もう、一発も魔法は出せない。 というか、こんな鎧を着け、剣を持った老騎士背負いながら、歩くだけでも精一杯であるのに、これ以上魔法など使えば、その場で老人ごと地に倒れてしまうだろう。 「はぁ……はぁ……」 徐々に息も苦しくなってきた。 しかしエリスは、背中に背負ったジョップがまだ生きている事を肌で感じると、なんとなく安心して、もう少し頑張ろうと思えてしまっていた。 「エリス殿……もういい……儂を置いて先に……」 「馬鹿……いいからとっとと先急ぐ!!」 だというのに、この騎士は消極的な言葉しか返さない。 そんなにエリスは頼りにならないのか、それとも、単に誰かの迷惑になりたくないだけなのだろうか。いずれにしろ、エリスはこういうことを言う人がいると、どうしても手を貸したくなる性格であった。 「……すまん」 ジョップの声が暗くなる。 「ちょっと、何謝って……」 「儂はこれまで一人で戦ってきて、一人でいくつもの悲しみを背負ってきたのじゃ。せめて死ぬときは、誰の迷惑にもならずに……」 迷惑ならかけている。 今回も、本来なら深追いはせず、他の騎士団の到着を待てばよかったのだが、彼はそれにも関わらず武器を取り、戦った。エリスが駆けつけなければ、今頃彼の人生はその幕を閉じていた事であろう。 エリスも黙る。色々と言いたい事があっても、この疲労では喋りに体力を使うのがもったいなく感じてしまう。 「……」 「せめて、誰も悲しませずに……終わりたいのじゃ……」 「……全く、これだから盲目爺さんは困るわ」 そう言うと、少しそっぽを向きながら眉を細め、少しだけ頬を赤くしながら、再度息を吸い込んで口を開く。 「あんたが死んだら、あたしが悲しいっつうの」 「……」 こんな事を言われたのは、恐らく彼の人生の中で、初めてであろう。 騎士団として生き、いつも一人で戦ってきた彼の中で、誰かに心配される事も、した事もなかった。こんな言葉を掛けられた事すらなかった。 自分のような老いた人間を、こうして元気付けてくれている。 彼はエリスの背中の体温を感じ、その温かさからか、次第にその死んだ魚のように乾いた目が、少しだけ潤ってくるのを感じた。 「ちょ、そんな孫を見るような顔しないでよ。あたしだって、今まで祖父とか祖母とかいなかったけど、そんな顔されるような事してないわよ?」 しかしそんな風に顔を赤くしながら言われると、彼も思わず笑ってしまう。 「いやなに、少しお前さんの顔が滲んで見えてしまった。いや、年寄りにもなって汗は掻きたくないわい」 「……」 きっと、自分に祖父などというものがいたとしたら、きっとこうなのだろう。 おもわず「おじいちゃん」って言ってあげたいのを、腹の中で我慢しながら歩くと、ふと横に小さな瓦礫でできた穴が見えた。 ちょうど人が二人ほど座って休める場所だ。 「もういいでしょ?そろそろ休んで、体力が回復するまで待ちましょう」 「そうじゃな。老体にはちと、堪えるわい」 「あんだけ戦えばそりゃ、ね」 そこら辺に座りながら、エリスはふぅとため息を漏らす。 その様子に、ジョップは明るく笑って見せた。 「お前さんは若いのに、儂の半分も働いておらんでその疲労かの?」 「あんたねえ、魔術ってのはあんたの予想以上に体酷使するの!精神力って言っても、最終的には己の体使って魔法出すわけだし」 「そうか。儂はいままで、誰の心配もしてこなかったからのお」 エリスは辺りを見渡した。 大丈夫。敵も味方もいないし、第一この場所は瓦礫に隠れている。 少し卑怯だが、これも戦法としては悪くない。 「まぁ、暫くここで休みましょう。体力が回復しだい、戻るわよ」 「そうじゃな。膝枕してもらえるとうれしいのぅ」 「はいはい。分かったから……」 とにかくこれで休める。 後は自分の隊長が、サクラが、真琴が、なんとかしてくれるだろう。 とりあえずエリス・ノーティスはここで休業と。 そんな風に思いながら、重たい瞼を閉じようとした、まさにその時だった。
『くすくす、いいお孫さんね、おじいちゃん?』
