「認めないわ」 「え?」 黒い帽子は吹き飛ばされ、赤く長い髪は乱れ、服もスス塗れになってしまっている。それでもその目はまだ負けを認めていないかのように光り輝いている。 魔術師、セレス・アルフレッドであった。 「何よ、ジジイもあんたもウォルスも……皆私をコケにして……絶対許さないから!!」 両手を広げ、再度魔力を込める。 もはや魔法は使えない。エリスは、最後の手段である剣を抜く。 「何をするつもり!?」 「町全てを、破壊するわ。ジジイもウォルスもあんたも……皆死ぬのよ!!」 その言葉に、一番驚いたのは、敵である筈のウォルスであった。 額に汗を浮かべ、セレスに歩み寄る。 「止めろセレス。もう終わったんだ。もうよかろう?」 「何よ!私に絶対に従うっていったクセに!ふんだ、ウォルスなんて嫌いだもん!!」 そこでウォルスも止まった。 それは、もはや自分ではこの少女を止める事などできないと、確信したからである。負けた自分では何を言おうが無駄だと、理解したのだ。 「……ちょっと」 すると、突然エリスが歩み寄る。 剣を抜き、一歩ずつ彼女に近づき、その差があと一、二歩の所で止まると、鋭い目つきでセレスを睨み付ける。 「何よ、あんたまで……」 睨み付けるエリスを逆に睨み返し、尚も魔力を込めるセレス。 しかし、エリスは逆に言い放った。 「やってみなさいよ」 「「!!???」」 突然の言葉に驚いたのは後ろの二人。 何を言い出すんだ、とでも言いたいのだろう。 当然だ。もしもこのままセレスが魔法を放てば、今度こそ町の一角が灰と化す。 しかし、尚もこの木の葉色の魔術師は口を開いた。 「あんたがそこまでこの町滅ぼしたいって言うならやりなさいよ。好きなだけ、いっそ世界が崩壊するまで好き勝手やりなさいよ!!!」 「なっ……」 「殺すだなんて、そんな簡単に言われるとムカつくのよ!!あんたにとって、人の命を奪うのはそんなに簡単な事なの!?あんたにとって、命ってそこまで軽い物なの!?」 セレスは人殺しの辛さが、人を殺す悲しみが、そして殺された人、その人の家族や友人がどう思うか、これまで考えてこなかった。 否、考える暇など与えられなかった。 人を好きなだけ殺していい。 それが、自分を育ててくれたあの科学者の、最初の言葉だったのだから。 「だったらいっそ、好きなだけやりなさい。あたしは抵抗しない。あんたに殺されると分かってても。けどあんたがもし、あたしの大切な人に危害を加えるのなら、あたしは容赦しない。刺し違えても、あんたを止めるわ」 自分を殺すなら殺せ。けど自分の大切な人を殺すなら容赦なく止める。 そう言い放たれ、セレスの魔力が薄れていく。 こんな簡単に自分を殺せ、と言われた事など、一度もなかった。 どうして言えよう。これまで彼女と出会った人間は、ほとんどが命乞いをし、助けを求めてきたのだから。 それを、彼女は今まで、面白い遊びのように殺していった。 「ほら、やりなさいよ。なんならいっそ、全てを滅ぼして、一人ぼっちになったら?」 「!!?一人……?」 言われ、今度は魔力が上がっていく。 その瞬間、ウォルスは愕然とし、エリスを止めに入る。 「止めろ、それ以上……」 「そうよ。あたしも、ジョップも、ウォルスもいない。誰もいない、一人ぼっちの世界を作るといいわ。そこには、あんたしかいないのよ」 「……一人」 自分を育ててくれた人も、自分を今まで守ってきた人も、自分の敵も、味方も、獲物すらいない。たった一人の孤独の世界。 それを一瞬でも想像してしまったこの少女の体から、これまで見た事もない大量の魔力が溢れ出てきた。 それは、魔法に詳しくないジョップまでもが分かる程に。 「なんじゃ、娘の体から、溢れんばかりの魔力が……」 「…いかん!エリス、そこを離れろ!!!」 ウォルスが叫ぶと、それにつられてエリスが振り返る。 「……嫌」 「え?」 「……まずい、暴走だ」 ウォルスがジョップとエリスの腕を掴んで走ると同時。 少女の目から、一筋の涙が流れ、
