■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

へっぽこ騎士団の行進曲 作者:リョーランド

第7回   己の限界を越えろ!

 もう、一発も魔法は出せない。
 というか、こんな鎧を着け、剣を持った老騎士背負いながら、歩くだけでも精一杯であるのに、これ以上魔法など使えば、その場で老人ごと地に倒れてしまうだろう。
「はぁ……はぁ……」
 徐々に息も苦しくなってきた。
 しかしエリスは、背中に背負ったジョップがまだ生きている事を肌で感じると、なんとなく安心して、もう少し頑張ろうと思えてしまっていた。
「エリス殿……もういい……儂を置いて先に……」
「馬鹿……いいからとっとと先急ぐ!!」
 だというのに、この騎士は消極的な言葉しか返さない。
 そんなにエリスは頼りにならないのか、それとも、単に誰かの迷惑になりたくないだけなのだろうか。いずれにしろ、エリスはこういうことを言う人がいると、どうしても手を貸したくなる性格であった。
「……すまん」
 ジョップの声が暗くなる。
「ちょっと、何謝って……」
「儂はこれまで一人で戦ってきて、一人でいくつもの悲しみを背負ってきたのじゃ。せめて死ぬときは、誰の迷惑にもならずに……」
 迷惑ならかけている。
 今回も、本来なら深追いはせず、他の騎士団の到着を待てばよかったのだが、彼はそれにも関わらず武器を取り、戦った。エリスが駆けつけなければ、今頃彼の人生はその幕を閉じていた事であろう。
 エリスも黙る。色々と言いたい事があっても、この疲労では喋りに体力を使うのがもったいなく感じてしまう。
「……」
「せめて、誰も悲しませずに……終わりたいのじゃ……」
「……全く、これだから盲目爺さんは困るわ」
 そう言うと、少しそっぽを向きながら眉を細め、少しだけ頬を赤くしながら、再度息を吸い込んで口を開く。
「あんたが死んだら、あたしが悲しいっつうの」
「……」
 こんな事を言われたのは、恐らく彼の人生の中で、初めてであろう。
 騎士団として生き、いつも一人で戦ってきた彼の中で、誰かに心配される事も、した事もなかった。こんな言葉を掛けられた事すらなかった。
 自分のような老いた人間を、こうして元気付けてくれている。
 彼はエリスの背中の体温を感じ、その温かさからか、次第にその死んだ魚のように乾いた目が、少しだけ潤ってくるのを感じた。
「ちょ、そんな孫を見るような顔しないでよ。あたしだって、今まで祖父とか祖母とかいなかったけど、そんな顔されるような事してないわよ?」
 しかしそんな風に顔を赤くしながら言われると、彼も思わず笑ってしまう。
「いやなに、少しお前さんの顔が滲んで見えてしまった。いや、年寄りにもなって汗は掻きたくないわい」
「……」
 きっと、自分に祖父などというものがいたとしたら、きっとこうなのだろう。
 おもわず「おじいちゃん」って言ってあげたいのを、腹の中で我慢しながら歩くと、ふと横に小さな瓦礫でできた穴が見えた。
 ちょうど人が二人ほど座って休める場所だ。
「もういいでしょ?そろそろ休んで、体力が回復するまで待ちましょう」
「そうじゃな。老体にはちと、堪えるわい」
「あんだけ戦えばそりゃ、ね」
 そこら辺に座りながら、エリスはふぅとため息を漏らす。
 その様子に、ジョップは明るく笑って見せた。
「お前さんは若いのに、儂の半分も働いておらんでその疲労かの?」
「あんたねえ、魔術ってのはあんたの予想以上に体酷使するの!精神力って言っても、最終的には己の体使って魔法出すわけだし」
「そうか。儂はいままで、誰の心配もしてこなかったからのお」
 エリスは辺りを見渡した。
 大丈夫。敵も味方もいないし、第一この場所は瓦礫に隠れている。
 少し卑怯だが、これも戦法としては悪くない。
「まぁ、暫くここで休みましょう。体力が回復しだい、戻るわよ」
「そうじゃな。膝枕してもらえるとうれしいのぅ」
「はいはい。分かったから……」
 とにかくこれで休める。
 後は自分の隊長が、サクラが、真琴が、なんとかしてくれるだろう。
 とりあえずエリス・ノーティスはここで休業と。
 そんな風に思いながら、重たい瞼を閉じようとした、まさにその時だった。