「!!?誰じゃ!?」 「つうかあたしは孫じゃない!!」 突然の少女の声に、すっと立ち上がる二人。 そして瓦礫の外に出ると、そこには二人の、人間がいた。 一人は少女、赤く腰まである髪を靡かせ、黒い帽子を被っている。黒いコートに黒い靴を履いていて、エリスを見ると、小さく笑みを浮かべる。 背丈や容姿でいえば真琴の友達である、リンと同年代に見える。しかし、内側の魔力はエリスのそれを遥かに凌ぐかのように見える。 「こんばんはお二人さん。セレス・アルフレッドと申します」 少女、セレスはスカートの両裾を掴むと、足を交差させてお辞儀をする。 上流階級の軽い会釈だ。 「……」 隣には男がいる。茶色の髪に黒いマント。その下には銀色に光る鎧を着込んでいて、腰には一振りの片手剣があった。そしてセレスが太陽ならば、この男はまるで月かのように黙り込み、何もしなかった。 「あんたも挨拶する!!……はぁ、こいつはウォルス。私の人形よ」 ため息をつきながら男、ウォルスの紹介をするセレス。 そんなウォルスを見て、同じ剣士であるジョップは面白そうな顔をする。 「ほぉ、ずいぶんと強い剣士と見たが?」 「ご名答。ちょうど魔術師と剣士で、いい組み合わせでしょ?ちょうどこんな感じの奴らを殺したかったんだぁ……」 まるで人殺しを遊びか何かと思っているのか、セレスの表情はまるで、リンと遊んでいる真琴同様、無垢で無邪気だった。 その姿が、逆にエリスの癪に障る。 「あんたが、この町の虫を操っているわけ?」 「ぴんぽ〜ん!でもね、私はあくまで呼び出しただけで、後は他の三人の統率者が使役してるから、私達は関係な〜し!!」 セレスはわかっていない。 彼女はあれだけ魔力はあってもエリスには分かる。人間なのだ。 当然人を殺す際、苦しみや悲しみがあって当たり前だ。よほど事情があるか、快楽殺人者でない必りは、人を殺すのにこれだけ楽しそうにしていられる人間などいない。 「ふざけないで。あんたがこいつら呼び出した犯人なら話は早いわ。お尻ペンペンして、その腐った根性、叩きなおしてあげる」 「ふんだ、今にそんな大口、叩けなくしてあげるんだから!!」 その言葉はすぐさま、戦闘開始のゴングへと変わっていった。 ジョップも剣を抜く。 「気をつけい、こやつら、今までの奴らとは違う!」 「分かってる。それじゃ、散るわよ!!」 そして自分もブロードソードを抜いて、駆け抜けるエリス。 後は自分の剣技と、魔法で戦うしかないのだ。 だが、それでもあの剣士と戦うには無理がある。 ここは一つ、餅は餅屋で、あの老人に任せてみるのもいいかもしれない。 ――とにかく、あの小娘は私がやっつける!! 自分も小娘の範疇内だという事を忘れ、自身の魔力を放出させるエリスであった。
元より、自分の戦いはいつも一人。 誰も味方はおらず、敵は数十、数百。 そうして男は勝ち得てきた。 そして今、目の前には自分よりも遥かに強そうな一人の剣士。茶髪に黒いマントを羽織った赤い目の男。 その男、ウォルスは皮肉を込めた笑みを浮かべる。 「……ほぉ、向こうの支援にはいかないのか?」 「意外に凛とした声じゃのう……シシシ、そうさせてはくれないのじゃろ?」 初めて聞くウォルスの声を褒めながら、剣を抜くジョップ。 六十歳になる、自身の古びた体を無理やり起こし、眠っていた闘気を再度呼び覚ましながら、一歩ずつ間合いを詰めていく。 「なら、あの小娘はエリスにまかせて、儂らは儂らでやるとするかの?」 「そうだな。老人虐待は気が引けるが、お前からは他の騎士とは違う、ただならぬ気を感じる……ストレス発散には丁度いい」 「ふん。まだまだ若いもんには負けんわい!!」 そしてウォルスもまた剣を抜く。銀色に輝く、ごく普通の片手剣。 「第二部隊が一人、剛龍のジョップ……いざ!!」 「ウォルス・ローゼンリッター……参る」 そして戦いはスタートした。 まず駆け抜けたのはジョップ。大きく剣を振り上げ、待ち構えていたウォルスの剣に自身の剣を打ち込んでいく。 キィンという音がすると共に、二人が対峙する。 「ずいぶんと良い剣じゃ。じゃがそれで儂が斬れるか?」 「ならばそなたの長生き、今ここで終わらせてやる」 剣を振り下ろし、ジョップの剣を払いながら後退するウォルス。 しかしジョップはあえて、尚もウォルスに斬りかかろうと、足を速める。 二度三度の剣戟の後、防戦一方だったウォルスは、またも後ろに下がると、今度は先程よりも遠くに後退し、間合いを広げた。 「ふん。ただあの娘の言いなりになって、今まで強い奴を見なかったのじゃろ?そんな大きな口を叩けるのは若い証拠じゃな」 「……何が言いたい?」 大きな口を叩くには訳がある。 ウォルスは今まで、誰にも負けた事が無かったからだ。 しかしジョップが言う様に、ただ今まで強い奴を見てこなかった訳ではない。それこそ幻想種と呼ばれる竜とも戦った事がある。 まして相手は老いた騎士。老人に勝利を譲ってやる程、彼は親切ではない。 次で決める。 そう思って剣を振るおうとした、その時であった。