「一人ぼっちは嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
大量の魔力が一気に暴発した。 吹き飛ばされる三人。 それぞれ着地すると、セレスの放った膨大な魔力を見て絶句する。 「なっ……」 その凄まじさは、以前エリスが使った風の魔法などほんの春風かと思うような、凄まじい突風と、それこそ世界を灰にしてしまいかねない程の熱量だった。 辺りでは、彼女の放った膨大な魔力が、まるで竜巻になり、既にその大きさは半径20メートルにまで広がっていた。 それは数件の家を吹き飛ばし、辺りを徐々に灰燼に化していく。 「こんな……魔術師なんてレベルじゃない。これじゃまるで……」 まるで、悪魔の業としか言いようがないではないか。 かつての大戦ですら、これほどまでの魔力を放てる魔術師など少なかった筈だ。 それが、この小さな少女にはあった。 「魔力は悪魔と同レベルというわけか……なんと禍々しい」 ジョップが苦虫を噛み潰した顔でそれを見上げると、逆に暗い顔になるウォルス。 「あいつは……エレメントソーサレスなのだ」 その瞬間、エリスの顔が曇る。 彼女は自分と、そしてあの紅蓮と同じ、エレメントソーサレスだったからだ。
「エレメント……ソーサレス?」 それは以前、月代雪弥も聞いた事があった。 エリス・ノーティスと、隣のアリスから、紅蓮というエレメントソーサレスが現れ、殆どの騎士に重傷を負わせたと、以前聞かされた記憶がある。 それが、まだ真琴の友達である、リンと同じくらいの年の少女の体で、人工的に作ったとの話を聞き、雪弥は絶句していた。 「そうだ。あの娘は非常に良い実験体だった。まさに私の、五年に渡る研究の最高傑作だった。貴様らグレンフェルトの奴らはそれを、倫理だの何だのと理由を付けて、せっかくの研究を邪魔しようとした」 当たり前だ。 人は人として、脆弱でなければならない。 弱いから強くなる、そして弱いから優しくなるからだ。まだ幼い頃から、自分が強いと思ってしまった人間は、それ以上強くもならないし、優しくもならない。 そんな少女として育てていた男を睨み付けると、雪弥の中で、ふつふつと、この男に対する怒りが込み上げられてくる。 「許せぬ。人を、それもまだ年端も行かぬ少女を……」 「下衆な男め」 アリスも同感らしい。 いくら国に対する復讐であろうとも、その為に小さな少女を犠牲にして良い訳がない。 何より、その少女があまりにも不憫すぎた。 誰にも負けない強い力を幼少から持たされ、好きなだけ人を殺していった人生。 しかし、大量に人を殺した以上、いつかとても重たい罪を背負わなければならない。 「黙れ偽善者!!国を守る為には、たとえ悪鬼の力をもってしなければならない時だってあるのだ!!事実、紅蓮という魔術師が攻めてきて、あわや没落の危機にまで瀕したそうではないか!!それに今、こうして私の軍隊が攻めてきて、こうして数々の騎士を殺していきながら、国を滅ぼそうとしているのだぞ!!」 「ならば、それを止めなければならない」 死神を強く握り、構える雪弥。 それを見て、男は身構えるどころか、逆に薄ら笑いを浮かべた。 「無理だ侍よ。貴様のその死神は、私の体を切りつける事はできない」 「どういう事だ?」 「簡単な事。こう言う事だ!!!」 途端に、大地が雄たけびを上げた。 震度5はあろうかという地響きに、雪弥もアリスも必死に堪えるが、すぐに体制を崩して蹲ってしまう。 そして目の前を見て、その光景に愕然とした。 それは全長が5メートルはあろうかという、巨大なミミズの集団だった。 「このミミズの装甲は、今までの虫達とははるかに桁が違う。貴様の死神ならともかく、一般騎士の剣では掠り傷さえ負わせられん!!!」 