『くすくす、いいお孫さんね、おじいちゃん?』

「!!?誰じゃ!?」
「つうかあたしは孫じゃない!!」
 突然の少女の声に、すっと立ち上がる二人。
 そして瓦礫の外に出ると、そこには二人の、人間がいた。
 一人は少女、赤く腰まである髪を靡かせ、黒い帽子を被っている。黒いコートに黒い靴を履いていて、エリスを見ると、小さく笑みを浮かべる。
 背丈や容姿でいえば真琴の友達である、リンと同年代に見える。しかし、内側の魔力はエリスのそれを遥かに凌ぐかのように見える。
「こんばんはお二人さん。セレス・アルフレッドと申します」
 少女、セレスはスカートの両裾を掴むと、足を交差させてお辞儀をする。
 上流階級の軽い会釈だ。
「……」
 隣には男がいる。茶色の髪に黒いマント。その下には銀色に光る鎧を着込んでいて、腰には一振りの片手剣があった。そしてセレスが太陽ならば、この男はまるで月かのように黙り込み、何もしなかった。
「あんたも挨拶する!!……はぁ、こいつはウォルス。私の人形よ」
 ため息をつきながら男、ウォルスの紹介をするセレス。
 そんなウォルスを見て、同じ剣士であるジョップは面白そうな顔をする。
「ほぉ、ずいぶんと強い剣士と見たが?」
「ご名答。ちょうど魔術師と剣士で、いい組み合わせでしょ?ちょうどこんな感じの奴らを殺したかったんだぁ……」
 まるで人殺しを遊びか何かと思っているのか、セレスの表情はまるで、リンと遊んでいる真琴同様、無垢で無邪気だった。
 その姿が、逆にエリスの癪に障る。
「あんたが、この町の虫を操っているわけ?」
「ぴんぽ〜ん!でもね、私はあくまで呼び出しただけで、後は他の三人の統率者が使役してるから、私達は関係な〜し!!」
 セレスはわかっていない。
 彼女はあれだけ魔力はあってもエリスには分かる。人間なのだ。
 当然人を殺す際、苦しみや悲しみがあって当たり前だ。よほど事情があるか、快楽殺人者でない必りは、人を殺すのにこれだけ楽しそうにしていられる人間などいない。
「ふざけないで。あんたがこいつら呼び出した犯人なら話は早いわ。お尻ペンペンして、その腐った根性、叩きなおしてあげる」
「ふんだ、今にそんな大口、叩けなくしてあげるんだから!!」
 その言葉はすぐさま、戦闘開始のゴングへと変わっていった。
 ジョップも剣を抜く。
「気をつけい、こやつら、今までの奴らとは違う!」
「分かってる。それじゃ、散るわよ!!」
 そして自分もブロードソードを抜いて、駆け抜けるエリス。
 後は自分の剣技と、魔法で戦うしかないのだ。
 だが、それでもあの剣士と戦うには無理がある。
 ここは一つ、餅は餅屋で、あの老人に任せてみるのもいいかもしれない。
 ――とにかく、あの小娘は私がやっつける!!
 自分も小娘の範疇内だという事を忘れ、自身の魔力を放出させるエリスであった。