「簡単な事……貴様は俺には勝てない」
その瞬間、 辺りの空気が爆ぜた。 「!!?」 それは誰でもなく、ジョップという老騎士から放たれる気の圧力。 あまりにもミスマッチな大気を感じ、ウォルスは一歩下がって構える。 ――これは、本当にあの騎士から放たれた気なのだろうか…… ウォルスの首筋から、冷たい汗が滲む。 「なんという殺気……この老体から、何故……」 理解できない。 しかしこの男と初め対峙した時から、何か切り札を隠しているような感じはしていたのだが、まさかここで、これほどまでの気を放てる騎士と出会うとは、ウォルス自身、思ってもみなかったであろう。 「さて、始めようか……可愛い孫が待っているからな」 「おのれ、老騎士風情がほざくか!!」 こうなれば、自身も本気で掛かるしかないようだ。 負けたとなれば、あのセレスの小言を聞かされる。 そうなりたくなければ、この老人を、自身が持つ最大の力で倒す事に他ならない。 ウォルスの剣から雪色の花びらが散ると、それが突如中に舞い上がる。 「咲き乱れろ、雪桜!!」 そしてそれはウォルスの怒号と振り上げた剣と共に、まるで意思があるのかのように、一斉に鋭い刃となってジョップを斬りかからんと迫ってくる。 しかし、そんな剣技を見せられ、尚もジョップの表情は、笑みであった。 「ふん、そんなもの……同じ技を掛ければ造作も無い!!」 するとその瞬間、ウォルスは愕然とする。 なんとジョップはここにきて、自分と同じ、雪色の花びらを散らせ、己の剣とともに舞い上がらせながら、ウォルスの桜の刃と相殺させた。 「何!!?雪桜を……真似るとは!!?」 「長年剣を振るっていれば、見ただけで相手と同じ技を使って相殺する事もできる」 「くそっ……」 ウォルスは剣を構えながら、防御の姿勢をとる。 今のままでは次の攻撃は不可能だからだ。 それは、ジョップの剣が許さない。 「見ていろ若造……これが剣技だ」 するとジョップの剣が突然光り、強力な気を放出させる。 そしてそれを振り下ろすと、一直線にウォルスに向かって放たれ、彼にぶつかる寸前に爆発した。 辺りに爆音が鳴り、土煙が舞う。 そしてしばらく経ち、老いた騎士が踵を返し、来た道を戻ろうとした時、突然あの騎士の笑い声が聞こえ、再度ジョップは振り返る。
「ふははは!!ご老体、これが剣技か?」 「なんだと……俺の剣圧を……受け止めるとは!!」
ジョップのあの技は唯一にして無敵。 あの剣技を受け止め、殆ど無傷だったのはあの遠野真琴ただ一人だった。 しかしあの剣士は、そんなグレンフェルト最強の騎士と同じく、殆ど対した怪我もないまま、ただ立ち尽くして笑っていた。 「何の為にこの鎧を着けていると思っている?やはりその老いた体では、そこらの虫の装甲を切り裂く事がやっとか……」 「くそ……」 ぬかった。 ウォルスの着けている鎧はよほど防御力が高いのだろう。ジョップのあの剣を受け止めながら、その傷はたった数箇所しかなかった。 しかし彼の技はこれしかない。 これを防がれたら、この老人の勝利は無いも同然となる。 完全に、この若き騎士の勝利となった。 「秘剣、百花繚乱!!!」 「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」 そして突然の剣に、ジョップの体に傷ができる。 よほど高度な技なのか、もはや真似て相殺できるレベルではない。 防御姿勢をとり、損傷を最小限に抑える事しか、この男にはできなかった。 しかしウォルスは剣を構え、ジョップを見据える。 「さて、最後にご老体……本当の剣技を見せてやる」 その瞬間、 ウォルスの体から、黒いオーラが溢れ、それが一直線に剣に向けられる。 彼の体から溢れたオーラが剣へと移行し、剣から放出されたオーラは、まるで黒い竜のようになって暴れていた。
「奥義、邪龍滅破斬!!!」