「おのれ、まだこんな隠し玉を寄越すとは……」 そうこうしている間に、白衣の男は身を翻し、そのまま森の中へと逃げていった。 このままでは、折角敵の総大将を見つけたのに取り逃がしてしまう。 その雪弥の懸念は、同時に彼女にもあった。 「アリス、分かっているな?」 「……国を守る為、だからな」 だからこそ、二人の作戦は共通した。 あのミミズの装甲を敗れるのはこの中では雪弥しかいない。彼が持つ死神でなければ、あの魔物に傷をつける事は容易ではないだろう。 その為か、奴を追う役にアリスが買って出た。 アリスが走ると、雪弥は同時に跳躍し、ミミズに斬りかかる。 それだけでミミズの集団は、攻撃目標を今走っているアリスではなく、飛び掛った雪弥に切り替えた。 走りながらアリスの叫ぶ声が聞こえる。 「雪弥、死ぬな!!」 「そのセリフ、そっくりそのまま返す。まだ隠し玉とかありそうだからな」 「分かっている!」 そんな彼らを見て舌打ちしたのか、逃げた男はミミズの集団に合図をする。 「くっ、行けわが僕よ!そいつらを殺せ!!!」 そうこうしているうちに、ミミズの集団が雪弥に突撃してきた。 右に反転して交わし、アリスを見る。 「雪弥!!」 「アリス、そいつに気をつけろ!!」 そう叫ぶうちに、彼女の姿もなくなった。 後は彼女がなんとかしてくれるであろう。あれでも彼女は雪弥のいない半年間、あの三人を守りながら、特別隊の隊長として戦ってきたのだから。 そもそも今までカレハ姫を守りながら戦い抜いてきたのだ。たかが人間相手に、簡単に敗れたりはしない。 きっと平然とした顔で戻ってくるであろう。 「さて、今宵の戦闘も、ようやく終焉を迎えたようだ」 雪弥はため息を一つつき、片手に死神、もう片手に小太刀を持つ。
「月代雪弥、貴様らを殺した男の名だ」 そう言って彼は、敵陣に突っ込んでいった。
事態は最悪のものになってしまった。 突然の自分の言葉がきっかけで起こしてしまった事態。 だからこそ焦る。 「何よ……どうしろって……!!?」 「いかん、早く残っている住民、騎士を全て避難させろ!!まもなくこの国は……いや、この地帯一帯はまもなく、灰燼と化す!!」 ウォルスが叫ぶ。 どうやら彼の話を要約すると、セレスはエリスのように先天性のエレメントソーサレスではなく、後天的に造られたエレメントソーサレスだった。 この虫を操る総大将の男に育てられ、人工的に魔力を埋め込まれた存在。 故にその男が彼女に求めたのは殺し。 まるで遊びのように殺しを楽しませ、戦場で一線を張らせてきた彼女に、もはや殺しに対する感情など皆無。 その為か、彼女の周りにはいつしか人が遠ざかり、彼女は孤独になっていった。
そして「一人ぼっち」という言葉に過敏に反応するようになった。
魔力を暴発させ、辺りを吹き飛ばそうとしている、セレスという人間はそうしてできあがったらしい。 「ウォルス、おぬしがなんとかできんのか!?」 しかしだからといって同情している暇はない。 このままではグレンフェルト一帯が焼け野原になるのだ。 否、彼女の魔力量からいって、それだけではあきたらないだろう。最悪、この大陸全体が海に沈む可能性すらありうるのだ。 「すまぬご老体。俺の力では彼女は止められない」 「え〜い、若いもんは役に立たぬ!!こうなれば……」 ジョップが剣を持つ。 こうなったら彼女を殺すしかない。 小さな少女を殺す事は彼の正義に反する。しかしこのまま自分の国が焼け野原になるのを黙ってみている事もまた、彼の正義に反する。 そう考え、一歩踏み出そうとした、その時であった。 「エリス!!?」 「無茶だ魔術師よ!もはやそれは危険だ!!近づいたら……」 ウォルスも止めようと声を荒げようとするが、すぐに止める。 彼女は今まさに、巨大な魔力の渦中に入ろうとしていた。 「エリス!!!」 「魔術師……そなたは何故に!!?」 ウォルスの言葉など耳に入らないのか、エリスはただまっすぐ彼女を見ながら、一歩一歩魔力の渦の中に入っていく。