 元より、自分の戦いはいつも一人。
 誰も味方はおらず、敵は数十、数百。
 そうして男は勝ち得てきた。
 そして今、目の前には自分よりも遥かに強そうな一人の剣士。茶髪に黒いマントを羽織った赤い目の男。
 その男、ウォルスは皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「……ほぉ、向こうの支援にはいかないのか?」
「意外に凛とした声じゃのう……シシシ、そうさせてはくれないのじゃろ?」
 初めて聞くウォルスの声を褒めながら、剣を抜くジョップ。
 六十歳になる、自身の古びた体を無理やり起こし、眠っていた闘気を再度呼び覚ましながら、一歩ずつ間合いを詰めていく。
「なら、あの小娘はエリスにまかせて、儂らは儂らでやるとするかの?」
「そうだな。老人虐待は気が引けるが、お前からは他の騎士とは違う、ただならぬ気を感じる……ストレス発散には丁度いい」
「ふん。まだまだ若いもんには負けんわい!!」
 そしてウォルスもまた剣を抜く。銀色に輝く、ごく普通の片手剣。
「第二部隊が一人、剛龍のジョップ……いざ!!」
「ウォルス・ローゼンリッター……参る」
 そして戦いはスタートした。
 まず駆け抜けたのはジョップ。大きく剣を振り上げ、待ち構えていたウォルスの剣に自身の剣を打ち込んでいく。
 キィンという音がすると共に、二人が対峙する。
「ずいぶんと良い剣じゃ。じゃがそれで儂が斬れるか?」
「ならばそなたの長生き、今ここで終わらせてやる」
 剣を振り下ろし、ジョップの剣を払いながら後退するウォルス。
 しかしジョップはあえて、尚もウォルスに斬りかかろうと、足を速める。
 二度三度の剣戟の後、防戦一方だったウォルスは、またも後ろに下がると、今度は先程よりも遠くに後退し、間合いを広げた。
「ふん。ただあの娘の言いなりになって、今まで強い奴を見なかったのじゃろ?そんな大きな口を叩けるのは若い証拠じゃな」
「……何が言いたい?」
 大きな口を叩くには訳がある。
 ウォルスは今まで、誰にも負けた事が無かったからだ。
 しかしジョップが言う様に、ただ今まで強い奴を見てこなかった訳ではない。それこそ幻想種と呼ばれる竜とも戦った事がある。
 まして相手は老いた騎士。老人に勝利を譲ってやる程、彼は親切ではない。
 次で決める。
 そう思って剣を振るおうとした、その時であった。

「簡単な事……貴様は俺には勝てない」

 その瞬間、
 辺りの空気が爆ぜた。
「!!?」
 それは誰でもなく、ジョップという老騎士から放たれる気の圧力。
 あまりにもミスマッチな大気を感じ、ウォルスは一歩下がって構える。
 ――これは、本当にあの騎士から放たれた気なのだろうか……
 ウォルスの首筋から、冷たい汗が滲む。
「なんという殺気……この老体から、何故……」
 理解できない。
 しかしこの男と初め対峙した時から、何か切り札を隠しているような感じはしていたのだが、まさかここで、これほどまでの気を放てる騎士と出会うとは、ウォルス自身、思ってもみなかったであろう。
「さて、始めようか……可愛い孫が待っているからな」
「おのれ、老騎士風情がほざくか!!」
 こうなれば、自身も本気で掛かるしかないようだ。
 負けたとなれば、あのセレスの小言を聞かされる。
 そうなりたくなければ、この老人を、自身が持つ最大の力で倒す事に他ならない。
 ウォルスの剣から雪色の花びらが散ると、それが突如中に舞い上がる。
「咲き乱れろ、雪桜!!」
 そしてそれはウォルスの怒号と振り上げた剣と共に、まるで意思があるのかのように、一斉に鋭い刃となってジョップを斬りかからんと迫ってくる。
 しかし、そんな剣技を見せられ、尚もジョップの表情は、笑みであった。
「ふん、そんなもの……同じ技を掛ければ造作も無い!!」
 するとその瞬間、ウォルスは愕然とする。
 なんとジョップはここにきて、自分と同じ、雪色の花びらを散らせ、己の剣とともに舞い上がらせながら、ウォルスの桜の刃と相殺させた。
「何!!?雪桜を……真似るとは!!?」
「長年剣を振るっていれば、見ただけで相手と同じ技を使って相殺する事もできる」
「くそっ……」
 ウォルスは剣を構えながら、防御の姿勢をとる。
 今のままでは次の攻撃は不可能だからだ。
 それは、ジョップの剣が許さない。
「見ていろ若造……これが剣技だ」
 するとジョップの剣が突然光り、強力な気を放出させる。
 そしてそれを振り下ろすと、一直線にウォルスに向かって放たれ、彼にぶつかる寸前に爆発した。
 辺りに爆音が鳴り、土煙が舞う。
 そしてしばらく経ち、老いた騎士が踵を返し、来た道を戻ろうとした時、突然あの騎士の笑い声が聞こえ、再度ジョップは振り返る。

