天気は少し雲が掛かっている位でいまだ青い空が続いていた。 ただっ広い草原を、ただまっすぐに荷車が歩いていく。 茶色の馬が引く馬車の中には、ダークブラウンの短い髪に、赤茶のベストとツータックパンツ姿の少年。そして黒く、長い髪を後ろで結わいて、赤いオーバーシャツに青いスカートを来た少女。そしてゆったりウェーブの長い茶髪に綺麗なドレス姿の少女と、水色のオーバーシャツと、黒いパンツ姿の少女の四人がいた。 「クラウドさん、セレナちゃん、ノエルまであとどの位ですか?」 「もうすぐ見えるでしょう……シィル、チョコはもう止めとけ」 「意地悪……」 「子供だな…ってこらクラウド、それはボクの肉だ!!」 四人は荷車に乗っていて、現在は昼食中。 しかしまだ食事をしているのはクラウドとセレナだけで、ティセとシィルの二人は未だに肉一つで取っ組み合いのケンカをしている二人を見て、一方はあははと笑い、もう一方は自分の恋人のあまりの阿保さ加減に、ほとほと呆れていた。 ちなみにセレナは、最初はクラウドやシィルに敬語まじりの接し方をしていたが、どうやら既に二人とも打ち解けたらしく、今はタメ口全快である。 そんなやりとりをしていると、黒く長い髪のシィルが突然顔つきを変え、それによって薄青い髪の少女セレナとボサボサ髪のクラウドの目つきがガラッと変わった。 「敵が来る。オーガと魔術師」 「おっしゃぁぁ、行くぜセレナ!!」 「ティセお姉ちゃん、行ってきます!!」 「はーい、気をつけてくださいねー」 するとクラウドとセレナが走っていく先を、ティセは手を振って見送り、シィルはそんなのは無視して、チョコを頬張っていた。 「……正確な数までは言ってない」 「いいですよ。クラウドさんとセレナちゃんなら、いくら数が多くても所詮オーガなのですから。一撃の元に粉砕してくれますよ」 満面の笑みで言うと、草原の向こうを見て、少し憂いを込めた顔をするティセ。 「次は風の国、ノエルですか……」 そう呟くと、今度はただ真っ直ぐ目の前の草原の遥か彼方に見える、大きな城壁で囲まれている国を見つめる。
風の国ノエル。 そこにはバージニア王国程ではないが、中心に大きな城下町がある。 そして大陸の西部にあり、丘に面した位置から、商業は発達していなくとも、闘術や魔術が発達した国としても有名であった。 また、この国にも、バージニアと同じく闘士と呼ばれる者達がいる。 彼らは風の神のご加護を受け、闘気もまた風の属性を秘めた者が多い。 その中でも、ノエル闘士団第一部隊長グラムの闘気が最も強く、その力はカレンと同じ聖闘士の中でも一、二を争うほどの強さを誇っていたアドルフ・ジュピターと同等の力を持っていて、世界有数の闘気の強さを誇っている。 ぶっちゃけて言うと、クラウドやセレナの闘気を合わした所で、彼の闘気の十分の一にもならなかったりする。 彼ならたとえファナとて、一撃の元に粉砕してくれるだろう。彼が彼女の味方にでもなってしまえば話は別だが。 なので、四人にとってこのノエルへの旅は、いわゆる行楽だったりする。
「ティセ、あとどの位なの?」 「時間にして、五時間くらい」 双眼鏡を覗いて的確に答えを言うシィル。 しかしどんなにカッコイイ事をしていても、右手にチョコを持ち、小さな口いっぱいに頬張る姿は、微笑ましい事この上ない。 ティセも、思わず口元が緩んでしまう程であった。 「けど一つ問題がある」 すると、シィルは突然、ティセの鞄を持ち出して少し漁ると、そこから小さなポーチを取り出して少し振る。 チャラチャラと、小さな金属音が聞こえ、彼女は呟いた。 「欠食児童を二人も抱えていて、食費がない」 「アハハ、それは問題ですね」 二人は顔を揃えて苦笑すると、はぁっと一段と大きな溜息をついた。