――あたしと同じ。 ――友人もいない、本当の家族もいない、いつも一人ぼっちだった…… ――この娘も、昔のあたしも……同じだった……
腕が裂ける。肩から血が流れ、頬に傷ができる。 それでも尚、その瞳に光は失われていない。 しばらくすると、少女の姿が見えた。 彼女は泣いていた。 孤独だから。一人ぼっちだから、寂しさで泣いていた。 その姿が、親もいなく、当時は友達と呼べる人間さえいなかった、かつての子供の時の自分とあまりにも酷似していた。 彼女もまた、真琴やサクラと出会う前は独りぼっちだった。友達など誰もおらず、ただ独りで魔術で遊んでいただけに過ぎない。 そっと彼女を抱き寄せると、軽く頭を数回撫でる。 それだけで、巨大な魔力の渦は、まるで台風が過ぎ去った後のように、一斉に止み、二人の剣士の目の前には、少女を抱き寄せているエリスの姿が見えた。 「ほら、もう泣かないの」 「……え?」 自分は殺されると思っていた。 一人ぼっちで殺されると思っていた。 だからこそ、彼女の行動が理解できなかった。 「言ったでしょ、あんたがこの町を、私の友達を殺そうとするなら止めるって。だって、あんたが犯した過ちで、またあんたを一人ぼっちにしたくないもの」 「……」 「大事な人を無闇に傷つけたら、余計寂しいよ。この町は……この国は、あんたが欲しがってた友達がいっぱいいるの。それを傷つけたら駄目よ」 そう言われ、セレスは思い出した。 自分は友達がほしかった。 誰かを殺すより、誰かと遊びたかった。 それこそ、この生まれてから十二年間ずっと隠してきた、彼女の本当の願い。 「一人は嫌なんでしょ?だったら、私が守ってあげるから」 「エリ…ス……」 彼女は朗らかに笑っていた。 自分を、自分が守っている町を、国を、もう少しで滅ぼそうとしていた少女に向かい、一心に笑みを浮かべていた。 「もう一人なんて言わないで。私が友達になるから」 「……」 俯き、肩を震わすセレス。 このような事を言われたのは、恐らくエリスが生涯初めてであったのだろう。 「だから、あんたは一人ぼっちじゃないよ」
だからこそ、余計にその言葉は、彼女の涙腺を緩ませるには充分すぎた。
エリスの胸に飛び込み、まるで悪い夢を見た後の子供のように、そっと嗚咽を堪えながら泣きじゃくるセレス。 そして、彼女の周りから、それこそ禍々しいまでの魔力が消え、後ろにいた剣士二人は心底驚いていた。 「セレスの魔力が……消えた」 「……一人では、生きて行けん。じゃから、仲間が、友がいるんじゃな」 今日、彼はこのエリス他、特別隊の面々と出会い、これまでの考え方、生き方を改めて考えさせられた。 目を閉じ、まるで昔を思い出すかのように笑みを浮かべるジョップ。 「忘れておったよ、あの娘と共に戦うまで。儂はいつも、一人で戦い、一人で傷つき、一人で苦しみを全て背負ってきた。じゃが、あの娘らはいつも、仲間と励ましあい、協力しあい、信頼しあってきたからこそ、今までやってこれた」 それが自分と、あの少女との違い。 だからこそ、あんなにも巨大な敵にも勝てた。 だからこそ、あんなにも可哀想な少女を救えた。 そしてだからこそ、あんなにも彼女は優しいのだ。 「……ご老体、この度の無礼、お許し願いたい」 頭を下げ、セレスの代わりに謝るウォルス。 未遂とはいえ、もしかしたらこの国の破壊に繋がる行動をしようとしていたのだから。 そしてそれに加担し、尚且つ止められなかった事も悔いていた。 「馬鹿者、それで許されるか?今日は一杯奢りじゃ」 振り返り、悪戯な子供のような笑みを浮かべるジョップ。 「……承知」 「キシシ……今宵は宴会じゃな」 けらけら笑うと、彼は剣を鞘に収め、ウォルスの肩を数回叩く。 未遂とはいえ、グレンフェルトを破壊しようとしたのだ。騎士団に捕まったのならば、即刻死刑を言い渡されてもおかしくない。 実をいうと、ジョップもまた、根は人がいいのだった。