「ふははは!!ご老体、これが剣技か?」
「なんだと……俺の剣圧を……受け止めるとは!!」

 ジョップのあの技は唯一にして無敵。
 あの剣技を受け止め、殆ど無傷だったのはあの遠野真琴ただ一人だった。
 しかしあの剣士は、そんなグレンフェルト最強の騎士と同じく、殆ど対した怪我もないまま、ただ立ち尽くして笑っていた。
「何の為にこの鎧を着けていると思っている?やはりその老いた体では、そこらの虫の装甲を切り裂く事がやっとか……」
「くそ……」
 ぬかった。
 ウォルスの着けている鎧はよほど防御力が高いのだろう。ジョップのあの剣を受け止めながら、その傷はたった数箇所しかなかった。
 しかし彼の技はこれしかない。
 これを防がれたら、この老人の勝利は無いも同然となる。
 完全に、この若き騎士の勝利となった。
「秘剣、百花繚乱!!!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
 そして突然の剣に、ジョップの体に傷ができる。
 よほど高度な技なのか、もはや真似て相殺できるレベルではない。
 防御姿勢をとり、損傷を最小限に抑える事しか、この男にはできなかった。
 しかしウォルスは剣を構え、ジョップを見据える。
「さて、最後にご老体……本当の剣技を見せてやる」
 その瞬間、
 ウォルスの体から、黒いオーラが溢れ、それが一直線に剣に向けられる。
 彼の体から溢れたオーラが剣へと移行し、剣から放出されたオーラは、まるで黒い竜のようになって暴れていた。

「奥義、邪龍滅破斬!!!」

 そしてウォルスが剣を振り下ろした瞬間、
 放たれた黒い竜は、真っ先にジョップ目掛けて突き進んでいった。
 これを食らえば、自分は死ぬ。
 その事を悟り、ジョップは剣を持つ。自分にはこれしかできない。これしか自分の生き様を証明する事はできない。
 終わった。
 自分は今、このウォルスの放つ、黒い竜に飲まれ、殺されるのだ。
 最後に騎士として、自分の最大の力を使い、尚且つ負けたのだから、ここに朽ちるのも悪くないのかもしれない。
 そう思うと、彼は剣を持っている手を降ろし、そっと目を閉じた。
 自分は誰からも信頼されず、誰からの助けもなく、誰かの目にも触れられずに死ぬ。これ以上、自分の為に誰かが悲しむなんて事もない。
 そして、最後に膝を地に下ろそうとしたその時、