「馬鹿な……ノエルには風の闘士しかいないはず…」 その魔術師は驚愕していた。 彼は百のオーガを整え、そのどれもに風の属性を付与し、風の属性しか持たないノエル軍の闘士を倒そうと決めていたのだ。 それが、こんな所で、しかもこんな二人に打ち砕かれたのだ。 しかもその闘士が、風の属性とは相性が悪い、火の属性を持った闘士と、風とは何の関係もない水の属性の闘士が、それを打ち砕いたのだ。 しかし、魔術師が驚いていたのは、どちらかといえば男の方であった。 「燃え盛る炎の鉄槌(バニシング・ハンマー)!!」 クラウドの右腕から放たれる業火が、緑のオーガを燃やし、灰にする。 本来火の属性は風の属性に弱いのが世の定説である。 多くの闘士団は其々の属性を生かした、独自の戦法を取っており、あの氷の貴公子ファナやノエル闘士団長グラムのような、一つの属性で多くの軍ををやっつけられる闘士は比較的、むしろ稀少な位珍しいのだ。 しかし今時分が目の前にいる闘士は、風に弱い火の闘士であるのにも関わらず、自分の従えるオーガ達を悉く倒しているではないか。 まさに彼にとっては、あってはならない事であった。 無論、いくら弱点のある属性でも、その闘気の濃さによって、例えばノエル闘士団長のグラムや氷の貴公子ファナみたいに、数千の軍勢と戦える事もあるのだ。 しかし、今魔術師の前にいるのはグラムではないし、ましてファナでもない。彼にとってはただの無名の闘士であった。 「押し寄せる水の咆哮(ハイドロウェーブ)!!!」 セレナの右腕から出る水流がオーガを包み込み、水の中で微塵切りすると、彼女は自分のノルマを終えた事を確認し、はぁっとため息をつく。 「クラウド、早く終えちゃいなよ」 「分かってるって。それじゃ……」 愕然とする魔術師を見て、クラウドは一歩ずつ歩きだし、不敵な笑みを浮かべながら徐々に魔術師に近づいていく。 「さて、てめえに一つ質問がある」 「な、なんだ!!?」 魔術師は殺される、と思ったのか、クラウドの言葉にきょとんとする。 すると、クラウドは次に、憤怒の表情を浮かべた。 「ファナの手下か?」
「ふぁ、ファナ?」
魔術師のこの、いかにも「はぁ?」という顔からして、恐らくはファナとは何の関係もないのだろう。他の組織の手下か。 どちらにしろ、末端だけを潰したって面白くない。 そう思うと、クラウドは急に溜息をついて、手を振る。 「……さっさと行け。やる気失せた」 クラウドの声と共に立ち上がると、魔術師はそのまま回れ右して、時速10キロメートルの如き速さで逃げていった。 「クラウドは本当甘い。殺しちゃえばいいのに」 セレナもクラウドの行動に呆れているのか、はぁっと溜息をつく。 すると振り返ってにっこりと笑みを浮かべる。 「無闇な殺し合いは、ティセさんが一番嫌う事なんだ」 クラウドにとってはほんの軽い一言なのだが、セレナはそれを聞いた瞬間、罪悪感でしゅんと項垂れてしまった。 無理もない。彼女はティセに会うまで、人を殺して命の生計を立てていたのだ。 多くの敵を殺し、多くの罪のない人を虐殺し、ただひたすら純粋にあのファナを慕っていたのだ。知らない間に昔の自分が出てしまったのであろう。 「……そっか、ごめん」 暗い顔をするセレナに、驚いてたじろくクラウド。 「い、いや、俺は別に怒ってる訳じゃなくて……」 慌てて励まそうとするが、セレナは暗い顔を止めない。 次第に、何も悪い事を言っていないのに、クラウドの中に罪悪感が生まれる。 「俺の方こそ、変な事言ってごめん」 と一言。 すると、セレナの表情が一変し、少しきょとんとしたと思ったら、すぐに呆れたといった顔になり、はぁっと溜息をついた。 「……?」 突然そんな表情をされて困惑するクラウドを見て、彼女はもう一度溜息をつくと、ふっと笑って振り返る。
「……じゃそろそろ行かないと、ティセお姉ちゃんが寂しがるよ」 そんな事を言って、満面の笑みで歩いていくセレナを見て、鈍感なクラウドは頭にハテナマークを浮かべながら彼女の後を追っていった。
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