「君達は本当に役立たずだ……」
突然聞こえる凛とした声。 辺りには自分達しかいないというのが分かると、全員上を向く。
そこには、一人にとっては初めて見る相手。 二人にとっては自分をこの戦場に送った張本人。 そして一人にとっては、忘れられない最強の敵であった。
「!!?誰じゃ!!?」 「「「紅蓮……」」」 黄金に輝く長髪に、赤いローブの魔術師。 それだけで、彼の名を呟くジョップ以外の三人。 その強さは、初めてみた彼ですら分かってしまう程、圧倒的であった。 「君はたしかあの時の……セレスを倒して、これで虫の軍団は全ての頭を失ったか」 久しぶりの再会なのにも関らず、興味ないという顔をする紅蓮。 「えぇ。他のやつらも、どうせ真琴やサクラが倒してくれたんでしょ?」 「あぁ。真の統率者も、今頃他の騎士に捕まっているだろう」 それはきっと雪弥か、もしくはアリスだ。 エリスはそう確信すると、知らずのうちに笑みを零していた。 しかし油断はできない。 そう言っているかのように、先程鞘に収めた剣を再度抜くジョップ。 「観念したほうがええぞい。貴様の部下は皆任務に失敗した。儂らの勝利じゃ」 どの道セレスとウォルスはここで戦線離脱。 他の虫の頭も、恐らく特別隊の面々がやっつけたのだろう。 しかしどういう訳か、紅蓮の表情には苦痛の色はなく、逆にそれが面白いのか、薄っすらと笑みまで浮かべていた。 「アハハハ、なら私がこの国を滅ぼすまで。しかしその前に」 すると紅蓮は下を見て、セレスとウォルスを睨み付ける。 それだけで、先程まで無邪気な悪魔だったセレスは何処へやら、途端に蛇に睨まれた蛙の如く、エリスの後ろに隠れて怯えてしまった。 その行動だけで、このセレスにとって、紅蓮という魔術師がどれだけ恐ろしいのかという事を表していた。 「セレス・アルフレッド、そしてウォルス・ローゼンリッター……既にお前達は任務に失敗した、ただの役立たずだ。もう用はないから、ここで消えてくれ」 「!!?あんたら……」 セレスを後ろに隠し、一歩後退するエリス。 彼女には既に魔力がない。 あったとしても、ここでこんな魔術師と戦う為のストックなどないに等しい。 瞬時に前に出たのは、味方である老騎士と、敵であった若い騎士であった。 「……ご老体、ここは私が引き受けよう」 「何をいうか、そんな傷でまともに戦える筈なかろう?」 「そなたこそ、その体で戦おうというのなら無理です」 どちらも互いに気を使っているが、結局疲労の度合いは同じ。 どちらも先程の一騎打ちで力を使い果たし、仮にストックがあったとしても、このような魔術師相手に、果たしてもつのかどうかさえも怪しい。 すると、魔術師の右手が光った。 「まずは、セレス……君から……」 それを聞いて、セレスは座り込んだ。 いや、腰が抜けた、と言った方が正解か。 「させない」 しかし彼女の前に立ちはだかったのは、この中で最も疲労していて、最も死に近かったエリスであった。 「セレスは友達だからね。命に代えても守ってやるわよ」 「エリス……」 しかしセレスには分かる。 エリスにはもはや、戦う為の魔力なんて残っていない。 このまま魔法で戦えば、恐らく無事では済まないであろう。更に悪い事に、相手はあの紅蓮だ。きっとまともな殺され方はされない。 「言っておくが、私とそこの欠陥品と一緒と思っているのならば、その考えを改めた方が懸命だと思うが?」 「えぇ。もちろん」 だというのに、 エリスは剣を抜いて右手で構えると、左手を突き出し、念じる。 何の詠唱もない。まさに勘だけの魔法。
「セレスは欠陥品なんかじゃない、大事な友達よ!そしてあんたは、そのセレスを殺そうとしている、人類史上かつてない最低男……この考えは、間違ってないわ!!!」
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