『あんたが死んだら、あたしが悲しいっつうの』


 ふと、誰かの声が聞こえた。



 後ろで爆発が起こる。
 黒いオーラが辺りを飲み込み、全てを喰らい尽くすが如く、黒い竜がさんざ暴れた後、ふと霧のように姿を消していった。
「あれは……」
 それを見て、笑みを浮かべたのは赤い髪に黒衣の少女セレスであった。
「あはは、ウォルスの技が当たったのよ。あのおじいちゃんは死んだね」
「何っ……!!」
 エリスの背筋が凍る。
 これは自分の判断ミスだ。
 あの老人を一人にしたのが間違いだったのだ。
「心配しないでよ。いますぐ、あなたも後を追わせてあげるわ」
 そんな自己嫌悪の暇もなく、宙に浮かぶセレス。
 そして両手を広げると、あの金髪の魔術師と同様、白い粒子がいくつも、彼女の周りを飛び交い、その一個一個から強力な魔力が溢れていく。
「なんて魔力……冗談じゃないわよ!!」
「さぁて、惨殺ショーのスタートよ!!!」
 楽しそうに笑いながら、セレスが両手を振り下ろした刹那、
 ――ズガガガガガガガガガガガガガガガガ……
 岩や瓦礫は砕け、バラバラになり、地上は大きな穴がいくつも空いていく。
 今までエリスが使ってきたのが魔法ならば、これはそんな生易しい代物などではない。まるで禁呪ではないかというレベルの魔法だった。
 エリスも防御用に、咄嗟にシールドの魔法を掛けたが、それすらも、この膨大な魔法という名の大砲の前には、無力としか言い様がなかった。
「し…シールドが……もたない……」
 そしてエリスのシールドが、ついにその限界を迎えると、一斉に次の光の連射が、彼女に襲い掛かった。

 ――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……

 幾重もの光の閃光が地上を襲い、大穴を空けていくと、その爆風に煽られ、まるで風に舞う木の葉の如く、宙に吹き飛ばされるエリス。
「きゃあああああああ!!!」
 そのまま地面に背中から落下すると、あまりの衝撃に咳き込み、口の中を切ったのか、口元に赤い雫が垂れる。
 そしてふと上を見ると、赤い小悪魔がそんな魔術師を見て、心底あざ笑っていた。
「あははははははははは、そんなチャチな低級防御魔法如きで、私の魔法に対抗しようって考えが既に愚かなのよ!!安心して、ゆっくり殺してあげるから!!」
 すると上空の彼女はまた魔力を込める。
 それを見て、なんとか起き上がろうとするエリスだが、今までの連戦と、これほどまでの魔法を食い止める為に使った魔力で、既に限界を迎えていた。
 否、限界など既に超えている。
「いったぁ……」

 ――シールドも駄目、どの魔法もあの娘の方が上……
 ――どうしろって言うのよ……

 魔法も勝てない。その上剣も届かない。
 形成は、どう贔屓目で見ても、エリスが圧倒的に不利であった。
「さぁ〜て、これから二十秒間、ゆっくりと苦しみながら殺してあげるわ。ゆっくりと地獄の苦しみを与え続け、あたしを喜ばせなさい!!」
「……」
 このままでは死ぬ。
 魔術騎士エリスはそう予感すると、もはや立つ力もなく膝をついて空を見上げる。
 自分はなんて弱い人間なんだ。
 エリス・ノーティスは魔術騎士だ。剣も使えて魔法も使えるが、その代わりどちらも中途半端で、どちらかに秀でた者には勝てない。
 まぁ、最後があんな小生意気な娘だという事を除けば、彼女はよく戦った。
 後は自分が死ぬのが先か、応援が来るのが先か。
 彼女に勝てる人間なんて、それこそ数える程しかいない。自分にとっての最大の不幸はこの少女に出会ってしまった事。そして真琴と離れた事に他ならない。
 すると、ふとセレスが呟く。
「さて、あんたを殺したら、次は月代雪弥って男ね。まぁ、すぐに後を追わせてあげるからゆっくり地獄で待ってなさい」
「!!!???」
 そうして、ありったけの魔力を込めて光の球体を出現させると、それを両手でみるみるうちに大きくしていく。
「シャイン!!!!」
 叫び、両手を地に、目標エリス・ノーティスに向かって一気に振り下ろした。
 閃光が、光の如き速さで大地に降り立っていく。
 そして大地に到達し、今まさに巨大な爆発を起こそうとしたその時。
「……隊長は死なせない」
「え?」
 少女の呟きが聞こえたと共に、閃光は大地に到達した。
 そしてどれほどの時が経ったのだろう。
 ほんの数秒が、何年にも感じる一瞬、
 セレスは驚愕していた。
「うそ、私のシャインと、互角に!!?」
 それは彼女にとって、信じられない驚愕。
 あるいは、畏怖だったのかもしれない。
 彼女の放った閃光は、それこそ光の如き速さで、グレンフェルトの大地に降り立ったのにも関わらず、尚も爆発していない。
 それどころか、彼女の閃光と、誰か、恐らくはあの魔術騎士が放ったのだろう、もう一つの閃光がぶつかり合っていた。
「ああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 それはまぎれもなくエリス・ノーティスが放った閃光。
 彼女が持ちうる筈がない魔法、シャイン。
 それを彼女は、セレスが一度放っただけでそれを完璧に真似、しかもその力も、セレスのそれと互角に渡り、尚も彼女のシャインを打ち砕こうとしている。
「どうして!?あり得ないわこんなの!!!」
 そして対には、セレスの放ったシャインと互角の打ち合いを見せていた。
 このままでは相殺して爆発する。
 そう直感したのか、セレスはすぐさま片手を離し、もう片方の手を攻撃魔法から防御魔法に切り替え、自身の身を防ぐ準備をする。
 しかしその表情は未だ驚愕に満ちていた。

