けっこう、注目されていますね」
このまま四人で商店街を行くのはどうだろう、という事で、クラウドとティセは酒場で情報収集し、セレナとシィルは商店街で買い物という事になった。 しかしここで問題が発生してしまった。 それはクラウドの存在である。 酒場の人々は今まで風の属性の闘士しか見た事がないらしく、しかもクラウドの様な火の属性を帯びた闘士を見るのは始めてらしく、一同驚きの目で見ていた。 どうしてクラウドが火の闘士だと分かったのかというと、理由は簡単。 火炎で、酒場で暴れる輩の頭をパンチパーマにしてしまったからだ。 「まぁ、人助けしたのですから、私は何も言いませんよ」 「本当にすみません!!」 そしてクラウドの見事な土下座に、これまた一同が驚きの声を上げる。 それだけクラウドの土下座があまりにも姿勢が良く、どれだけの反省の意味を込めているかが良くわかっていた。他の酒場で飲んでいる者の中には彼の綺麗な土下座をまるで芸術品を品評するかのように見ている人もいる。 しかし当のティセからしては、恥ずかしい事この上ないのだ。 何せ何故か彼女までセットにされてしまっていて、何やら女王様と下僕とか、不穏なヒソヒソ話まで聞こえてきてしまっているのだから。 「そんな風に土下座しないでくださいよ、恥ずかしいです!」 両手をワイパーみたいに振って顔を赤らめながら笑うティセ。その姿が凄く可愛らしいので、つい彼の口元が緩んでしまった。 「まぁ、とりあえず何か情報をマスターにでも聞きますか?」 「あはは、そうですね」 二人はそう言い交わすと、丁度二つ開いていたカウンターに座り、ふぅと一息ついてから、今度はクラウドだけ身を乗り出す。 「マスター、何か仕事とかないのか?」 すると、半ば二十代程の、一見優しそうな男性が現れる。 「すみません。今専門の人が買い物に行っていまして。もう少し待ってくれませんか?」 申し訳ないといった顔でそんな事を言われたのなら、待たなくてはならない。 取りあえずコーヒーと紅茶を注文すると、ふと声が聞こえる。
「あら、クラウドじゃない?」
まるで日の光のように明るく、聞く人を元気にさせるかのようなその声に、背筋を凍らせながらも振り返るクラウド。 するとそこには、赤く長い髪をポニーテールにし、黒い瞳で、空色のシャツと白のジャケット、そして青いスカートの女性が、満面の笑みで立っていた。 「……あんたか?」 「レナさん、どこに行ってたんですか?」 「うん。ちょっと不吉な相が出たから。成るほど、お久しぶり」 すると、わざとクラウドの隣に座って彼のコーヒーを取って飲む。 「ちょっと、お客のコーヒーでしょ、それ!」 「いい。こいつに何言っても無駄だろう?」 「分かっているじゃない」 言い返し、ティセと肩を並べる位の可愛らしい笑みを浮かべるレナ。 二人のうち、クラウドだけが、この人を知っている。 「誰ですか、その方?」 知らない方であるティセが、おそるおそる聞き出す。 当然彼女の他あと二人、ファナでさえ知らない訳で、つまりティセ達がクラウドに会う前に面識があったと見て間違いはないであろう。
「レナ・バロン。俺の姉だよ」
クラウドは諦めたらしく、簡単に説明する。 「髪と目は違うけどねー」 「はぁ……そうですか……」 ティセは納得したが、たしかにレナの言う通り、彼女とクラウドでは、髪の色も瞳の色も違う。本当に姉弟なのか疑わしい。 「……まさかこんな所で再会するなんて」 「偶然ね。何で旅してるの?」 彼女が聞くと、クラウドはただ黙って彼女を睨みつける。あたかも、「お前になんて教えない」と言った表情だ。それで諦めたのか、レナは今度はティセの方に顔を向ける。 「そちらは?」 「ティセさん。俺の頼れる姉さんだ」 毒ついて踏ん反り返るクラウド。その言葉に優しさは微塵も見られない。 「ごめんね。弟が世話になってます」 「いえいえ。こちらが世話になっているほうで……」 ティセはなんとか言葉を返すが、いつもとは違う雰囲気に戸惑っている。 そしてクラウドから奪ったコーヒーをすすると、 「それで、結婚は何時?」 という事をのたまった。 「「はい??」」 二人同時にきょとんとした。 すると、満面の笑みを浮かべて口を開くレナ。 「もう事は済ませたんでしょ?貴方もこんな良い嫁を貰うとは……この女殺しめ」 「……ちょ、ちょっと待て!!何でそんな話になるんだ!!!???」 