そしてウォルスが剣を振り下ろした瞬間、 放たれた黒い竜は、真っ先にジョップ目掛けて突き進んでいった。 これを食らえば、自分は死ぬ。 その事を悟り、ジョップは剣を持つ。自分にはこれしかできない。これしか自分の生き様を証明する事はできない。 終わった。 自分は今、このウォルスの放つ、黒い竜に飲まれ、殺されるのだ。 最後に騎士として、自分の最大の力を使い、尚且つ負けたのだから、ここに朽ちるのも悪くないのかもしれない。 そう思うと、彼は剣を持っている手を降ろし、そっと目を閉じた。 自分は誰からも信頼されず、誰からの助けもなく、誰かの目にも触れられずに死ぬ。これ以上、自分の為に誰かが悲しむなんて事もない。 そして、最後に膝を地に下ろそうとしたその時、
『あんたが死んだら、あたしが悲しいっつうの』
ふと、誰かの声が聞こえた。
後ろで爆発が起こる。 黒いオーラが辺りを飲み込み、全てを喰らい尽くすが如く、黒い竜がさんざ暴れた後、ふと霧のように姿を消していった。 「あれは……」 それを見て、笑みを浮かべたのは赤い髪に黒衣の少女セレスであった。 「あはは、ウォルスの技が当たったのよ。あのおじいちゃんは死んだね」 「何っ……!!」 エリスの背筋が凍る。 これは自分の判断ミスだ。 あの老人を一人にしたのが間違いだったのだ。 「心配しないでよ。いますぐ、あなたも後を追わせてあげるわ」 そんな自己嫌悪の暇もなく、宙に浮かぶセレス。 そして両手を広げると、あの金髪の魔術師と同様、白い粒子がいくつも、彼女の周りを飛び交い、その一個一個から強力な魔力が溢れていく。 「なんて魔力……冗談じゃないわよ!!」 「さぁて、惨殺ショーのスタートよ!!!」 楽しそうに笑いながら、セレスが両手を振り下ろした刹那、 ――ズガガガガガガガガガガガガガガガガ…… 岩や瓦礫は砕け、バラバラになり、地上は大きな穴がいくつも空いていく。 今までエリスが使ってきたのが魔法ならば、これはそんな生易しい代物などではない。まるで禁呪ではないかというレベルの魔法だった。 エリスも防御用に、咄嗟にシールドの魔法を掛けたが、それすらも、この膨大な魔法という名の大砲の前には、無力としか言い様がなかった。 「し…シールドが……もたない……」 そしてエリスのシールドが、ついにその限界を迎えると、一斉に次の光の連射が、彼女に襲い掛かった。
――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……
幾重もの光の閃光が地上を襲い、大穴を空けていくと、その爆風に煽られ、まるで風に舞う木の葉の如く、宙に吹き飛ばされるエリス。 「きゃあああああああ!!!」 そのまま地面に背中から落下すると、あまりの衝撃に咳き込み、口の中を切ったのか、口元に赤い雫が垂れる。 そしてふと上を見ると、赤い小悪魔がそんな魔術師を見て、心底あざ笑っていた。 「あははははははははは、そんなチャチな低級防御魔法如きで、私の魔法に対抗しようって考えが既に愚かなのよ!!安心して、ゆっくり殺してあげるから!!」 すると上空の彼女はまた魔力を込める。 それを見て、なんとか起き上がろうとするエリスだが、今までの連戦と、これほどまでの魔法を食い止める為に使った魔力で、既に限界を迎えていた。 否、限界など既に超えている。 「いったぁ……」
――シールドも駄目、どの魔法もあの娘の方が上…… ――どうしろって言うのよ……
魔法も勝てない。その上剣も届かない。 形成は、どう贔屓目で見ても、エリスが圧倒的に不利であった。 「さぁ〜て、これから二十秒間、ゆっくりと苦しみながら殺してあげるわ。ゆっくりと地獄の苦しみを与え続け、あたしを喜ばせなさい!!」 「……」 このままでは死ぬ。 魔術騎士エリスはそう予感すると、もはや立つ力もなく膝をついて空を見上げる。 自分はなんて弱い人間なんだ。 エリス・ノーティスは魔術騎士だ。剣も使えて魔法も使えるが、その代わりどちらも中途半端で、どちらかに秀でた者には勝てない。 まぁ、最後があんな小生意気な娘だという事を除けば、彼女はよく戦った。 後は自分が死ぬのが先か、応援が来るのが先か。 彼女に勝てる人間なんて、それこそ数える程しかいない。自分にとっての最大の不幸はこの少女に出会ってしまった事。そして真琴と離れた事に他ならない。 すると、ふとセレスが呟く。 「さて、あんたを殺したら、次は月代雪弥って男ね。まぁ、すぐに後を追わせてあげるからゆっくり地獄で待ってなさい」 「!!!???」 そうして、ありったけの魔力を込めて光の球体を出現させると、それを両手でみるみるうちに大きくしていく。 「シャイン!!!!」 叫び、両手を地に、目標エリス・ノーティスに向かって一気に振り下ろした。 閃光が、光の如き速さで大地に降り立っていく。 そして大地に到達し、今まさに巨大な爆発を起こそうとしたその時。 「……隊長は死なせない」 「え?」 少女の呟きが聞こえたと共に、閃光は大地に到達した。 そしてどれほどの時が経ったのだろう。 ほんの数秒が、何年にも感じる一瞬、 セレスは驚愕していた。 「うそ、私のシャインと、互角に!!?」 それは彼女にとって、信じられない驚愕。 あるいは、畏怖だったのかもしれない。 彼女の放った閃光は、それこそ光の如き速さで、グレンフェルトの大地に降り立ったのにも関わらず、尚も爆発していない。 それどころか、彼女の閃光と、誰か、恐らくはあの魔術騎士が放ったのだろう、もう一つの閃光がぶつかり合っていた。 「ああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 それはまぎれもなくエリス・ノーティスが放った閃光。 彼女が持ちうる筈がない魔法、シャイン。 それを彼女は、セレスが一度放っただけでそれを完璧に真似、しかもその力も、セレスのそれと互角に渡り、尚も彼女のシャインを打ち砕こうとしている。 「どうして!?あり得ないわこんなの!!!」 そして対には、セレスの放ったシャインと互角の打ち合いを見せていた。 このままでは相殺して爆発する。 そう直感したのか、セレスはすぐさま片手を離し、もう片方の手を攻撃魔法から防御魔法に切り替え、自身の身を防ぐ準備をする。 しかしその表情は未だ驚愕に満ちていた。
「まさか本当だったの?こんな女が……先天性……」
――ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァン…… 少女の言葉が終わる間もなく、とてつもない爆発が巻き起こる。 それだけで一軒の家が吹き飛び、丁度川があって橋もあったのだが、それすらも吹き飛ばされてしまい、それだけで、この爆発の凄まじさを物語っていた。 そして爆炎と爆風、そして巨大な土煙の中、彼女は立っていた。 身躱しの服はボロボロで、綺麗な木の葉色の髪もボサボサになり、そこかしこススだらけだが、彼女は何時もと同じ、強さを秘めた瞳で尚も立っていた。 「ふぅ……」 すると彼女も、これで終わったと思ったのか、急に上げていた両手を膝にくっつけ、身を屈めながら肩で息をする。 大量の汗を掻き、まるで彼女の嫌いなマラソンをやり終えた後みたいになりながら、正面を見据え、未だ出てこない少女を待っていた。 ――もう魔力なんてスッカラカンよ…… ――煙すら出ないっての!! だがやるしかない。 何故なら、相手のセレスもまた、防御魔法で無傷な筈だからである。 一対一の場合、どのような状況においても油断は禁物だ。 まして相手が魔術師ならば、どこからどのような魔法が出てくるか、分かったものではないからだ。 しかも相手は自分よりも遥かに優れた魔術師で、その能力は、今まで出会った魔術師では五指に入るかもしれない。以前の、紅蓮という魔術師と、ほぼ同等である事は確かだ。 集中し、魔力を込める。 しかし、そんな考えは、一人の老人の言葉で完全に打ち消されてしまった。 「おーっ、そっちはもう終えたか?」 突然の声に、とっさに振り返ってしまったエリス。 「え、ジョップ?」 エリスは我が目を疑った。 それはところどころに怪我をし、鎧や兜にいくつもの傷を負いながら、六十を過ぎた体を起こしてあるいている老騎士を見たから、だけではない。 「っておわ、何敵と一緒に歩いてきてんのよ!!」 「……俺は剣士としてご老体に負けた。だから捕虜となったのだ」 「……そう」 エリスが本当に驚いたのはその騎士だけでなく、なんと先程まで彼と剣を交えていた、敵であるウォルスまでもが、一緒にあるいていたからであった。 そして、脱力していくエリス。 これでこちら側の完全勝利だからだ。 後は、自分があの魔術師の魔法を破り、その隙にジョップが切りつければ終わり。 しかし、後ろからは絶望というより、むしろ怒りに似た声が響く。 「認めないわ」
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