「まさか本当だったの?こんな女が……先天性……」

 ――ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァン……
 少女の言葉が終わる間もなく、とてつもない爆発が巻き起こる。
 それだけで一軒の家が吹き飛び、丁度川があって橋もあったのだが、それすらも吹き飛ばされてしまい、それだけで、この爆発の凄まじさを物語っていた。
 そして爆炎と爆風、そして巨大な土煙の中、彼女は立っていた。
 身躱しの服はボロボロで、綺麗な木の葉色の髪もボサボサになり、そこかしこススだらけだが、彼女は何時もと同じ、強さを秘めた瞳で尚も立っていた。
「ふぅ……」
 すると彼女も、これで終わったと思ったのか、急に上げていた両手を膝にくっつけ、身を屈めながら肩で息をする。
 大量の汗を掻き、まるで彼女の嫌いなマラソンをやり終えた後みたいになりながら、正面を見据え、未だ出てこない少女を待っていた。
 ――もう魔力なんてスッカラカンよ……
 ――煙すら出ないっての!!
 だがやるしかない。
 何故なら、相手のセレスもまた、防御魔法で無傷な筈だからである。
 一対一の場合、どのような状況においても油断は禁物だ。
 まして相手が魔術師ならば、どこからどのような魔法が出てくるか、分かったものではないからだ。
 しかも相手は自分よりも遥かに優れた魔術師で、その能力は、今まで出会った魔術師では五指に入るかもしれない。以前の、紅蓮という魔術師と、ほぼ同等である事は確かだ。
 集中し、魔力を込める。
 しかし、そんな考えは、一人の老人の言葉で完全に打ち消されてしまった。
「おーっ、そっちはもう終えたか?」
 突然の声に、とっさに振り返ってしまったエリス。
「え、ジョップ?」
 エリスは我が目を疑った。
 それはところどころに怪我をし、鎧や兜にいくつもの傷を負いながら、六十を過ぎた体を起こしてあるいている老騎士を見たから、だけではない。
「っておわ、何敵と一緒に歩いてきてんのよ!!」
「……俺は剣士としてご老体に負けた。だから捕虜となったのだ」
「……そう」
 エリスが本当に驚いたのはその騎士だけでなく、なんと先程まで彼と剣を交えていた、敵であるウォルスまでもが、一緒にあるいていたからであった。
 そして、脱力していくエリス。
 これでこちら側の完全勝利だからだ。
 後は、自分があの魔術師の魔法を破り、その隙にジョップが切りつければ終わり。
 しかし、後ろからは絶望というより、むしろ怒りに似た声が響く。
「認めないわ」

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections