どこからともなく、声が聞こえる。 それはガラスの様に透き通っている反面、まるで春の太陽のように、穏やかな暖かさを秘めた声だった。 「優しくなったね」 「??」 目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。 まるで宇宙の中のような、真っ暗で何も見えない空間。 そこに、俺はいた。 恐らく、夢なのだろう。 この声の主が呼んだに違いない。俺はとっさにそう思った。 「何の用だ?それとここは何処だ?それとお前は誰だ?」 姿は見えない。しかし声は聞こえる。 それも、どこか懐かしい声。
「以前の貴方なら、クラウドさんに味方したり、ティセさんを助けようなんて考えたり、まして、セレナちゃんを元気付けたりなんてしなかった」 「……」
俺は黙っていた。こいつの言うことは正論だったからだ。 俺は今まで、9を救う為なら、残りの一がどうなっても構わなかった。 自分の国を守る為に、相手の国を攻撃し、占領しては罪のない人々を虐殺し、滅ぼしていくしか能のない、軍人という名の殺人鬼。 当たり前だ。俺はイドリーシアの軍人なのだから。 人権も無ければ、そこには男も女も、まして老若の境もない。 俺はそこで、自分の過去を忘れ、傷を冷たい氷で凍らせ、ずっと深い所に閉じ込め、十年もの間過ごしていた。 以前の俺ならば、クラウドの敵にはなれど味方などしない。一度目をつけた獲物を逆に助ける事も、まして裏切り者を叱咤激励するなんて事もしない。 しかし、ふと声が聞こえる。
「氷は何時か溶ける」 「!!?」
その瞬間、 俺の心の中に、一つの皹が入った気がした。 「お前は……お前は誰だ!!?俺の何を知っている!!??」 怒号を浴びせたものの、俺はそいつを怒れなかった。 何故だろうか。そいつと話していると、まるで俺自身と話している気がする。 もう一つの可能性、 ただのオンナとして今までを過ごしていた俺を、見ているようで…… 「だから、それまで私待つね。いつかその氷が溶けて、傷が癒えたら、きっと私は貴方の前に姿を見せるから……」 そう言って、声は消えた。 面白い。 ならば待ってみようではないか。 いつか氷が溶け、俺の傷が癒え、過去を取り戻す事ができたなら、俺はもう一度、女として生を受けようではないか。 だからそれまで、演じよう。 イドリーシア最強の軍人、氷の貴公子ファナを。
そして明朝、 作戦は開始された。
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