「そ、そうですよぉぉ、大体、クラウドさんにはもう彼女が……」 二人共同時に立ち上がって否定しているものの、ティセだけ何故か、とっても残念そうな顔で否定していたりする。 「何よ……ならばそちらを紹介してよ。そっちは愛人?」 「違うわボケ!!何度も言うが、ティセさんは姉だ。あんたとは違ってな!」 毒づくと、キッとレナを睨むクラウド。 それを見て、そんな彼の行動に、驚きを隠せないティセであった。 何故なら彼の目は、まさにファナを見る目と同じ目であったからだ。 「行くぞ、ティセさん」 「ふぇ?あの、クラウドさん?」 すると振り返り、ティセの手を引っ張って酒場を後にしようとする。 「何よ、仕事は?」 「いるか!!」 そうはき捨てて、二人は酒場を後にした。 後に残されたレナは一つ溜息をつくと、さっきのコーヒーをまた一口啜る。 「……いいんですか?あの人まだ、誤解してますよ」 「誤解じゃないわ。本当の事よ」 すると、彼女はマスターを見て、何故かまたも溜息をつく。 「私は、あの子置き去りにして、村を出て行ってしまったんだから……」 そう言い出すレナの表情に、先程の元気さは微塵も見られなかった。
「それで、何も情報は無し、と?」 「ごめんね〜。明日はちゃんとやるから」 ベッドに座って両手を合わせて謝るティセ。 なまじ素材が良いだけに、こうした一つ一つの行動が、何故か可愛らしく思えてしまうので、ずるいなと思うセレナとシィルであった。 「それで、クラウドは?」 「奥の部屋で反省中」 因みにこの部屋にいるのはティセとセレナとシィルだけで、クラウドだけはもう一つの部屋、つまりシィルとクラウドが泊まる部屋で反省中だ。 「けど悪いのは私なんだから……せめてパン位…」 「甘い!働かざるもの食うべからず!!」 強く言い放つセレナ。
どうやらクラウドに与えたお仕置きらしい。 今彼の部屋の扉には『食べ物を与えてはいけません』と大きく書かれた看板を貼り付けてある。まるで動物か何かみたいな扱いだ。 しかしティセからしたら、断食など行ってクラウドが凶暴化なんてしたら、それこそノエル全土の料理店が壊滅してしまうのではないかとの危険性も否めない。
「何のいざこざが合ったか知らないけど、仕事に支障をきたすなんて闘士失格!!」 情報収集はそもそも闘士本来の仕事ではない気がする。 心の中でそう思うも、口には出さないシィル。 「ボクとシィルはちゃんと買い物してきたのに」 はっきり言って、セレナとシィルはまともに仕事をこなしていた。 シィルも、どうやらセレナには余計な強請りをしないらしい。 すると、突然シィルが不機嫌な顔をする。 といっても、それが分かるのはクラウドとティセくらいで、まだ会って三日のセレナに分かれというのが無理なのだが。
「嘘。会う人会う人にケンカしていて全く手伝ってなかった」
これも本当だ。 実はセレナとシィルは相当美少女なだけに、結構他の男性に言い寄られたり、好奇の視線で見られたりする事もある。そうなるとセレナがその男達に近づき、「何見てんだよ」と言わんばかりに食って掛かる。それでケンカになり、実際お買い物をしていたのはシィルだけだったようだ。 「うわわ、シィル!!バラさないでよ!!!」 慌ててシィルの口を塞ごうとしたが、遅かった。 突如、ただならぬ殺気が辺りを包み込む。 「クスクス……それで買い物籠の中に、チョコがいっぱい入っていると思ったら……セレナはたしかシィルの監視ですよねぇ……」 ティセのこれでもか、という殺気に、買い物斑の二人の顔が青ざめる。 シィルなどセレナに掴まり、目に涙を溜めながら首をブンブン横に振っている。
実はシィルの大好物がお菓子。それもチョコレートだったりする。 なので、買い物に混じっていつもチョコのストックを買ったりするのだが、どうもそれがついつい買いすぎてしまうのだ。なのでシィルと買い物に行く人は、必ず彼女がチョコを買いすぎないかを監視する役目がある。
いくらセレナの行為がシィルを守る為であっても、当の目的である監視を忘れてしまうなどとは言語道断。 「セレナ、闘士の出番」 「無理!!ボクに死ねって言いたいわけ?」 「死なばもろとも」 「いや、意味が違うから!!」 慌てる二人を見ながら、ティセは何のお仕置きをこの二人にしようか、クスクスと黒い笑みを浮かべながら考えていた。 結局、どちらもまともな仕事などしていなかったという。
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